第31話 ケセフの切り札
「ギギギッ……!!」
瞬く間に六匹の仲間が殺された事に、ゴブリンの群れが浮き足立つ。ゆっくり前進した足を止めて、表情に怯えの色が浮かぶ。予想以上の強さを見せ付けた相手に、こんなはずじゃ無かったという気持ちになる。
恐怖に心を支配されて逃げたい衝動に駆られた彼らであったが、後ろを振り返るとワニが大きく口を開けて待ち伏せる。ギロリと鋭い眼光で威嚇するように彼らを睨む。逃げられんぞ……そう言いたげなのが表情だけで伝わる。
「ギッ……ギギギギギィィィイイイイイーーーーーーッ!」
戦って勝つ以外に生き延びる方法が無いと悟り、小鬼の群れが大声で叫びながら一斉に駆け出す。ワニに食い殺されるくらいなら敵と戦って死んだ方がマシだと半ばヤケを起こす。
「行くッスよ、姐さん!」
「ああ、私達の力を見せ付けてやる!」
なずみとレジーナも負けじと敵に向かって走り出す。それぞれ手にした短刀と剣を振り回して、目の前の敵を豆腐のようにズバズバ斬っていく。ゴブリン達は二人の隙を狙おうとしたが、絶好のタイミングで襲いかかった瞬間二人の後方から火炎光矢が飛んできて彼らを焼き払う。ルシルが離れた場所から仲間を援護する。
三人の息の合った連携は敵に付け入る隙を与えない。やがて数分と経たない内にゴブリンは一匹残らず倒された。
「お行きなさい、ギルザードッ! あの生意気な小娘どもを咬み殺すのです!!」
「グアアアアアアッ!」
ケセフが少女達を指差して命じると、男からギルザードという名で呼ばれたイリエワニが、大きく口を開けてドスンドスンと地面を揺らしながら歩き出す。その巨体からは想像も付かないほど俊敏な動きで前へと進んでいく。
(……さすがにコイツは三人の手には負えないか)
少女達が敵う相手ではないと瞬時に悟り、ザガートがワニの前に立ちはだかる。敵に右手の人差し指を向けて魔法の詠唱を行う。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれッ! 火炎光弾ッ!!」
魔法名を口にすると、男の指先からメラメラと燃え盛る火球が放たれた。
火球は敵に触れると火が点いたダイナマイトのように爆発して、一瞬にして魔獣の体が地獄の炎で焼かれる。
「グギャアアアアアアアアッ!」
太陽の中心温度に匹敵する超高熱に全身を燃やされたワニが、悲鳴を上げてのたうち回る。痛みから逃れるようにジタバタと激しく暴れたが、十秒と経たないうちに黒焦げの焼死体になる。その死体も完全に炭化しており、カサカサに乾燥した黒い灰のようになって、風に流されてボロボロと散っていく。
「さて……ケセフよ。貴様の部下は全滅したぞ。いい加減素直に負けを認めたらどうだ? それともまだ何か手札を隠しているのか」
敵を仕留めたザガートが道化師の方を振り返りながら言う。敵に手の内を曝け出させようと、敢えて挑発的な物言いをする。
「フフフッ……言ったはずですよ。貴方を殺すための手札はちゃんと用意してあると……」
ケセフが意味ありげに薄ら笑いを浮かべる。部下を全滅させられても物怖じしない。やはりワニとは別の駒を用意してあったようだ。
「私の取って置きを見せてあげましょう……おいでなさい、我が僕よッ!!」
合図を送るように指をパチンッと鳴らすと、彼の頭上にある空間に、黒く淀んだ雲がモクモクと集まっていき、一つの大きなガス状の塊になる。そこからヌゥッと何かが飛び出してきた。
それは二メートルを超す背丈の、ガリガリに痩せ細った老婆だった。肌は苔のように薄汚れた緑色をしており、ボロボロの白い衣服を纏う。手には鋭い爪を生やし、髪の毛一本一本が小さい蛇になっていて、生きているようにウネウネ動く。老いた魔女のような鷲鼻と、眼球のない黒い瞼で「ヒヒヒ」と不気味に笑う。
幽霊のように足が無く、背筋を曲げてグワッと開いた両手を正面に突き出したポーズのまま、フワフワと宙に浮く。
「アタシハ メデューサ……ケセフ様ノ忠実ナル配下ダヨ。ヒエッヒェッヒェッヒェッ!!」
西洋の童話に出てくる悪しき魔女のようなしゃがれた声で、笑いながら自己紹介するのだった。




