第44話 処女好きの魔物……その名はユニコーンっ!
魔族を撃退してムーア村を救ったザガート……村長からリザードマンが住む村の存在を教えられる。村人に別れを告げると、新たな目的地を目指して旅立つのだった。
森を抜けて西に十キロほど歩くと、一行は見晴らしの良い湿地帯に辿り着く。
辺り一面に雑草が生えていたが、草の間から見える土はびっしりと苔まみれになっていて、雨が降った後のように泥が柔らかい。歩くたびにグチョッと不快な音が鳴り、靴が泥だらけになる。
地面に足跡が付いて、微妙に足が沈むので歩き辛い。
湿度が高いせいか空気がジメッとしていて、数分いるだけでカビが生えそうな気になる。
「おい……本当にここを通る必要があったのか?」
レジーナが歩きながら文句を垂れる。グチョッグチョッと音が鳴る泥土と、ジメジメした湿気に、かなりストレスが溜まっているようだ。ルシルとなずみも声には出さないものの、かなり嫌そうな顔をする。
蚊が飛んでいるらしく、プゥーーンと虫が鳴く声がする。レジーナとなずみは露出した肌を数箇所刺されており、痒そうに手でボリボリ掻く。
近くの川に棲んでいるのか、カエルがゲコゲコと鳴く。
「お前達はムーア村で待っていても良かったんだぞ。リザードマンに会うのは俺一人で十分だ。用事を済ませた後で迎えに来れば、こんな湿地帯に足を踏み入れる必要など無かった。そう提案したら、付いてくると言ったのはお前達だ」
王女の問いにザガートが答える。三人を村に残そうと提案した事、それを却下されたため、やむなく連れていく事にしたと口にする。
こうなる事が分かっていたため、湿地帯に三人を連れて歩くのに前向きでは無かった様子が窺える。
「嫌ですっ! どんな場所に向かおうと、私は絶対ザガート様に付いていきますっ! 私がちょっとでも目を離すと、また別の女に手を出すんですからっ!!」
ルシルが声を荒らげて反論する。魔王の提案を断固として拒否する。
かなり不機嫌そうにプリプリしながら、泥土をものともせずにガニ股でズカズカと歩く。普段のおしとやかさは微塵も感じられない。よほど魔王がなずみとエッチした事に腹を立てたようだ。
(やれやれ……今度行くのはリザードマンの集落だぞ? トカゲに欲情する趣味は無いのだが……)
ザガートが面倒臭そうにため息をつきながら、頭を手でボリボリ掻く。仲間の嫉妬に心底呆れる。
「オイラも、何処までも師匠に付いていくって決めたッス!」
なずみも、ルシルの後に続くように答える。どんな危険な場所だろうと魔王から片時も離れないと鼻息を荒くする。魔王の心情を知ったからこそ、自分達はいつでも彼の側にいなければならないと決意を胸に抱く。
一行が言葉を交わしながら歩いていた時……。
「ムッ!? 三人とも、そこから一歩も動くなッ! 息をじっと潜めて、静かにしているんだッ!!」
ザガートが右腕をサッと横に振って、警告の言葉を発する。彼が何らかの異変を察知したのだろうと考えて、少女達は大人しく指示に従う。
周囲に敵の姿は見えない。だが魔王は明らかにある一点を凝視し、警戒の表情を表に出す。
ルシル達も、魔王が見ている方角をじっと見る。その状態のまま静止する。
四人ともマネキンのように固まったまま、一言も発しない。敵が現れるのを気長に待つ。
蝉がミンミン鳴く音と、カエルがゲコゲコ鳴く声だけが、音楽の演奏のように響き渡る。時間にしておよそ一分ほど経過した時……。
「……来たぞッ!!」
魔王が突如そう言葉を発した。それと同時に彼が見ていた方角から、一匹の動物らしき何かが四人のいる場所を目指して歩いてくる。
驚くべき事に、『それ』は湿地帯をものともしない。グチョグチョする筈の泥土に全く足を取られず、パカランパカランと馬のような足音を立てて歩く。それがどういう原理かルシル達には分からないが、相手がただ者でない事だけは分かる。
一行の前に現れたのは、一頭の白い雄馬だった。毛並みは美しく、澄んだ瞳をしていて、体格も引き締まっている。立ち姿は悠然としていて、王者の風格すら漂わせる。およそ湿地帯という風景には似つかわしくない。
他の馬と異なるのは、額に細長いドリルのような一本の角を生やしていた事だ。
「ユニコーン……伝承に語り継がれし馬の怪物だ。普段は見境なく人間に襲いかかる凶暴な魔物だが、遭遇したパーティ内に処女がいる時だけ、戦意を喪失して大人しくなるという」
ザガートが馬の魔物について詳細に語る。
ユニコーンは十メートルほど離れた場所に立ち止まると、一行をじーっと眺めたり、風に乗って流れてくる少女達のニオイを確かめるように、クンクンと鼻を動かしていたが……。
「グッ……グォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」
突然ギリギリと音を立てて歯軋りするや否や、大きく口を開けて狂ったような咆哮を発する。その怒声は湿地帯全土に響かんばかりに大きく、川にいたカエルが慌てて水中に避難する。
澄んだ瞳をしていたはずの目は、殺意に満ちたように鋭い眼光で敵を睨み付けて、表情は悪鬼のような形相へと変わる。口からは「ウウウッ……」と威嚇するように唸り声を発する。
それまで漂わせていた聖獣のイメージは一瞬にして吹き飛び、目の前の敵を殺そうとする恐ろしい怪物へと変貌する。
明らかに『何か』に対して怒っているのが分かる。もはや戦いは避けられそうもない。
「フム……やはりこの場に処女は一人も居なかったようだ」
ザガートが納得したように頷きながら言う。敵が激怒した理由を知っていながら、わざと冗談交じりにすっとぼけてみせた。
「当たり前だッ! お前が全部奪っておいて、今更何を言うかッ!!」
魔王のあからさまなボケに、レジーナが思わず突っ込みを入れる。
二人のそんなやりとりなど意にも介さず、ユニコーンが襲いかかるのだった。




