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第124.8話 お前を殺す理由

「ゲヘナの火に焼かれて、消しずみとなれッ! 火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 ザガートは間髪入れずガストに手のひらを向けて魔法の言葉を唱える。

 男の右手に炎が集まっていって圧縮されてなしくらいの大きさの火球が生まれると、正面にいる敵めがけて一直線に撃ち出された。


 煌々(こうこう)と燃えさかる灼熱の業火が触れようとした瞬間、亀が自分の甲羅に頭を引っ込めたかのように、ガストが鏡の中にサッと身を引っ込める。ガストが隠れた鏡に火球が直撃してバリーーーンッ! と音を立てて割れたものの、悪魔を倒した手応えが全く無い。


「なにっ!」


 攻撃魔法をいともたやすくかわされた事にザガートが一瞬たじろぐ。大した事ない悪魔だと思っただけにラクに倒せるだろうとタカをくくっていたが、それが裏切られた形となる。


「クククッ……バカめ。俺は鏡のある場所なら、何処だろうと隠れられる」


 ザガートをあざ笑う声が、迷宮全体に響き渡るエコーのように発せられた。声は特定の何処かから発せられたものではなく、音の発生源から敵の位置を割り出すのは困難だ。


「はらわたをブチけて死ぬがいい! 死光線デス・ビームッ!!」


 ガストの声が攻撃魔法を詠唱すると、無数ある鏡のうち一つが不気味な紫色に輝いて、魔力を圧縮した光線のようなものがザガートに向けて放たれた。

 魔王は自身めがけて発射された光線をサッと横に動いてかわす。空気を圧縮した気弾のようなものを手のひらに生成すると、無詠唱のまま鏡に向けて発射する。気弾が直撃すると鏡は音を立てて粉々に砕けたが、悪魔を仕留めた実感は無い。


死光線デス・ビームッ! 死光線ッ! 死光線ッ!」


 悪魔が早口で叫んで、異なる場所にある三つの鏡からレーザーがピュン、ピュピュンと立て続けに発射される。

 魔王はそれをダンスを踊るような動きで華麗にかわす。右手のひらに圧縮した気弾を鏡に向かって連続発射して、光線を撃ってきた鏡を正確に撃ち抜く。三つの鏡が壊されたが、やはり悪魔を倒した実感は湧かない。

 それどころか一度割れた鏡も、時間がつとビデオを逆再生したように修復されていって、割れる前の状態へと戻る。


「フフフ……ハァーーーッハッハッハァッ! ザガートぉっ! お前には俺の居場所を見つけられまい!! だが俺はこの迷宮内なら、何処だろうと好きな場所からお前を攻撃できる!! じわじわとなぶり殺しにされて、恐怖と絶望を味わいながら死んでいくがいい!!」


 自身の勝利を確信したガストがあごが外れんばかりに高笑いする。これまでの流れから相手には自分を殺す手段が無いと確信して、敵を一方的になぶり殺しに出来る喜びに胸をおどらせた。


「……ほう」


 ガストの言葉を聞いてザガートがニタァッと口元をゆがませた。邪悪な悪魔のような笑みを浮かべて「クククッ」と声に出す。

 敵に追い詰められた焦りのようなものは感じられない。それどころか良からぬたくらみを抱いたように笑ってすらいる。相手の能力に何らかの対抗手段がある事は明白だ。


 魔王は目を閉じて眉間みけんしわを寄せた真剣な顔付きになると、右手の人差し指をひたいに当てたまま数秒間黙り込む。その状態のまま意識を集中させたが……。


(……見つけたぞ!!)


 やがて目をグワッと見開くと、すぐさま無数ある鏡のうち一つの前まで猛ダッシュしていって、鏡に向かって貫手のようなものを放つ。魔王の手が触れても鏡は粉々に割れたりせず、手は泥の沼に突っ込んだようにズブズブと鏡の中へと入っていく。

 鏡の中で何かが指に触れた感触が得られると、魔王はそれをワシづかみにして、間髪入れず外の空間へとグイッと引っ張っていく。


「ゲェーーーーッ!!」


 ザガートに頭を強くつかまれたガストが、悲鳴を上げながら鏡の外へと引きずり出された。

 ガストは手足をジタバタさせて暴れようとしたが、それでどうにかなるはずもなく、指で押さえ付けられた昆虫のようにもがくしかない。もはやこの悪魔が生きるか死ぬかの選択は、一人の男の判断にゆだねられる形となった。


「鏡の中に逃げ込めば俺の目をあざむけると思ったか? バカめ……俺の魔力をもってすれば、敵の居場所を突き止めるのなんて朝飯前だ」


 ザガートが自身の手に掴まれたまま暴れようとするガストを心底あざける。完全に優位な立場にあると思い上がった敵に、それがあやまりなのだという残酷な現実を突き付けた。


「さて、どうする? ガストよ。いくら鏡の中に逃げ込めるお前でも、こうして掴んでしまえば身動きが取れなくなる訳だが……」


 邪悪な笑みを浮かべながらいやったらしく問いかける。

 魔王の指で掴まれたガストの頭がブスブスとかすかに燃えている。そこからげ臭いニオイとともに白煙を立ちのぼらせた。魔王が指先から魔力を送り込んで、悪魔の頭を火炎光弾ファイヤー・ボルトで焼き尽くそうとしているのだ。


「ま、待てザガートっ! 待ってくれ! ここは落ち着いて、世界平和について話し合おうじゃないか!!」


 自身の勝ち目の無さを悟ってガストが慌てて命いする。ことここにいたってようやく力の差を思い知らされた形となり、その場しのぎの言い訳をしてこの重大な局面を切り抜けようとする。


「お前は宝玉を集めて旅をしているんだろう? だが俺は宝玉なんか持っちゃいない! 俺を殺した所で得られるものなんか何も無いんだ!! ザガートっ! おおおお前は、理由も無く魔族を殺そうとするのか!?」


 魔王の旅の目的を指摘して、自分を殺す事には何の意味も無いとく。相手を打算的に動く性分しょうぶんだと考えて、殺生せっしょうの無意味さを説けば見逃してもらえるだろうと、そう考えた。


「……理由ならある」


 ザガートが感情を押し殺した小声でボソッとつぶやく。あえて表情には出ないように抑えていたが、それでも発せられた言葉は明らかに怒気をふくんでいた。


「お前のやった事が気に入らない……俺が貴様を殺す理由など、それだけで十分だ!!」


 すぐさまカッと目を見開いて死刑の宣告をくだすと、手かられんの炎を発生させて、手に握っていた影の悪魔を灼熱の業火で焼き尽くす。


「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 またたく間に全身を炎に包まれたガストが、天にも届かんばかりの絶叫を発する。太陽の中心温度に匹敵する業火に体を焼かれる痛みに悲鳴を上げてもがき苦しんだが、何の助かるすべもなく体が焼け焦げて炭化していく。


「ク……クソ……コンナトコロ……デ……」


 無念そうに言葉を吐くとガクッと事切れて息絶えた。彼を焼いた炎が鎮火すると体がサァーーーッと砂のように崩れ落ちていって、物言わぬ灰の山となる。

 魔王に全身を焼かれてゴミのように息絶える……それが人の心を食らいし者の末路となった。


(フン……あれだけの事をやらかしておいて、生き延びられると思ったのか? だとしたら思い違いもはなはだしい……)


 ガストの死にざまを見届けながらザガートが小馬鹿にするように鼻息を吹かす。追い詰められて命乞いをした敵の往生おうじょうぎわの悪さを心底見下す。


「ガスト……あの世で貴様自身の絶望でも食らっているがいい!!」

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