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第55話 デス・スライムの死

「ダ……ダガ魔王ヨッ! 俺ガ貴様ヲ殺セナイヨウニ、貴様モ俺ヲ殺セナイデハナイカッ!!」


 スライムが苦しまぎれに負け惜しみを吐く。魔王を殺す手札を全て失った彼だったが、それでも自分が殺されなければ立場は同じだと主張する。自分を殺す手段が無いとタカをくくり、精一杯プライドを保とうとした。


「俺がお前を殺せないかどうか……試してみるか?」


 魔王がそう口にして意味深にニヤリと笑う。明らかに何かしらの勝算を抱いている事がうかがえる。

 直後ふところから数珠じゅずを取り出すと、スライムの頭上めがけて放り投げた。


「……絶対幽閉監獄アブソリュート・プリズンッ!!」


 両手でいんを結ぶと魔法の言葉を唱える。すると数珠のひもがパァーーーンッ! と破裂音を立てて消し飛び、三十個ほどの黒い玉が宙に浮いたまま、スライムの頭上に円を描くように広がる。

 次の瞬間、半透明にけた水色のバリアが、スライムをかこむように円錐えんすい状に張り巡らされた。その結界は空に浮かぶ数珠が描いた円と同じ大きさに広がる。


「グッ……ナンダコレハッ! ナンダコレハァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 一瞬何が起こったか全く理解できず、スライムが大きな声で叫ぶ。結界をブチ破ろうと体当たりしたものの、バリアはダイヤモンドの壁のように分厚く、何度体をぶつけてもガンガンッと音が鳴って弾かれるだけだ。おりの中に入れられたライオンのように暴れても、ビクともしない。

 ならばと今度は地中に潜ってみたが、バリアは地下にも逆円錐状に張り巡らされており、スライムの行く手をはばむ。完全に逃げ道をふさがれた状態になる。


「これが貴様を幽閉するために用意した檻……絶対幽閉監獄アブソリュート・プリズンッ! 数珠を作る手間をかなければ発動できないゆえに、即興で使える技ではないが……一旦発動すれば、如何いかなる物理法則をもちいようと決して破れはしないッ!!」


 ザガートが敵を閉じ込めたバリアについて得意げに語る。彼が小屋の中で細かい作業をしていたのは内職していた訳ではなく、このための準備であった。


「この俺が滅多に使わない奥の手……それを使わせたのだッ! スライムよッ! その事を誇りに思いながら死んでゆくがいいッ!!」


 敵に逃れられない死を突き付けると、またも両手でいんを結んで呪文の詠唱を始める。


「開け地獄の門ッ! 断罪の炎を解き放ち、全てを灰塵かいじんに帰せッ! 爆炎焦熱地獄ヴォルカニックインフェルノッ!!」


 極大魔法を唱えると、結界の中心でバチバチッと電気がスパークする。

 次の瞬間それによって発火したようにドォォーーーンッ! と大きな爆発音が鳴り、結界内部の空気が一瞬にして灼熱の業火で満たされた。


「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 スライムが天にも届かんばかりの悲鳴を発する。太陽の中心温度に匹敵する炎に全身を焼かれる痛みにあやうく気を失いかけた。

 炎はいつまでっても鎮火する事なく轟々ごうごうと燃え盛る。対象者が死ぬまで消えないぞと言わんばかりに燃え続ける。


アヅイッ! 熱イッ! イダイッ! 苦シイ! 嫌ダッ! 死ニタクナイ! 死ニタクナイ! ザガート……イヤ魔王サマッ! ドウカ……ドウカ命ダケハ、オ助ケヲヲヲヲヲヲヲッ!!」


 化け物が声に出してもだえ苦しみながら激しく暴れる。バリアに閉じ込められたまま死を待つだけとなった事実になりふり構っていられず、たまらずに命乞いする。もはや魔族のプライドなど、どうでも良くなった。


「フンッ……散々人を見下した態度を取っておきながら、今更いまさら命乞いとはな」


 ザガートが腕組みしてふんぞり返りながら鼻で笑う。このに及んで手のひらを返した敵を心底見下す。


「……だが貴様を助けてやる気は無いッ! 今まで貴様がリザードマン達に与えたのと同じ苦しみを味わいながら、あの世へと行けッ! これまで苦しめてきた連中に、せいぜいびるがいいッ!!」


 相手の要求を一蹴して、死後の反省をうなさせた。

 たとえスライムが心から服従の意を示したとしても、魔王に許す気は皆無だった。敵は相応のむくいを受けなければならないだけの事をしたのだから。


「ギャアアアアアアアアッ! 嫌ダ……死ニタクナイ……死ニタ……クナ……」


 スライムはひとしきり大きな声で叫ぶと、最後は力を振り絞ったように小声でささやく。それすらも途絶えると、完全に沈黙する。


 結界内の黒い液体が一滴も無くなっても、炎は念入りにとどめを刺すように数分ほど燃えたが、やがて急速に鎮火する。それと同時にスライムを閉じ込めたバリアも消滅し、数珠は地面に落下してただの泥土になる。


 直後、空中のある一点に青い光が集まっていき、一つの宝玉を形作る。

 それはゆっくりと落下していき、ザガートの手元に収まる。

 まばゆい光を放つガラスのような半透明の球体に、うし座の紋章が刻まれていた。


 それが大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだと見抜いて、ザガートがサッとふところにしまう。宝玉が現れた事によって、スライムが死んだであろう事実も理解した。


(本来、森全体を焼き払う規模の炎……それを結界内部に凝縮させたのだ。さぞかし熱かっただろう。だが貴様がこれまで他人に与えたのと同じ苦しみを味あわせるには、これでもまだ足りない……)


 最後はスライムが死んだ地点を眺めながら物思いにふける。

 発動させた術の威力、それによって、一度は取り逃がした相手を完全に殺せた達成感にひたるのだった。

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