第32話 メデューサの呪い
ゴブリンの群れはなずみ達によって一掃され、ギルザードという名のイリエワニもザガートに一撃で倒される。
村まで引き連れた部下を全滅させられたケセフだったが、物怖じする様子は無い。指をパチンと鳴らすと、彼の頭上に奇怪な悪魔が姿を現す。
「アタシハ メデューサ……ケセフ様ノ忠実ナル配下ダヨ。ヒエッヒェッヒェッヒェッ!!」
その醜悪な魔女のような老婆こそ、ケセフが魔王を倒すために用意した切り札に他ならない。
「誰モ、アタシノ術カラハ逃レラレナイ……アンタ達全員、石ニオナリ! 石化呪縛ッ!!」
呪文らしき言葉を発すると、老婆の指先から紫に輝く光線のようなものが放たれて、魔王めがけて飛んでいく。
ザガートは反射的に身構えたが、光線は彼を避けるようにグニャリと軌道を変えて、彼の背後にいるルシルとなずみへと一直線に向かう。
「くっ!」
ルシルは咄嗟に防御の魔法を唱えようとしたが、とても間に合いそうにない。魔法が発動するより光線が届くタイミングの方が明らかに早かった。
「危ないッ!!」
レジーナが大声で叫びながら慌てて飛び出す。両腕を左右いっぱいに広げたポーズで二人の前に立ち、自ら盾となって仲間を守ろうとした。
光線が触れると王女の体がビキビキと音を立てて足の先から石になっていき、瞬く間に腰まで石化する。
「王女様っ!」
「姐さんっ!」
ルシルとなずみが、すぐさま王女の元へと駆け寄る。自分達を庇って敵の呪いを受けた仲間の事が心配で、居ても立ってもいられない。
「ルシル……なずみ……二人が無事で……良かっ……た……」
自分を悲しそうな目で見る二人を元気付けようと、レジーナが優しく微笑みかけた。胸の内に湧き上がった恐怖心を一切表に出さず、頭のてっぺんまで石になり、そのまま動かなくなる。
……完全に石へと変えられた王女の表情は、仲間を守れた満足感に溢れていた。
「王女様……」
「姐さん……うっうっ」
ルシルとなずみが王女の像にすがり付いたまま悲嘆に暮れる。目から大粒の涙がボロボロと溢れ出し、声に出してすすり泣く。
仲間に余計な心配させまいと気丈に振る舞う王女の気遣いに感激する思いと、他人に守られてばかりいる自分を情けなく感じる苛立ちとが複雑に入り混じって、何とも言えない気持ちになる。私はなんて不甲斐ないんだ、と自分を責める感情で胸が張り裂けそうになる。
「ヒヒヒッ……ヒエッヒェッヒェッヒェッ! 仲間ヲ守ッテ自分ガ石ニナルトハ、ツクヅク馬鹿ナ女ダヨッ! ドウセミンナ石ニナルンダカラ、何ノ意味モ無イッテ言ウノニネ!! ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッ!!」
無力感に苛まれて泣き続ける二人を、メデューサが腹の底から愉快そうに笑う。王女の自己犠牲を馬鹿げた愚行だと嘲笑い、少女達の心に更なる追い打ちを掛けて、失意の奈落へと突き落とそうともくろむ。
「……不愉快だな」
ザガートが小声でボソッと呟く。
感情を押し殺して放たれた言葉は、しかしながら低音でドスが利いており、憤激を抱いている事が傍から見ても分かる。
「俺を狙うなら、まだ良い……どんな攻撃だって受けてやるし、恨み言も吐くまい。だが直接俺を狙うのでなく、俺の仲間に手を出すやり口、決して許せるものではない……」
淡々とした口調で、敵の卑劣さに対する怒りを滲ませた。
彼からすれば、メデューサのやった事は何の戦略的価値も無い、ただの嫌がらせに過ぎない。弱い者を真っ先に狙うのは戦いの定石ではあったが、必殺の一撃が通用する前提なら、一番強い者を先に仕留める方が効果的だ。
にも関わらず、この悪魔のように醜悪な老婆は、ザガートを不快な気分にさせる為に、たったそれだけのために彼の大切な仲間を狙った。その陰湿なやり方に、大事に育てた花を踏み躙られた気がして、男は心底胸糞が悪くなる。
「メデューサ……俺の仲間を傷付けた罪、貴様の命で贖ってもらうッ!!」
悪事を行った代償として、敵の命を全力で奪う事を宣言するのだった。




