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第33話 メデューサ死す

「ヒエッヒェッヒェッヒェッ! イクラ怒ッタッテ無駄ダヨ! ドウセアンタニ、アタシノジュツヲ破レハシナインダカラネッ!!」


 ドスの利いた声で凄まれても、メデューサは一切ものじしない。完全に勝利を確信して相手をめた態度を取る。自分が負けるかもしれないなどとはじんも考えない。


「サァ、仲間ヲ守レナイ悔シサデギシリシナガラ、アノ世ヘオキッ! 石化呪縛ストーン・カーズッ!!」


 またも老婆の指先から相手を石にする光線が放たれる。今度は仲間を狙ったりせず、一直線に魔王めがけて飛んでいく。

 ザガートは防御の構えを一切取らず、腕組みしながらえらそうにふんぞり返ったまま仁王立ちする。やれるものならやってみろと言わんばかりの余裕に満ちた表情でのぞむ。何か考えがあるのかは分からない。


 何の抵抗もしないまま石化の術が命中し、勝敗は決したかに思われた。だが……。


「……!?」


 次の瞬間目にした光景に、メデューサがあんぐりと口を開けた。

 光線が触れたにも関わらず、石化の呪いが発動しない。まるで何事も無かったかのように男の体はピンピンしている。


「ソ……ソンナ馬鹿ナッ! ドウシテ……ドウシテ、アタシノ術ガ効カナインダイ!? アンタハ間違イナク石ニナルハズダッテイウノニッ!!」


 渾身の一撃が通用しなかった事に、老婆がにわかに慌てふためく。錯乱したように頭の蛇を両手でむしりながら、声に出して狼狽ろうばいする。

 それは彼女にとって決してあってはならない事だった。男は防御結界を張りめぐらせた形跡すら無く、老婆の技を無傷で耐えしのいだ。その事実が到底受け入れられず、正気を失いかけた。


「フンッ……馬鹿め、知らなかったのか? 対象を石化や即死させるタイプの術は、相手の魔力が術者より上だと効きが弱くなる……倍以上の開きがあった場合は絶対に効かなくなる」


 困惑する老婆をザガートが鼻で笑う。最初からこうなる事が分かっていたらしく、無知をさらけ出した敵に侮蔑する眼差しを向けた。


「メデューサよ……俺を必中で石化させるためには、貴様の魔力が今の一万倍は必要になるのだ」


 両者の実力差に圧倒的な開きがあり、それが埋まらない限り呪いを発動させられない事を教える。


(いいい、一万倍だとぉ!? アザトホース様ですら、そこまであるかどうか分からんぞッ! それが事実だとするなら、魔王ザガート……なんて恐ろしい力の持ち主だッ!!)


 魔王の言葉を聞いて、ケセフが恐怖で体を震え上がらせた。相手の底知れぬ力の強大さに心底ゾッとさせられた。彼が嘘を言っているように思えないから尚更なおさらだ。


「キィイイーーーーーーッ! ソンナハズハ無イッ! ソンナハズ無インダヨッ! アタシハ、アンタノ言ウ事ナンテ、絶対信ジナインダカラネッ! コレハ、タダノマグレダッ! 何カノ間違イナンダヨッ! チクショウ!!」


 ケセフとは対照的に、メデューサが耳ざわりな金切り声で叫ぶ。残酷な事実を突き付けられてもかたくなに受け入れようとせず、ヒステリックにわめき散らす。口から大量のつばが飛ぶ。

 現実から目をらす事で、まだ自分に勝機が残っていると思い込む。


「一発カナカッタカラッテ、良イ気ニナルンジャナイヨッ! 効カナイナラ、効クマデ何度ダッテ掛ケテヤルッ! 喰ライナッ! 石化呪縛ストーン・カーズッ!!」


 なかばヤケクソ気味になりながら、石化の魔法を唱える。老婆の指先から紫に輝く光線が放たれて、魔王へと進んでいく。


なんじより放たれし力、じゅとなりて汝へとかえらん……魔法反射スペル・バウンドッ!!」


 ザガートが両手でいんを結んで魔法の言葉を唱える。術の効果が発動すると、男の正面に半透明に青く光るカーテンのようなバリアが出現する。

 紫の光線はバリアに触れると飛んできた方向へとそのまま跳ね返されて、術者である老婆へと命中する。


「ギャアアアアアアッ! ソンナ……馬鹿……ナ……」


 石化の呪いを反射されたメデューサが大きな悲鳴を上げる。体が下半身からビキビキと音を立てて石になっていき、十秒とたないうちに物言わぬ石像と化す。自力で石化を解除する気配はじんも無く、口惜しげな表情を浮かべたまま沈黙する。


「自分が石にされるのはどんな気分だ? ……と言っても、もう聞こえはしないのだろうが」


 ゴロンと落下して地面に転がったメデューサの像を、ザガートが足で踏み付ける。その醜悪さに相応しい末路を迎えた老婆を心から見下す。


「……うっ! はぁはぁ」


 老婆が石にされた事により術が解けたのか、レジーナが元の姿に戻る。水面から顔を出したように激しく息をすると、状況を確かめようとキョロキョロ周囲を見回す。


「王女様っ!」

あねさぁぁぁああああんっ! 元に戻れて良かったッスよぉぉぉおおおっ!!」


 ルシルとなずみが名を呼びながら王女に抱き着く。仲間の石化が解けた事に深く感激の涙を流しながらベタベタ寄りう。王女は一瞬二人の反応に戸惑ったものの、彼女達の心情を察してこころよく受け入れた。


(良かったな……三人とも)


 ザガートはそんな彼女達を遠くから眺めながら、愛する娘を見守る父親のように穏やかな笑みを浮かべた。


「ひぃぃぃぃ! メデューサが……メデューサがやられたぁっ!!」


 奥の手が倒された事にケセフが深くうろたえる。声は裏返り、鼻水がだだ漏れて、親にしかられた子供のような泣きべそをく。足腰がガタガタ震えて地べたに尻餅しりもちをつく。

 手札を全て失って戦意を喪失し、慌ててその場から走り去ろうとした。


「逃がさんッ!!」


 ザガートがメデューサの像を軽々と両手で持ち上げて、ヒョイッと投げる。像はゴォォーーッと風を切る音を鳴らしながら、ケセフの頭上めがけて飛んでいく。


「グエッ!」


 小男は飛んできた像を避け切れず、下敷きになって動けなくなる。足で踏まれたカエルのような声が口から出る。必死にその場から抜け出そうと手足をバタつかせたものの、像はかなりの重量らしく微動だにしない。やがて抵抗を諦めたようにグッタリして大人しくなる。


 像に押しつぶされたまま動かないケセフの元へズカズカと歩いていくザガートだったが……。


「……何ッ!?」


 目の前に立った瞬間、驚くべき光景を見る。

 ケセフの体がまばゆい光を放ったと思ったら、全く別の魔物へと姿が変わっていくではないか。

 それはゴブリンを全裸にして背中にコウモリの羽を生やし、耳を大きくしたような醜悪な小悪魔だった。肌は暗めの紫色に染まり、舌が蛇のように長い。


「ケケケッ……俺様ハ、グレムリン……タダノ小悪党サ。本物ノケセフ様デハナイ。ケセフ様ニ命ジラレルガママ、アノオ方ノ振リヲシテ、村ヲ襲ッタダケダ……」


 小悪魔が自らの正体を明かす。ケセフの命令通りに動いただけの下っ端に過ぎない事を教える。


(しまった……まんまと一杯喰わされたッ! 魔族が人間に化けた事までは見抜けても、魔族が別の魔族に化けるなどとは予想も付かなかった! かつにもほどがあるッ!!)


 ザガートが敵の変装を見抜けなかった自分の失態を嘆く。右手で顔を覆って困り果てた表情を浮かべながら、ガクッとひざを曲げてうなだれた。心底してやられたという気持ちになり、自らの浅はかさを深く呪う。


「俺ノ使命ハ、オ前達ノ注意ヲ引キ付ケル事……オ前達ノ討伐ニ成功シヨウガ、シマイガ関係ナイ。今頃トックニ本物ノケセフ様ガ本隊ヲヒキイテ、ヒルデブルク城ヲ襲撃シテイル頃ダロウ」


 自分がおとりに過ぎない事、すでに別働隊が城に向かっている事実をグレムリンが口にする。えて教える辺りからは、もう間に合わないだろうという余裕が浮かぶ。


「オ前達ガ、ココデチンタラ遊ンデイル間ニ、城ハ我ラノモノダ。ゲハハハハハハッ……ガハァッ!!」


 一行を小馬鹿にしてあざ笑うと、血を吐いて力尽きたように息絶えた。


「何という事だ……一刻も早く城に戻らなければッ!!」


 敵の計画を知らされて、ザガートがにわかに焦りだす。

 何としても魔族に城を落とさせる訳には行かない……そう決意を胸に抱くのだった。

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