第66話 進撃の毒巨人
魔王の一撃によって倒壊した塔は瞬く間に瓦礫の山と化し、もくもくと砂煙を立ち上らせた。全ての魔物が死に絶えたのか、いつまで経っても敵が襲ってくる気配は無く、場がシーーンと静まり返る。そのまま時間にして一分半ほど経過する。
流石に塔の倒壊に巻き込まれては、生存者は一人もいないか……誰もがそう思った時。
「コラーーーーーッ!!」
瓦礫の一角から突如何者かの叫び声が放たれた。ザガートは一瞬アスタロトの声かと思ったが、そうではない。それは明らかに魔界大公爵とは異なる、野太いオッサンの声だ。
次の瞬間声が聞こえた場所の瓦礫が物凄い力で吹き飛ばされて、そこから三つの人影が出てくる。人影はザガート達のいる方角を向くと、彼らの方へとまっすぐ走ってくる。かなり体重が重いのか、ドドドッと大きな足音が鳴り、大地が激しく揺れた。
「やいテメエ、この野郎ッ! よくもやってくれたなッ! 許さん! 絶対に許さんぞ、べらんめえ! コンチクショウ!!」
「殺すッ! 百万回殺すッ! 二度とふざけた気を起こさせぬようじわじわと痛め付けて、なぶり殺しにして、はらわたを食い尽くしてくれるわぁっ!!」
「お前の母ちゃん、でーーべーーそっ!!」
三人は走りながら、聞くに堪えない罵詈雑言を喚き散らす。塔を壊されたのがよほど腹に据え兼ねたようだ。額にはビキビキと血管が浮き出ている。
その者達は六メートルほどの背丈をした、全裸の男性だった。筋骨隆々とした全身は毒々しい紫色に染まっており、人間でないと一目で分かる。服装は茶色いボロボロの布切れを腰に巻いて股間を隠しているだけだ。頭髪は禿げ上がっており、耳は悪魔のように尖っている。
紫のマッチョな全裸のハゲのオッサン……それが三人いる異様な光景だ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
彼らはザガート達の前まで来ると、一旦立ち止まる。全速力で走って体力を消耗したのか、ひとまず呼吸をして落ち着こうとする。
「念の為に聞いておく……塔にいた魔族の中で、生き延びたのはお前達だけか?」
まず間違いなく魔王軍の手先であろうと思われる三人に、ザガートが問いかけた。
「おうよッ! たぶんアスタロト様は生きておられるだろうが、他のヤツらは塔の瓦礫に押し潰されて全員死んだッ! 生き延びたのは俺達だけだ! だからこうして仲間の仇を取りに来たってえワケよ!!」
先頭にいたリーダー格と思しき一人が威勢良く答える。声の大きさや口調から察するに、かなりノリの良い性格のようだ。
「我らはアスタロト様の忠実な僕ッ! その名も」
「ドム!」
「ゴム!」
「ボム!」
「人呼んでポイズン・ジャイアント三兄弟とは、俺達の事よッ!!」
三人は誇らしげに名乗りを上げると、それぞれ異なるマッチョポーズをドヤ顔で決める。今にも「デデーーンッ」と効果音が鳴り、マンガ的な集中線が寄りそうな迫力を漂わせた。あまりの暑苦しさに頭上を飛んでいたカラスが慌てて逃げ出す。
「異世界の魔王ザガート、テメエよくもやってくれたなッ! 俺達は貴様が憎くてしょうがねえ! 何しろ塔をブッ壊すなんてふざけたマネしてくれたんだからなッ! 仲間も大勢死んだッ! ぜってえ許さねえ!!」
「アスタロト様は貴様との勝負を楽しみにしていたようだが、あのお方が出るまでもねえ! 俺達の手で、貴様を血祭りに上げてやる!!」
名乗りが終わると、次男と三男と思しき二人が立て続けに啖呵を切る。魔王のやらかした蛮行を責め立てて、命を奪う事を声高に宣言した。
「ほーーっ。それで毒巨人の三兄弟サマが、どうやって俺の命を奪うつもりだ?」
ザガートが腕組みしてふんぞり返りながら、相手を見下すような視線を向ける。フフンッと小馬鹿にするように鼻で笑う。
敵の怒りを全く意に介さない。彼らに自分を殺す方法などありはしないとタカを括る。
「どうやって殺すかだと? それは……こうするのよォッ!!」
そう叫ぶや否や、三人は縦一列に並んで、腰を落とし込んだガニ股になると、一人ずつタイミングをずらしながら上半身を反時計回りに回転させ始めた。
……それはエ○○イルという、ザガートが元いた世界のミュージシャンがやっている踊りによく似ていた。
「……何をしている?」
唐突に奇妙な踊りを始めた敵を前にして、魔王が棒立ちになる。とても攻撃手段とは思えない謎の行動に困惑したあまり、声に出して問わずにいられない。
「フッフッフッ……知らんのか?」
魔王の問いに、先頭の長男がニヤリとほくそ笑む。相手にとって未知の技を出せた事で、勝利の可能性が高まったと考えて、胸を躍らせた。
「ならば教えてやろう……これは『不思議な踊り』と言って、相手の魔力を奪い去る闇の秘術ッ! 間近でこの踊りを見せられた者は魔力を吸い尽くされて、一切魔法が使えなくなる悪魔の技ッ! これで貴様の魔力を吸い尽くすって寸法よッ!!」
自分達がやっている踊りの正体を包み隠さず教える。
彼らは別に頭がおかしくなったり、相手をからかおうとした訳ではない。一見何の効果も無いように見えるこの奇妙な踊りこそ、敵の魔力を枯渇させる恐ろしい技だというのだ。
「我らの狡猾な戦術に怯えて、泣き叫んで絶望するがいい! そして貴様はあの世へ行くのだッ! ワァーーーッハッハッハァッ!!」
次男が自らの勝利を確信して顎が割れんばかりに高笑いする。自分達の技によって魔王の魔力が尽きる事を信じて疑わない。高まったテンションのままグルグル激しく回る。
(本当にこのおかしな踊りが、ザガートを仕留める手段になるのか!? 私にはただ遊んでいるだけにしか見えないが……)
レジーナは思わず声に出して言いかけた疑問を慌ててグッと飲み込む。何となく彼らにツッコミを入れてはいけない空気があり、胸の内にしまっておく。
王女の疑問をよそに、ハゲのマッチョ達は勢いに任せるように回り続けるのだった。




