第46話 謎の黒いスライム
湿地帯に足を踏み入れた一行は処女好きの魔物ユニコーンと遭遇する。
パーティ内に処女がいなかったため、戦いは避けられない状況となる。
見事ユニコーンを返り討ちにしたザガートであったが、一人でも処女がいれば殺さずに済んだ命に、微かな後悔の念を抱く。
(許せ、ユニコーン……今はこうするより他に手が無かったのだ)
哀れな死肉となった雄馬に心の中で詫びる。
せめて生命創造の素材として有効活用してやろう……そう思い立った魔王が、馬の死肉が散乱した場所に近付こうとした時。
「……ムッ!?」
何かに気付いて突然立ち止まる。敵の襲来を警戒するように周囲を見回した後、じっと息を潜めて状況を観察する。その場から一歩も動かない。
次の瞬間、黒い影のような物体が男の視界に現れる。それは小さい犬のようにも、スライムのようにも見えたが、正確な姿は分からない。ザガートの目を以てしても追い切れない速さで動く。弾力あるグミのようにボヨンボヨン飛び跳ねたり、ズルズルと地を這うように移動したりする。
黒い奇妙な物体は、馬の死肉が散乱した場所へと向かうと、辺りを掃除するようにサササッと動き回る。彼が通り抜けた地面にあった肉は綺麗に片付けられており、泥土に付着した血痕すらも一滴残らず拭き取られる。完全に馬が現れる前の状態へと戻る。
馬の死体を回収すると、謎の物体は目にも止まらぬ速さで森の中へと去っていき、そのまま行方をくらます。
(一体何だったんだ、今のは……?)
突然現れた謎の物体に、魔王が呆気に取られたまま棒立ちになる。一瞬何が起こったのか全く理解できず、相手の行為をただ見ているしかない。ようやく思考が冷静になった時、敵の姿はもう無い。
まず間違いなく魔族であろうと思われる『それ』は、黒いスライムのように見えた。だが音速を超える速さの物体を認識できるザガートが、姿を正確に捉えられなかったのだ。とてもスライムの動きではない。
周囲から規格外として扱われる男の力を以てしても、動きを目で負えない未知の存在に、ただただ驚くしかなかった。
「ザガート様っ!」
魔王がボーッと突っ立っていると、ルシル達三人の少女がやってくる。ユニコーンを排除したため、戦いが終わったと判断する。
レジーナとなずみがコケた時に付いた泥は、ルシルが持ち歩いていたタオルで拭いたようだ。特に怪我をしている様子は無い。
「ザガート、どうかしたのか? 浮かない顔して……敵を倒したというのに、あまり嬉しそうじゃないな」
思い詰めた表情の魔王を見て、レジーナが首を傾げて不思議がる。黒いスライムの存在に気付いていない。
「……トンビに油揚げをさらわれたようだ」
ザガートが元いた世界で聞いた諺を口にする。
三人とも男の言っている意味がよく分からず、チンプンカンプンになる。
「分からないなら別に良い……先を急ぐぞ」
男は少し不機嫌な顔になりながら一方的に話を打ち切ると、村のある方向へとズカズカ歩き出す。彼が何かに対して怒っている事は傍から見ても分かる。
魔王はユニコーンの血肉を得体の知れない存在に横取りされた事に内心腹を立てていた。いつかこの借りを返さねばなるまい……そう思いを抱く。
三人は何故魔王が苛立っているか分からず困惑したものの、黙って彼の後に付いていく。
◇ ◇ ◇
あれから更に一キロほど歩いたものの、村に着く気配は無い。それでも一行は目的地を目指して歩き続ける。グチョグチョした湿地帯をものともせず、ひたすら歩く。
ユニコーンと遭遇する前は愚痴を垂れたり雑談に花を咲かせたりもしたが、今となってはそれも無い。魔王が無言のまま歩き続ける姿を見て、冗談を言える空気では無くなった。
当のザガート本人も、少女達に気を遣わせた事を心の中で申し訳なく感じる。けれども掛ける言葉が見つからない。今はただ現状を打破するために、一刻も早く村に着くよう祈るしかない。
四人が無言のまま歩き続けた時……。
「……ムッ!? 三人とも、そこで止まれッ!」
魔王が突如足を止めて指示を出す。これ以上仲間を先に進ませないよう、右腕をサッと横に振る。
少女達は彼の言葉に従ってその場に立ち止まる。
「また敵が現れたのか?」
レジーナがそう問いかけた。
「……敵ではない」
王女の疑問にザガートが言葉を返す。
その直後、ザガート達から百メートルほど離れた地点。白い靄が立ち込めて遠くが見渡せない一帯から、ザッザッと音が鳴る。それは一行に近付いているのか、だんだん音が大きくなる。
軍隊の行進のように聞こえる足音は、何かが向かって来ている事を直感的に悟らせた。
十秒ほど経過した後、霧の中から謎の一団が姿を現す。総数にして四十人ほど、一瞬人間に見えたそれは、よく目を凝らしてみるとヒト族でない事が分かる。
そこに現れたのは、大人の男性より一回り大きな、二足歩行するトカゲの亜人だった。鍛え上げられた屈強な筋肉をしており、全身の鱗は鋼鉄よりも硬い。
彼らがリザードマンと呼ばれる魔物種族であろう事は想像に難くない。
先頭に立つ十人は軽装の鎧を身に纏って鉄の槍で武装しており、残りの三十人は何も着ていない。村を守る自警団のように思えた。
「お前達、こんな辺境の地に何をしに来た……魔族の手先か?」
先頭に立つ一人が訝しげに問う。来訪者を歓迎しているようには到底見えない。それどころか、いつ襲いかかってきても不思議ではないようにピリピリしている。
(おい、彼らはヒト族を敵視しないんじゃなかったのか!? これでは話が違うッ!!)
レジーナがリザードマンに聞こえないよう、魔王にひそひそと小声で囁く。ムーア村の村長から聞いたのと全く異なる対応に困惑を隠し切れない。
(彼らは何かに怯えているのだろう……それで警戒心が強くなっている。最初に魔族の手先かどうか聞いてきた事が、その証拠だ)
ザガートが王女にそっと耳打ちする。即座に一戦交えようとはせず、冷静に状況を分析する。
湿地帯にユニコーンが現れた事、あるいは謎の黒いスライムの存在……そのどちらかが関係していると考えた。
(とは言ったものの、どう説明すれば納得してもらえるか……)
魔王が気難しい表情になりながら、あれこれ考えた時……。
「矛を収めよ……彼らは敵ではない」
リザードマン達の後方から、そう言葉が発せられた。
声の聞こえた方角に皆が振り返ると、一人の男が歩いてくる。
杖を突いてゆっくりと歩く、子供くらいの背丈をした人物……魔道士のようなローブを羽織って、白い髭を生やしたトカゲの老人。
「……ジアラ長老ッ!!」
老人の姿を目にして、リザードマンの若者が名を叫ぶ。
その者こそ、彼らの中で一番の実力者に他ならない。




