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第64話 もう一人の、異世界から来た魔王

火炎光弾ファイヤー・ボルトを不意打ちで仕掛けておきながら仲間に誘おうなどとは、一体何の冗談だ?」


 周囲の驚きに比べると、ザガートの反応はえらくそっけない。仲間に誘われた事に動揺する様子はじんもなく、冷静に言葉を返す。

 仲間にするために来たと言いながら、先に攻撃を仕掛けてきた行動の矛盾を指摘する。


「気を悪くしたなら謝ろう……誠意に欠けた行動だった事は十分に理解している。キミの力がどれほどのものか試したかった。もしあの程度の攻撃をさばけないようなら、仲間にしようなどとは考えなかった」


 アスタロトが頭を下げて非礼をびる。魔王の力を計る為に取った行いだったと釈明する。


「だが、キミの力は予想をはるかに超えるものだった……並みの戦士なら肉片も残らず消し飛ぶ威力の一撃を、防御結界すら張らず、素手で受け止めたのだから。それを見て僕は確信したッ! やはりこの男は仲間にすべき逸材だと!!」


 魔王の力が期待を遥かに上回った事、それが仲間に誘う判断に踏み切らせた事を興奮気味に語る。


「ザガート君……もう気付いているのだろう? 僕は大魔王が生み出した魔法生物じゃない。キミと同じ、そとなる世界から呼ばれて、神に力を与えられた異世界転生者さ」


 自らが異世界転生者だった事実を明かしながらも、相手もそれに気付いていたと指摘する。魔王が感じた魔力の気配、それにより頭の中に湧き上がりながらも、確証が得られなかった推測が裏付けられる形となった。

 神に力を与えられたと彼は言ったが、それがゼウスかヤハヴェなのかは分からない。


「僕とキミが組めば、大魔王を倒し、魔族を掌握する事だって夢じゃない……共に世界の支配者になろうじゃないか」


 アスタロトは魔族の支配者になる野心をのぞかせて、計画に加わるよう取引を持ち掛けた。


「……」


 男の話が終わると、ザガートはしばり黙り込む。これまで得た情報を頭の中で整理する。男の仲間になる考えなど一ミリたりとも持ち合わせていないが、それでもどうしても気になる事が一つあった。

 眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になりながら、あれこれ考えたが……。


「……異世界転生者だと言うなら、尚更なおさら聞いておかねばならん」


 やがて思い立ったように口を開く。


「アスタロト……お前の目的は何だ? 神に与えられた力で、この世界で何をそうとする?」


 同じ転生者だという男の目的を問いただす。彼が弱者をしいたげようとする卑劣な野心家なのか、それとも他人の苦しみを理解し、いたわろうとする善人なのか、本人に聞いて確かめておきたかった。


「目的? フフッ……そんなの決まってるじゃないか」


 魔王の問いにアスタロトが口元をゆがませた。何を今更いまさらと言いたげに鼻で笑う。


「世界の王になってやる事と言えば一つ……圧倒的暴力で民衆を支配するッ! 彼らに恐怖を植え付けて、逆らえないようにして、絶対服従させる! 逆らえば皆殺しにして、欲しい物は酒も女も、力ずくで奪い取るッ! 考えただけでゾクゾクするだろう? 金も女も名誉も、欲しい物は全て手に入るんだからねッ! 全ての望みがかなう、理想の王国の完成だッ!!」


 天を仰ぐように両腕を左右に広げると、絶対的支配者として君臨する事を高らかに宣言する。力に任せて欲しい物を手に入れる快楽をじょうぜつに語り、悪魔のように邪悪な笑みを浮かべてみせた。その姿はまさに世界を恐怖の奈落に突き落とす魔王と呼ぶ他ない。


「……貴様ぁっ!!」


 話を聞いて、レジーナが怒りをあらわにする。今すぐ男に斬りかかりたい衝動に駆られて、それを抑えるのに必死だった。

 他の者も憤激のあまりブチ切れそうになる。ザガートに戦いを挑む事を止められたため行動には移さないものの、はらわたがグツグツと煮えたぎり、爆発寸前になる。


 アザトホースの人類殲滅せんめつ思想よりマシかもしれないが、彼のやろうとする事は邪悪そのものだ。もし実現すれば、人々がもがき苦しむ暗黒の世になる事は想像にかたくない。

 むしろ彼の考えこそ、本来魔王らしいと分かっていても……。


「……強大な力を手にしてやる事がそれとは、しょせんお前もその程度のうつわか」


 ザガートがあきれたようにフゥーーッとため息をつく。目を閉じて下を向いたまま残念そうな顔しながら、「やれやれ」と言いたげに首を左右に振る。見るからに相手の言葉に失望したのが分かる。


「欲しい物は全て手に入る……か。なるほど、確かに魅力的ではある」


 気持ちを切り替えたように顔を上げて口を開く。思いのままに望みが叶う事を理想的だと考える男の言葉に一定の理解を示す。


「だが聞くがいい、アスタロトよ……恐怖で民をしばり付けて、さくしゅするだけの支配は、理想的な政治体制とは到底呼べない。しいたげられた民衆は王を恨み、必ず反乱を起こす。武力で反乱を鎮圧しても王国は疲弊ひへいし、いずれ配下からクーデターを起こされる。百年と持たずにかいする、あやうい体制だ」


 手のひらを相手に向けると、男の考える支配体制のもろさを指摘する。民の反感を招く政治はいずれ崩壊する危険性があり、長く続くものではないと持論を述べる。


「俺が目指すのは、圧政で民衆を苦しめる独裁者ではない。誰もが俺を救世主とあがめて、宗教の信者が神を崇拝するような、無限の信仰をささげる……その世界において、全ての民の幸福を約束した善政による統治をく。その上で強制などせずとも、民が喜んで差し出すものがあれば、辞退せず受け取る……それこそが俺が理想とする王のあり方だ」


 腕組みしながら仁王立ちすると、自らが理想とする政治体制を雄弁に語ってみせた。民を恐怖で縛り付けて力ずくで奪うのではなく、民にしたわれる王となって、彼らが喜んでみついだものを受け取る……それが正しいやり方だとく。


 言葉だけ切り取れば、聞こえの良い台詞セリフを並べ立てた理想論でしかない。普通のせいしゃには到底不可能な所業だと人々は考えただろう。


 だが今、それを言ったのは世界を滅ぼす力を持った魔王だ。死者をよみがえらす奇跡を容易に可能とし、その気になれば天候すら操れるかもしれない男の言葉なのだ。

 彼ならそれが出来るかもしれない……そう思わせるだけの迫力が確かにあった。


「うっ……うおおおおおおおおっ!!」


 感極まった街の住人達が大きな声で叫ぶ。救世主の言葉に胸を強く打たれたあまり興奮を抑えきれなくなり、場の空気が魔王を称賛する声一色に染まる。ザガートの名を呼ぶコールが一向に鳴りまない。

 二人の魔王が会話していたものの、シーーンと静まり返っていた広場が、一気に騒がしくなる。いつの間にか広場は人で埋め尽くされており、歓声は街全体に響き渡る。


「……どうやら僕とキミは一生分かり合えないタイプのようだ。実に残念だよ……いい友達になれると期待したんだがね。だがまぁ仕方ない……ここはいさぎよく諦めるとしよう」


 アスタロトは残念そうにため息を漏らすと、背を向けてその場から立ち去ろうとする。完全なる見解の相違から仲間に引き入れるのを無駄だと悟ったようにも、住人の声に圧倒されて気持ちがえたようにも見える。


「ここで今すぐ戦わないのか?」


 ザガートが不思議そうな顔で問う。誘いを断れば即座に戦闘になると身構えただけに、大人しく引き下がろうとする男の反応はあまりに予想外であり、内心拍子ひょうし抜けしたという思いがあった。


「今この場で戦えば、街の人間が大勢死ぬ……これはキミ自身が望まない事だろう?」


 アスタロトがチラッと後ろを振り返りながら言葉を返す。えて相手の思い通りにする余裕を見せたようにニヤリと笑う。

 ザガートは「確かに」と言いたげにコクンとうなずく。これまで嫌な男だと認識していたが、紳士的な対応を見せた事に素直に感心する。


「ここから西に数キロ離れた場所に、ガルアードの塔と呼ばれる塔が建っている! 僕と勝負したければ、そこに来るがいいッ! 最上階で待っている! そこでなら誰に気兼ねする事なく、全力の戦いが出来るだろうッ! 楽しみにしているよ、ザガート君! フハハハハハハハハッ!!」


 男は背中のマントを黒い羽へと姿を変えさせると、カラスのように翼を羽ばたかせて上昇し、大きな声で高笑いしながら空の彼方へと飛び去った。彼の飛ぶスピードは音速よりも速く、ビュウッと音が鳴って一陣の突風が街に吹き抜けたほどだ。


(アスタロト……もう一人の、異世界から来た魔王……か)


 男の去りゆく姿を眺めながら、ザガートは初めて出会う自分以外の転生者に思いをせた。

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