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第41話 なずみの苦悩

 ケセフが根城にしていた洞窟の探索を終えて、一行はムーア村へと帰還する。

 魔王がオークとゴブリンを引き連れた事に村人は最初驚いたものの、彼らが邪悪な魔物ではないと知り、その存在を受け入れた。

 持ち帰った金銀財宝は村ではすぐに換金できないため、大きな街に着くまで異空間にしまわれる事となる。


 一行が村に帰った日の晩……住人が寝静まった真夜中。

 時計の針が十二時を指した頃、なずみがベッドから起き上がる。周囲を見回して仲間が熟睡している事を確認すると、荷物をまとめて部屋を出る。宿の主人に気付かれないようコソコソと歩き、そっとドアを開けると、静かに建物の外へと出ていく。


 暗闇に覆われた村の中を、少女が足音を立てずに歩く。ホゥーホゥーと鳥が鳴く声が聞こえて、時折ときおり風が吹き抜けて木の葉をカサカサと揺らす。

 松明たいまつを持った自警団の若者が辺りを巡回していたが、建物の陰に隠れてやり過ごす。見つからないようにさくを飛び越えて村の外に出ると、早足で森を突っ切る。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 二百メートルほど走った後、息を切らして足を止める。ふと来た道を振り返ると、木と木の間から村が小さく見える。その景色を目に焼き付けながら、これまでの出来事を回想する。

 初めて三人と出会った日の事、温泉でのコントのような会話、森でのゴブリンとの戦い、その後の出来事……全て彼女には忘れがたい思い出となった。それらが走馬灯のように頭をよぎり、楽しかった記憶がよみがえって、別れるのが辛くなる。


「あそこにオイラの居場所なんて、無いんス……」


 自分に言い聞かせて、鈍りかけた決心にかつを入れる。


「レジーナのあねさん……ルシル姉さん……師匠……短い間だけど、とっても楽しかったッス。会えなくなるのは辛いけど、みんなと一緒にはいられない……これでお別れッス」


 別れを惜しむ言葉を口にした時……。


「師匠に何の断りもなく、一体何処へ行くつもりだ?」


 そんな声が、なずみの背後から発せられた。

 声に反応して少女が慌てて後ろを振り返ると、目の前にデデーーンッと男が立つ。


「し、師匠……」


 男の姿を目にして、なずみが思わず後ずさる。ひたいに冷や汗をかき、蛇ににらまれたカエルのような棒立ちになる。

 そこにいたのは、まぎれもないザガートその人だ。腰に手を当てて、胸を前面につき出してふんぞり返りながら仁王立ちする。無断で宿を飛び出した弟子を詰問するような眼差しで見下ろす。


「師匠、どうしてここに? みんなと一緒に熟睡してたんじゃ……」


 行く手をはばむように立ちふさがる魔王に、少女が問いかける。

 男は完全に寝ていたはずだった。そう確信できたから宿を出られた。だが少女の確信はいともたやすくくつがえされる。


「お前の異変に気付けない俺とでも思ったか? 俺に隠し事はできん。ベッドで寝たふりしてお前が宿を出た後、先回りするなど造作ぞうさも無い事だ」


 ザガートが自信に満ちた口調で言い放つ。少女のさいな挙動を見落とさず、それによって行動を先読みした事実を伝える。


「どうも様子がおかしかった。ウェアウルフに人質に取られた時から……いや、メデューサと戦った時からすでにおかしかったかもしれん。何があった? 遠慮せず話してみろ」


 これまで気付いた違和感を教えて、悩みを打ち明けるよう訴えた。


「……」


 なずみは下を向いたまま黙り込む。顔を合わせ辛そうに目をそむけたまま、口をモゴモゴさせた。何ともバツが悪そうな表情をしており、どうにかしてその場をごまかせないか思案しているようだ。

 だが魔王をごまかせる訳が無いと観念したのか、恐る恐る口を開く。


「オイラ、役に立ちたかった……みんなの役に立って、腕に自信が持てるようになって、オイラはここにいて良いんだって胸を張って言えるようになりたかったッス」


 ボソボソと聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でつぶやく。


「でも……何の役にも立てなかった! メデューサの時も、ウェアウルフの時も、オイラ足を引っ張ってばかりで、何も活躍できなかった! これじゃ誰かに守られるだけの、小さな子供ッス! いない方がマシっす!!」


 今度は一転して大きな声で叫ぶ。これまでまった鬱憤うっぷんを晴らそうとするように早口でわめき散らす。


「気付いちゃったッス……師匠にオイラの力は不要だって。このまま一緒にいても足手まといになるだけで、師匠に何の得にもならないって。そうと分かって旅を続けても、オイラがどんどんみじめになるッス。だからみんなと一緒にいられないって、そう思ったッス……」


 最後はまぶたを閉じて顔をうつむかせると、両肩をプルプル震わせて苦悶の表情になる。目にうっすらと涙が浮かび、今にも泣きそうになる。

 としも行かぬ少女が自分を卑下ひげして落ち込む光景は何ともびんだ。子犬のように縮こまって震える姿からは、どれだけ深く追い詰められたかが痛いほどよく伝わる。

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