第49話 デス・スライムの脅威
「師匠ッ! 何かヤツの事を知ってるんスか!?」
ザガートが黒いスライムの名を口にしたため、なずみが詳細を問う。
「ああ……スライムは捕食した相手の能力を取り込む。ある一つの個体が、成長限界に達するまで進化を遂げた姿……それがデス・スライムッ!!」
少女の問いに魔王が答える。敵が如何に恐ろしい存在であるかを分かりやすく教える。
相手の実力を脅威に感じたのか、男の額から汗が流れる。表情がいつになく真剣になる。普段からは想像も付かない魔王の余裕を失った態度は、デス・スライムと呼ばれた魔物がどれほど凶悪かが伝わる。
(俺が元いた世界の神話に語り継がれた、伝承上の怪物……それがまさか、こんな形で会う事になろうとは)
仲間に早口で説明しながら、魔物の知識の情報源について思いを馳せた。架空の存在だと認識した相手が実在した事に、密かな驚きを隠せない。
「ギショショショショ……俺ヲ知ッテイルトハ、光栄ダナ……異世界ノ魔王ッ!!」
突如黒い液体から不気味な声が発せられた。六十代から七十代の男性のような、しゃがれた老人の声をしており、狡猾にして老獪なイメージを与える。他では聞いた事も無いような特徴的な笑い方をする。
スライムの一部がグニョグニョと変形して人の姿へと変わり、上半身だけの、ハゲ頭のマッチョな裸の男性になる。黒一色に染まっていて眼球は存在しない。
「改メテ、名乗ラセテ頂ク……俺ハ、デス・スライムッ!! 魔王軍十二将ノ一人ニシテ、コノ村ノ侵略ヲ任サレタ身……」
男性の口の部分がパクパク動いて自己紹介する。ケセフと並ぶ魔王軍の上級幹部である事を教える。
高度な知能を有し、人間の言葉を話すのは、これまで捕食したヒト族やリザードマンの知恵を取り込んだからだろうとザガートは考えた。
「リザードマン共ガ魔王軍ニ加ワラヌ限リ、俺ハコノ村ヲ攻撃シ続ケルッ! ジワジワト痛メ付ケテ、絶望ヲ味アワセテ、ナブリ殺シニシテヤルッ! 貴様ラハ俺ノ餌ダッ! 永遠ニ俺ヲ楽シマセル玩具トシテ、弄バレル運命ニアルダッ! ギショーーーーッショッショッショッ! ギーーロギロギロッ!!」
スライムが挑発的な言葉を吐いて、邪悪に高笑いした。一気に彼らを絶滅させるのではなく、少しずつ遊ぶように殺していく事で、楽しみを長く持続させる狙いがあったと明かす。
性格の悪さが窺える言動からは、もはやトカゲ一族を降伏させる事よりも、彼らが苦しむ姿を見る事が主目的であるように思えた。
「この野郎ッ! よくも……よくも俺達の同胞をッ! 許さねえッ!!」
彼らの誇りを穢すような言動に、一人の若いリザードマンが烈火の如く怒り出す。目を真っ赤に血走らせて、両肩をわなわなと震わせて激昂する。一本の槍を手にすると、感情の赴くままに全速力で駆け出す。
「俺達は貴様のオモチャじゃねえ!」
「ここで貴様を返り討ちにしてやるッ!」
「うぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」
他の者達も後に続くように一斉に飛び出す。十人ほどの屈強な男が、槍を手にしながら仲間の仇を取らんと敵に向かって走っていく。
「待てッ! 不用意にヤツに近付くなッ!!」
ザガートが慌てて警告を発する。敵の策に気付いたのか、まんまと安い挑発に乗せられた彼らを止めようとした。だが時既に遅かった――――。
「ギショショショショ……体ガ溶ケル苦シミヲ味ワイナガラ、アノ世ヘ行ケェッ! 硫酸濃霧ッ!!」
技名らしき言葉を叫ぶと、スライムの人型部分の口が大きく開いて、そこから黒い霧状のガスが一気に吐き出される。
彼に襲いかかろうとした十人のリザードマンは、霧のブレスを避ける間もなく喰らってしまう。
「ギャァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」
先頭にいた一人が、この世の終わりと思えるほどの絶叫を発した。霧のブレスをまともに受けた彼の体が、熱した飴細工のように溶け出す。
スライムの一部と思しき酸の威力は凄まじく、男は十秒と経たないうちに肉も内蔵も溶け出し、骨だけになる。
「ギャアアアアアアッ!」
「ウガアアアアッ!!」
「ボグワァァァアアアアアーーーーッッ!!」
他の男達も酸の霧から逃れられず、ドロドロに溶け出す。彼らの断末魔の悲鳴がこだまして、辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄と化した。
……悲鳴が鳴り止んだ時、彼らが立っていた場所には十人分の白骨死体が転がっていた。
「ギッショッショッショッショッ! 全身ガ酸ノ塊デアル俺ニ近接戦ヲ挑ムナド、自殺行為ニ等シイ! ソレヲ理解スル脳ミソヲ持チ合ワセヌトハ、何ト頭ノ悪イ連中ヨッ! ギーーロギロギロッ!!」
リザードマンの死体を眺めながら、スライムが嬉しそうに大笑いした。よほど敵を殺せた事が快感だったのか、表情は歪んだ笑顔に染まり、相手を小馬鹿にするように上半身をクネクネと動かす。
黒い裸のハゲのオッサンが、身体をくねらせて喜ぶ姿は、見る者に不快感を与える。
(……だから不用意に近付くなと言ったのだ)
リザードマンが殺された光景を目にして、ザガートが思わず頭を抱え込んだ。
仲間の忠告に従っていれば死なずに済んだかもしれない。にも関わらず頭に血が上って冷静に判断できなかった彼らの行動を深く嘆く。
それでも魔王は彼らを責めようとは考えない。家族を奪われた悲しみを思えば、敵の挑発に乗せられるのは仕方のない事だと自分に言い聞かせた。




