第62話 カウンター・デス
「ハァハァ……この魔術は上級僧侶であろうと、簡単には解けない呪い……それを何故こうもあっさりと……」
叫び疲れて気持ちが落ち着いたのか、アーリマンが冷静さを取り戻す。激しく息を切らせながら、頭の中に湧き上がった疑問を口にする。渾身の術を破られた事にどうしても納得が行かず、声に出して問わずにいられない。
「俺をそこいらの冒険者と同列に扱われては困る……」
ザガートが恰好を付けるようにマントを右手で開いて風にたなびかせた。男の疑問を「何を今更」と言いたげに鼻で笑う。
「アーリマンよッ! 俺の持つ力は、貴様らが仕える主君である大魔王アザトホースと同等であると、肝に銘じるがいい!!」
正面に右手をかざすと、自らが大魔王に匹敵する存在である事を高らかに宣言して疑問への答えとした。
「ぬっ……抜かせぇぇぇぇええええええーーーーーーーーっっ!!」
アーリマンが大声で叫んで激高する。目をグワッと見開いた阿修羅のような顔になり、額に血管がビキビキと浮き出て、今にもプッツンしそうになる。
憎き相手が、心から敬愛する主君と同格である事実を受け入れられなかった。
「そこまで大口を叩くなら、証明してみせるがいいッ! ブブドラ、ボボドラ、ゼハムーチョカイネ……」
そう叫ぶや否や、怪しげな呪文を唱えだす。
「目覚めぬ眠りに落ちて、死へと誘われよッ! 死の宣告ッ!!」
最後は両手の人差し指を相手に向けて、技名らしき言葉を叫ぶ。すると指先から紫に輝く光線が放たれた。
「汝より放たれし力、呪詛となりて汝へと還らん……魔法反射ッ!!」
ザガートが相手の行動に即座に反応する。両手で印を結んで魔法を唱えると、半透明に青く光るガラス板のような結界が、彼を覆うように張り巡らされた。
紫の光線は結界に触れると、飛んできた方角へと跳ね返されて、唱えた本人であるアーリマンに命中する。直後男の頭上に巨大な時計が浮かび上がる。
「何ィィ!? しまったぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
術の効果を跳ね返された事に爺が慌てふためく。どうにかして死の運命から逃れようとしたものの、何の手立ても見つからない。
そうこうしてる間に時計の針が進んで、『一』の時刻を指す。
「時よ、加速せよ……時間強化ッ!!」
ザガートが間髪入れずに魔法を唱える。魔王の指先から放たれた赤色の光線がアーリマンに命中すると、時計の針が物凄い速さで進んでいき、あっという間に一周して『十二』を指す。それと同時にゴーン、ゴーンと大きな音が鳴る。
「ウッ……ウギャアアアアアアアアアアアアッッ!!」
針が一周した途端、アーリマンが天にも届かんばかりの悲鳴を発する。グルンと白目を剥いて全身をプルプル震わせたかと思うと、体中の穴という穴から血をブシャーーッと噴き出させた。やがて血が出なくなると、崩れ落ちるように床に倒れる。
「ソンナ……馬鹿……ナ……」
無念そうに言葉を吐くと、ガクッと力尽きて息絶えた。その直後、全身からシュウウッと白い蒸気のようなものが立ち上り、体がみるみるうちに溶けていく。やがて衣服も肉も完全に消えて無くなり、骨だけになる。
それは『死の宣告』の効果によるものと思われた。
(ルカをこんな姿にするつもりでいたとは……つくづくふざけた悪党だ)
白骨化した死体を、ザガートが侮蔑するような目で見る。いたいけな少女を惨たらしい姿にしようとした男を心底軽蔑する。
「これが俺の下した罰だ……己が犯した罪、せいぜいあの世で悔いるがいいッ!!」
腹立たしげに吐き捨てると、骸骨の頭を力任せに足で踏み潰した。




