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第52話 死者の呼び声

 スライムの襲撃から一夜明けた翌日……その日は朝からザーザーと激しい雨が降り、外の地面がビチャビチャに濡れる。雨音に混じってセミがミンミンと鳴く声が聞こえる。

 湿度の高い空気がさらにジメッとして、不快度指数が増す。ただ気温が下がったせいか、外から流れる風はヒンヤリしていた。


 空は真っ白い雲に覆われており、太陽は全く見えない。しばらく雨がむ気配も無い。


「……」


 リザードマンの少年ジャンはわら小屋の片すみにて、ひざを抱えたまま体育座りする。

 少年の表情は暗い。まだ父親が生き返らなかったショックから立ち直れていないようだ。


 少年が落ち込んだ顔をしていると、誰かが小屋の中へと入ってくる。

 白いエプロンを着て手におたまを持った、大人のリザードマン……服を着ていなければ外見だけでは性別を判断できないが、恐らく少年の母親だろうと思われた。


「またこんな所にいたのね……ジャン。そろそろ昼ご飯のたくするから、家に帰りなさい」


 いつまでも悲嘆にれている息子に帰宅するよううながす。息子が無言のままコクンとうなずくと、一足先に小屋から出ていく。


 母親の後に続いて無人の小屋から出たジャンが、家に帰ろうと歩き出した時……。


(ジャン……聞こえるか、ジャン)


 何者かが少年に呼びかける声が聞こえた。謎の声に驚いた少年が慌てて周囲を見回したが、声の主らしき人物の姿は見当たらない。あいも変わらず雨がザーザー降っているだけだ。

 母親は後ろを振り返らずズカズカと歩く。雨音でかき消されたのか、謎の声が彼女の耳に届いた様子は無い。


 突然の出来事に少年が呆気あっけに取られていると、謎の声がなおも語りかける。


(俺だよ……お前の父、ゾルガだよ)


 自分が死んだはずの少年の父親だと主張する。


(父さんに会いたいだろう……南の森においで。そこで待ってる……)


 少年に行き先を指定して、一方的に話を打ち切る。以後は話しかけたりしない。


「……」


 声が途絶えた後、ジャンは無言のままボーッと突っ立っていた。あまりに突拍子も無い出来事に、正気を取り戻すのに時間が掛かった。ハッと我に立ち返ると、これまでの事象を頭の中で整理する。


 冷静に考えればおかしな話だ。ザガートをして生き返らないとまで言わしめた人物が、さも生きているかのように話しかけてきたのだから。少年に魔王のような知性があれば、敵の罠かもしれないと疑う所だ。


 だが父の死に打ちひしがれた少年にとって、謎の声の誘いはとても魅力的に思えた。怪しいと分かっていてもあらがえない、悪魔の誘惑に等しい。声の主が何者か確かめたい好奇心も湧いた。


 気が付いた時、少年の足は南の森に向かってフラフラと歩いていた。


  ◇    ◇    ◇


 謎の声が少年に呼びかけた頃、そこから十軒ほど離れた小屋の中。

 ザガートが布のシートにドガッと胡座あぐらをかいて座りながら、何やら手作業を行っている。

 ルシル達三人は彼の邪魔をしちゃいけないと思い、一切口出しせずに作業を見守る。


 シートの上に一枚の紙がかれており、さらにその上に黒い粘土ねんどの塊、一本の細長いひも、金属の針が置かれている。


 ザガートは粘土を指でこねてイクラのような玉を作ると、針をブスッと刺して小さい穴を通す。そうして穴のいた玉が出来上がると、新たな玉の制作に取り掛かる。一つ、また一つと玉が完成していき、最終的に三十個近くになる。


 玉を作る作業を終えると、今度は玉に空けた穴に、細長い紐を通す。

 一つずつ順番に紐を通していき、最終的に全ての玉が一本の紐で繋がれたそれは、『数珠じゅず』と呼ばれる東洋の首飾りによく似ていた。


 ザガートが数珠を作り終えると、作業を見守っていたレジーナが口を開く。


「一体何を作っていたんだ? まさか路銀が尽きて、ついに内職に手を出したか。ハハハッ」


 魔王が何をしていたのか真意がつかめず、冗談交じりに笑いながら問いかけた。


「……そうだ」


 王女の冗談に、男が深刻そうに一言つぶやく。彼の表情は真剣そのものであり、とても冗談を言っているように聞こえない。


 本当に魔王が内職を始めたなどとは夢にも思わず、王女は背筋が凍る思いがした。表情はみるみる青ざめて、歯がガタガタと震えだす。


「ななな、何という事だッ! ま、まさか本当に……路銀が尽きてしまったというのか!? う……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーっっ!!」


 深いショックを受けたあまり、村中に響かんばかりの大きな声でわめき散らす。これからどうすれば良いんだ、と頭を抱え込んだ。そんな事実知りたくなかった、聞くんじゃなかった、と後悔の念に駆られる。


「ザガート様ッ! 路銀を稼ぐためなら私、体でも何でも売ります!」

「師匠ッ! 困った事があったら何でも相談乗るッスよ!!」


 二人のやりとりを聞いていたルシルとなずみが魔王に詰め寄る。旅の資金が尽きたと本気で思い込み、必死に解決策を提示しようとした。


「三人とも、おおお落ち着けッ! 内職を始めたというのは冗談だッ! ちょっとお前達をからかってみただけだ! 旅の資金は尽きてなどいないッ! 金にはまだ余裕があるッ! もし万が一金が尽きたとしても、愛する女に体を売らせるようなマネはせんッ!!」


 魔王が早口で慌てて釈明する。王女に言った言葉は冗談だった事、金銭には余裕がある事、彼女達が金の心配をする必要は無い事などを、逐一ちくいち説明した。

 魔王にしてみれば、ほんのちょっとからかっただけのつもりだった。まさか本気にされるなどとは思わず、イタズラ心を起こした事を後悔した。


「なぁーーんだぁーー、本気でビックリしたんだぞ。まったく、一時はどうなる事かと」

「ザガート様、人が悪いです。もう」

「師匠は真顔で冗談言うから、心臓に悪いッス」


 三人が口々に安堵の言葉を漏らす。表情は晴れやかになり、金銭の不安が払拭された事にホッと一安心する。


「それで、本当は何を作ってたんだ?」


 レジーナが改めて男がしていた作業について問う。


「これはスライムを倒すために必要な……」


 ザガートが三人に見せびらかすように数珠を掲げて、用途を説明しようとした時……。


「ジャンがッ! ジャンが何処にもいないのッ!」


 少年の母親が大声で叫びながら、慌てて彼らのいる小屋へと駆け込んで来た。

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