第35話 死闘! アダマン・ゴーレム vs ミノタウロス!!
ザガートがムーア村で戦っている隙を突いて、ヒルデブルク城に魔族の本隊が攻め寄せる。ミノタウロスと人間の兵士が城を守ろうと外に出る。
彼らの前に姿を見せたのは、白ウサギの姿をした猛獣……ボーパルバニーという名で知られた恐ろしい怪物だった。見た目で油断した兵士をたやすく一撃死させる。
ミノタウロスは兵士を城内に下がらせると、ウサギとの戦いを一手に引き受ける。熟練の暗殺者の如き前歯の斬撃も、鋼のように屈強な肉体には全く通用しない。牛男が全力の一撃を放つと、ウサギの群れはあっさり蹴散らされる。
敵の集団を全滅させても、勝利の余韻に浸る暇は与えられない。牛男の前に二つの人影が姿を現す。
それこそ本物のケセフが岩の巨人を引き連れた姿に他ならない。
「この私自ら、城を攻め落としに参りましたよ……アダマン・ゴーレムを連れてねッ!!」
ケセフが自信に満ちた表情で巨人の名を口にする。
(アダマン・ゴーレムだと!? 宇宙最硬鉱物アダマンタイトを素材にしたゴーレムという事か。恐らく俺が敵う相手ではない……だがここで引く訳には行かん! この命に代えても、敵の進軍を押し留めるッ!!)
敵の材質を知らされて、ミノタウロスが自身の手に負える相手ではないと冷静に戦力を分析する。それでも主から与えられた使命を全うするため、命を捨てる覚悟を決める。
「お前達をここから先には一歩たりとも進ませんッ! うおおおおおおっ!!」
勇ましい言葉を吐くと、両手で握った大斧を高く振り上げたまま突進する。近接戦の間合いに入ると、敵の腹めがけて一直線に振り下ろす。
斧の刃がゴーレムの腹に触れた瞬間、ギィィィインッ! とけたたましい金属音が鳴る。牛男の両腕に電流のような衝撃が走り、斧の柄を握る手を離してしまう。男の手を離れた斧は物凄い速さで飛んでいき、ガランッガンと音を立てて地面に転がる。
(グッ……なんて硬さだ!!)
想定を上回る相手の強度に牛男が驚愕する。殴り付けた反動で両腕がビリビリ痺れた感覚に、武器が通用しない事実を突き付けられた。
「ならば、今度は力で勝負ッ!!」
それでも男は一切物怖じしない。両腕を左右に開いた構えで自分より大きい相手に組み付くと、相撲の取っ組み合いのように敵の腰に手を回して、力で押し戻そうとする。
だが男がいくら力を振り絞っても巨人はビクともしない。男が必死に「ンオオオッ……」と力む声だけが空しく響き渡る。ただボーッと突っ立ってるだけの岩の巨人を、筋骨隆々とした牛男が顔を真っ赤にして押そうとする光景はある種の滑稽さすら漂わせた。
「グモモモモッ……」
ゴーレムが突如奇声を発しながら前に歩き出す。一気にドカドカ前進するのではなく、体の重さによるものか、映像をスロー再生するようにゆっくり体を動かす。
牛男は彼の進軍を止められず、地に足をついて両手で組み付いたままズルズルと後ろに押されていく。さながら大人の力士に力負けした子供のようだ。
(クッ、力勝負でも駄目か……だったら!!)
このままでは埒が明かないと踏んで、ミノタウロスが慌てて敵から離れる。一旦後ろに下がって大きく距離を開くと、腰を落とし込んだガニ股になり、全身に力を溜める。その姿勢のまま数秒間静止する。
「うおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」
天にも届かんばかりの大きな声で叫ぶと、大地を強く蹴って駆け出す。敵の前に立つと、両拳を駆使した高速のラッシュを放つ。機関砲のように繰り出されたパンチの連撃が、ゴーレムの腹にドガガガガッと音を立てて命中する。
いくら殴られても巨人の体は一ミリも後ろに下がりすらせず、腹には全く傷が付かない。それでも男はいつか手傷を負わせられるはずと信じて、ひたすら殴り続けた。
その光景が、およそ五分ほど続いた――――。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
牛男が激しく息を切らす。敵を殴る手が止まり、ガクッと膝をついてうなだれた。額からは汗が滝のように流れ出し、手足が震えて力が入らない。完全に精根尽き果てて疲労困憊する。
敵を殴り続けた拳は相手の強度に打ち負けて血だらけになる。
当のゴーレムは掠り傷一つ負わない。牛男の拳の血痕が付着しただけで、小石の一粒すら欠けていない。
レッサーデーモンなら間違いなくバラバラに吹き飛んだ威力の乱打を受けたにも関わらず、全く被害を受けていない。その硬さは真に驚嘆すべきものがあった。
「……グフフフフッ」
体力が底を尽きたミノタウロスをゴーレムが嘲笑う。無駄な努力だったな、と言いたげに小馬鹿にする態度を取る。
「フンヌッ!」
喝を入れるように一声発すると、右足のつま先で相手の腹を思いっきり蹴飛ばす。
「ぐああああああああっ!!」
腹を強く蹴られた牛男が悲鳴を上げながら吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がる。蹴られた腹を労わるように両手で押さえたままゲホゲホッと苦しそうに咳き込む。
内蔵が砕けて骨が折れたのか、すぐには起き上がれず、ウウッと呻き声を漏らしたまま力なく横たわる。
ゴーレムは倒れたミノタウロスに向かってゆっくり歩いていき、動けない彼を勝ち誇ったように見下ろす。殺そうと思えばいつでも殺せるぞという、強者の余裕が伝わる。
「ホッホッホッ……さっきとは完全に立場が逆転したようですねぇ。ミノタウロスさん」
戦いを眺めていたケセフが、劣勢に立たされた牛男を見てニヤニヤする。とても嬉しそうに口元を歪ませて、嫌味ったらしい笑顔になる。ボーパルバニー戦を引き合いに出して、今度は男が追い込まれる側になった事実を突き付けた。
「ミノタウロスさん……貴方が以前と別人格である事は理解しましょう。ですがやはり、大魔王様を裏切った行いは到底許されるものではありません。その報いを受けさせてもらいます。貴方にはここで死んで頂きますよ」
元同僚に対して、主君を裏切った罪を糾弾する。
「さあゴーレム! その男を踏み潰してしまいなさいッ! 我ら魔王軍に楯突いた罪深さを、あの世で後悔させるのですッ!!」
男を指差して部下に処刑を命じる。
「フンガァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
ケセフの命を受けて、ゴーレムが任せてくれと言わんばかりに大きな声で叫ぶ。右足を高く上げて、ミノタウロスめがけて一気に下ろそうとする。
彼の体重から考えれば、足で踏み潰されたら牛男が絶命する事は目に見えている。
(ウウッ……俺はここで死ぬのか!? 与えられた使命も果たせぬとは、何と不甲斐ない! 主君の顔に泥を塗るに等しい所業ッ!!)
ミノタウロスが自身の非力さを嘆く。あまりの情けなさに涙が出そうになる。それでも何の手立ても思い付かず、ただ止めを刺されるのを待つしかない。
(我が主よ……非力な私めを、どうかお許しを……)
主君に謝る言葉が頭をよぎった時……。
それは僅か一瞬の出来事だった。
黒い大きな塊がゴーレムの真横から飛んできて、脇腹にドガァッと体当たりしたのだ。その衝突の威力は凄まじく、ゴーレムの体がフワリと宙に浮く。
「グオオオオオオオオッ!!」
直後岩の巨人が奇声を発しながら弾き飛ばされる。強い衝撃で地面に全身を打ち付けて、ドガガガガッと大地の土を豪快に抉り上げた。地面に体が半分めり込んでおり、自力では起き上がれそうにない。
「なっ……何だぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
ケセフが喉が割れんばかりの絶叫を発する。突然の予想外すぎる出来事に表情が真っ青になる。
「なっ、何だこれは! 何が起こった!? これは一体どういう事なんだッ!!」
声に出してうろたえながら、両手で頭を掻き毟る。体中にブワッと汗が噴き出て、心臓の鼓動が激しくなり、動悸と目眩がして吐き気が止まらなくなる。頭がグルグル回る感覚に襲われて、危うく気を失いかけた。
とても正気ではいられなかった。アダマン・ゴーレムの重さは優に数トンはある。ミノタウロスがいくら力で押しても微動だにしなかった。それが『何か』をぶつけられただけで、あっけなく吹き飛んだのだから。
ケセフが半ばパニックに陥りかけた時、巨人に体当たりした黒い物体が、男に背を向けた状態で着地する。それはよく見るとローブを羽織った人の姿をしていた。体当たりに見えたのは巨人への飛び蹴りだったようだ。
「ケセフよ……今度こそ本当に久しぶりだな。俺が居ない間に城を攻めた代償は高く付くぞ」
ローブを羽織った男が後ろを振り返りながら道化師に言い放つ。
「きっ、貴様はザガート……異世界の魔王ッ!!」
男の姿を見て、ケセフが俄かに驚きながら名を口にする。
その者こそ遠く離れた村にいたはずの魔王に他ならない。




