第124.99話 そして魔王一行は次の目的地を目指す
ガストを倒した日の晩、村長の屋敷で盛大な宴会が催された。
村の住人全員が屋敷へと集まり、極上の料理が次々に運ばれる。皆が酒を飲み、肉をかっ食らって、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎに興じる。ある者は歌を唄い、ある者はダンスを踊り、またある者は魔王一行と雑談に花を咲かせる。誰もがルミエラが生還した事を心から喜ぶ。
宴が終わると魔王一行は宿屋へと戻り、サトルとルミエラは自宅に帰る。他の者達も解散して、それぞれ自分の家へと帰っていく。
サトルは母親を取り戻せた喜びからうんと甘えて、ルミエラもそれを受け入れる。事件前からは想像も付かなかったほど親子の愛が深まる。
その晩、『あの日食べ損ねたカレー』をルミエラが作り直すと、サトルは綺麗に残さず食べるのだった。
◇ ◇ ◇
――――翌日。
まだ太陽が昇り始めたばかりで、外の景色が明るくなっていない時間帯。
村をぐるりと覆う柵……その唯一の出口に魔王一行が立つ。彼らの旅立ちを見送ろうと、百人を超える村人がいる。その先頭には村長バロノーア、そしてサトルとルミエラの姿があった。
「貴方がたには本当にお世話になりました……このご恩は一生忘れません」
一行の先頭に立つ魔王に、ルミエラが深々と頭を下げる。もし彼が助けなければ息子と再会を果たせなかった思いがあり、その事に感謝してもしきれない。
「……俺はただ自分のやりたいようにやっただけだ」
ザガートが恩義を感じる必要は無い旨を告げる。あくまで自分の意思でやった事を強調して、彼女の心理的負担を和らげようとした。
「お兄ちゃん、母さんを助けてくれてありがとう!」
サトルが元気そうな笑顔で感謝の気持ちを伝える。声はハキハキして、表情は喜びに満ちている。母親を取り戻せた事がとても嬉しそうだ。
「サトル……もうお母さんを困らせないで、親子仲良く暮らすんだぞ。お兄ちゃんと約束だ」
ザガートが穏やかな笑みを浮かべながら少年の頭を優しく撫でる。もう二度と同じ過ちを繰り返さず、いつまでも親子の絆を持ち続けるよう忠告する。
「うんっ!」
サトルがとても大きな返事をして頷く。魔王と指切りげんまんをして、約束を破らないと強く誓う。
別れの挨拶を済ませると、一行は次なる目的地を目指して歩き出す。村を救った達成感に胸を躍らせたようにズカズカと大手を振って歩いていく。
村人達は村から去ってゆく彼らの背中を名残惜しそうに見送る。ある者は大きな声援を送り、ある者は笑顔で手を振る。
魔王一行は途中何度も後ろを振り返っては、そんな住人達の姿を目に焼き付ける。彼らと過ごした思い出の時間を決して忘れる事は無いだろうと心に誓いながら。
「お兄ちゃん、元気でねーーー! いつか絶対村に遊びにおいでよ! 約束だよっ! 待ってるからーーー!!」
サトルが村中に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。救世主に再び村を訪れてもらいたい気持ちを力いっぱいの言葉で表して、何度も手を振る。
魔王は後ろを振り返りサトルの方を見ると、笑顔で手を振り返す。再び前を向いて、目的地を目指して歩き出す。
「魔王の姿をした勇者……噂通りのお方じゃった」
村長は去りゆく男の姿を見届けて、満足そうに頷くのだった。
◇ ◇ ◇
村を発ってから一時間が経過……もうすっかり村の姿が見えなくなった頃。
一行は次なる宝玉の在り処を目指してただひたすらに歩く。一言も言葉を交わさず、黙々と歩き続ける。
その状態が更に数分ほど続いた後……。
「あーーあ……それにしても、本当に何も得られはせぬ戦いじゃったのう。せめて袋いっぱいに詰めた金貨だけでも貰うておくべきでは無かったか」
鬼姫が唐突に歩きながら不満を漏らす。魔物を倒しても宝玉を得られず、かと言って素晴らしい褒美をもらえた訳でも無かった事に、何やら損をした気持ちになる。
村人からの報酬の提示を辞退して、一晩の宿代で済ませた魔王の無欲さにも不満があるようだ。
「そうむくれるな……今度ブレードベアに遭遇したら、その時は新鮮な熊の肉をご馳走してやる」
報酬への未練タラタラな女の態度に耐え切れず、ザガートが口を開く。少しでも彼女の不満を和らげようと、その場凌ぎの約束をする。
「やったのじゃーーー!!」
新鮮な熊の肉を食べられると聞いて鬼姫が大喜びする。それまであった不満は一瞬で吹き飛び、満面の笑みを浮かべて鼻歌を唄いながら嬉しそうにスキップする。完全にねだったオモチャを買ってもらえた子供の取る態度だ。
(最も……もし今後ヤツに出会わなかったとしても、その時は何か別の美味い料理をご馳走すれば、鬼姫も納得するだろう)
子供のように大はしゃぎする女を眺めながら、魔王は約束が果たされない可能性を胸に抱く。もしブレードベアが天然の野生動物でなく大魔王が生み出した魔法生物なのだとしたら、あの単一の個体しか存在しないという事もあり得たからだ。
……魔王のそんな心情など露とも知らず、鬼姫はウキウキ気分でスキップしながら次の目的地へと向かうのだった。




