第43話 ザガート、村を発つ
チュンチュンと雀が鳴く朝……太陽が空に昇って外の景色が明るくなり始めた頃。
柵で囲まれた村の入口に、出発の準備を終えたザガート達一行が立つ。彼らを見送るべく、ゾシー村長と数人の村人がいる。
村人の隣にオークの一団と、さっき生き返ったばかりのメデューサとアダマン・ゴーレムがいる。後ろの方では村の子供達がゴブリンと楽しそうに鬼ごっこして遊ぶ。
(ケセフだけは生き返らなかった……やはり魔王軍の上級幹部は『生命創造』とは別の魔術が使われているようだ。だがまあ良い……これだけ戦力が整っていれば、並みの魔物では手を出そうとすら思わないだろう)
道化師の男を使役できない事を魔王が内心悔しがる。バハムート同様に、今の力では配下に出来ないと悟る。それを仕方のない事だと自分に言い聞かせた。
「オーク達は村の守りとして置いていく。この先どんな敵が攻めて来ようと、彼らが守ってゆくだろう……どうか仲良くしてもらいたい。平時には農作業を手伝わせたり、力仕事を任せたりしても良い」
ザガートが魔物を村に残す方針を伝える。忠実な配下を住まわせる事で、自分が居ない間でも村の安全が保障されるよう配慮した。
魔王の言葉に了承するように村長がコクンと頷く。
「いずれ大魔王を倒した暁には、必ずお前達を迎えに行く。それまで村の事を頼んだぞ」
ザガートはオークの方を向いて、今後の方針を伝える。部下に会いに来る約束を交わして、使命をしっかり果たすよう念を押す。
「はっ、お任せをっ! 我ら一同、主君の顔に泥を塗らぬよう、しっかりと使命を果たしてご覧に入れます!!」
集団の先頭に立つリーダー格と思しきオークが、握った拳で心臓のある左胸をドンッと叩きながら、頼もしい言葉を吐く。アダマン・ゴーレムもメデューサも、主君との別れを惜しむように敬礼する。
「何から何まで村のために良くして頂き、何とお礼を言って良いやら……」
ゾシーが深く頭を下げて感謝する。長い間村を悩ませたスライムを退治し、村に攻めてきた魔族の群れを撃退し、更に今後の安全まで保障してくれた魔王に、返しても返しきれない恩義を感じる。
「森を抜けて西に進んだ所に、大きな湿地帯があります。その奥へと進んでいくと、リザードマン達が住む村がある。彼らは大魔王が生み出した魔法生物ではない、天然の魔物……人類を敵視しておりません。彼らに会えば、きっと力になってくれるでしょう」
魔王の旅の手助けになるよう、新たな目的地を示す。西に進んだ所に亜人の村がある事を教えて、そこへ行くよう勧める。
「ありがたい、ぜひ向かわせてもらう……短い間だったが、村での生活は素晴らしいものだった。住人は皆好意的だし、有益な情報も得られた。温泉も料理も、とても良いものだった。この村の事は一生忘れない。村長、元気でな」
ザガートが心から感謝の言葉を述べる。自分を快く迎えてくれた村を素直に褒め称えて、熱い友情で結ばれたように村長とガッチリ握手を交わす。
別れの挨拶を済ませると、村の外に広がる大森林に向かって歩き出す。村人達は別れを惜しむように手を振って見送り、魔王も何度も後ろを振り返っては、彼らに手を振り返す。そうしている内に一行の姿は森の中へと消える。
「魔王の姿をした勇者……魔王救世主、か」
彼らが去った後、村長が小声でそう呟く。
魔王の活躍を脳裏に浮かべて、一行の行く末に思いを馳せた。
彼らなら、大魔王に支配されつつある暗黒世界に光を取り戻せるだろう……そう確信を胸に抱く。
一行の未来に幸あらん事を……そう願って止まない。
◇ ◇ ◇
「フッフ、フッフフーーーン」
なずみが楽しそうにスキップしながら歩く。上機嫌に鼻歌を唄っており、何度も足を止めては魔王の方をチラッチラッと見る。目線が合うとニコッと笑う。
魔王は少女と目が合うと一瞬顔を合わせ辛そうに視線を反らした後、ゴホンと咳をする。
明らかにいつもと様子が違う二人に、レジーナとルシルが疑問を抱く。
「はっ! ザガート……まさかお前、遂になずみとヤッたのか!!」
レジーナが思わず声に出して問いかけた。
「ああ……ヤッた」
魔王は居心地が悪そうな表情になりながらも包み隠さず答える。
「なっ……貴様ぁぁぁぁああああああっ!! 大の大人が事もあろうに、十二歳の女の子に手を出して、あんな事やこんな事をした挙句、気持ちよくなってスッキリしてしまうとは、見損なったぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
王女が森全体に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。小さな女の子と事に及んだ魔王を深く軽蔑する。
「ザガート様のバカっ! バカっ! ロリコンっ! 肉食系っ! ジャンボフランクっ! ハレンチ大魔王っ! 夜の帝王っ!!」
ルシルが早口で罵詈雑言を喚きながら、魔王の頭をポカポカ殴る。男のストライクゾーンの広さに心底呆れる。
レジーナも彼女の後に続くように男を殴りだす。二人して魔王の頭をポカポカ殴り続ける。
「ま、待て二人ともっ! 落ち着け! 落ち着くんだっ! 気を悪くしたなら謝る! この埋め合わせは必ずするっ! だからどうか、殴るのをやめて欲しいっ!!」
彼女達に何発も殴られて、魔王が慌てて釈明する。必死に頭を下げて謝り、怒りを鎮めようとした。だが彼女達の怒りが収まる事は無く、暴力行為は数分ほど続いた。
「フフフッ……三人とも、何してるんスかーー。早くしないと、日が暮れるッスよーー」
なずみが後ろを振り返りながら言う。微笑ましい光景を目に焼き付けてニッコリ笑うと、再び前を向いて歩く。その足取りは心の靄が晴れたように軽やかだ。
今のパーティを居心地の良い場所だと感じて、自分がそこに居て良いんだという喜びに浸る。この幸せが一生続くようにと心に願う。
尊敬する人に必要とされた事、素晴らしい仲間に出会えた事……それらを噛み締めて、前に進むのだった。




