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第124.6話 人の心を食らいし者

 鏡の迷宮に飛び込んだザガートとサトル……ガラスの球体に閉じ込められたサトルの母ルミエラを見つける。ルミエラは目を閉じたまま眠っており、一向に目を覚まさない。

 サトルが球体の中にいる母に呼びかけた時、少年の行為を無駄とあざ笑う声が迷宮内に響き渡る。ザガートが声の主に向かって怒鳴ると、鏡の中から一体の悪魔が姿を現す。


 影の形をした悪霊のような物体……それこそがルミエラを鏡の世界へと引きずり込んだ張本人『ガスト』に他ならない。


「何の魔力も持たない女性をこんな所に閉じ込めておくとは、一体何が狙いだ?」


 ザガートが、ルミエラをさらった真意を問いただす。

 彼女が生きていた事は魔王達にとってはさいわいだが、だからこそ余計に敵の意図が読み取れない。直接手を出さず眠らせたまま放置したのでは、単なる嫌がらせにしか見えない。

 敵が何を目的としてそうしたのかが分からず、じかに聞いて確かめずにいられない。


「クククッ……俺は人間の悪意が具現化した悪魔。その俺にとっては、ヒトから生まれた絶望の感情こそ極上のえさとなる……」


 魔王の問いにガストが笑いながら答える。自分が人間の悪意から生まれた存在である事、だからこそ人間の絶望を生命活動の源としていた事……それらの情報を包み隠さず教える。


「この女は絶望したんだよ……息子に嫌われた事にな。俺は彼女を魔法で眠らせて、結界の中に閉じ込めてやった。彼女はこの先死ぬまで眠ったまま絶望し続ける……俺はこの女から湧き出る絶望を食らい続ける。俺にとってこの女は、いわば便利なエサ係という訳さ……」


 ルミエラが深い絶望にとらわれた事、その彼女を鏡の世界に閉じ込めて、死ぬまで絶望をしぼり取ろうと思い立った事……それらの考えを伝えて、ザガートの質問への答えとした。


「母さんはお前のエサなんかじゃない! 僕の母さんを返せ!!」


 サトルが自分の母親をエサ呼ばわりされた事に激高する。大切な家族を馬鹿にされて許せない気持ちになり、感情のおもむくまま化け物に向かって走っていく。


「やかましい! 大人しくしてろ、このクソガキが!!」


 ガストが目をグワッと見開いて少年を一喝いっかつする。それまでの余裕ぶった態度から一変したチンピラのような口調になると、相手を口汚くののしりながら右手による強烈なビンタを見舞う。バチィィーーーン! と肉を叩いたとても良い音が鳴り、少年のほほがブルルッと高速で震えた。


「うぁぁぁあああああっ!!」


 全力で頬をぶっ叩かれたサトルが悲鳴を上げながら豪快に吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がると、最後はうつ伏せに倒れたまま起き上がらない。

 ザガートが慌てて駆け寄り少年を助け起こすと、サトルの頬は焼いたもちのようにれ上がっていたが、特に深手を負った様子は無い。それでも念のために回復の呪文を掛けておく。


「クソガキめが……忘れたのか? これはお前が望んだ結果なのだぞ!! 母親なんかいなくなればいい……お前は確かにそう言った。俺はそれを聞いたから、お前の望みをかなえてやった。そうだ……これらは全て、お前のかるはずみな言動が招いた結果なのだ!!」


 ガストが少年の犯した罪を糾弾きゅうだんする。彼が母親を否定する発言をした事が事件の始まりだ、自分はそれに乗っかっただけに過ぎないと、事件を起こした責任を相手になすり付ける。


「分かったら母親の事など諦めて、とっととウチに帰ってクソでもして寝るんだなぁっ! ハァーーーッハッハッハァッ!!」


 最後は母親の救出を諦めるよう忠告して、迷宮内に響かんばかりの大声で高笑いした。


「うっうっ……」


 サトルが地面に両手をついて四つんいになりながら泣く。両肩をわなわなと震わせて、えつを漏らしながら小声ですすり泣く。瞳から大粒の涙をボロボロとあふれさせて赤子のように泣き続ける。

 彼なりに母親を傷付けた責任を感じたのか、ガストのぶんに一言も反論しない。ただ良心の呵責かしゃくさいなまれて泣くだけだ。


 としも行かない子供が自分を責めて泣く姿は何ともあわれだ。見る者に哀愁あいしゅうを抱かせずにいられない。


「………」


 ザガートの表情がみるみる怒りに染まる。感情を抑えているふうではあっても、その瞳は影の悪魔に対するふんでメラメラ燃えている。これまで両者のやりとりを黙って聞いていた彼であったが、内心では少年を追い詰めたガストを許せない気持ちでいっぱいだった。


 魔王の中に少年を責める気持ちなど一片いっぺんたりともりはしない。たとえ少年が母親をいらないと言ったとしても、それは一時いっときの感情から出た言葉で、本気でそう思った訳ではない事をこれまでの言動から読み取ったからだ。

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