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第124.3話 ミディアン村

 道中で襲ってきた熊を返り討ちにした一行は次なる目的地を目指して進み続ける。大きな森を抜けると開けた平原へと行き当たり、そこを進んでいく。


 何も無い平原を一時間ほど歩き続けると、一つの村が見えてきた。見た目の規模から考えると人口は数百人ほどいるように思われ、限界集落と呼ぶほどではない。


「地図に書かれた宝玉がある場所まではまだ数日は掛かりそうじゃ。今夜は野宿せず、あの村に泊まっていこうではないか」


 鬼姫が村を指差しながら今後の方針について意見を述べた。

 彼女の意見に反対する者はおらず、皆が同意してうなずく。

 考えがまとまると一行は村を目指して歩いていく。


 村をおおう木造のさく、その唯一の入口に辿たどり着いた一行だったが、誰も彼らを出迎えようとはしない。それどころか魔物の侵入を見張る衛兵が一人も立っておらず、村の入口周辺に全く人の気配が感じられない。


「妙じゃな……この村の住人は全員、何処かへ姿を消してしまったのか?」


 シーーンと静まり返る村を眺めながら鬼姫が首をかしげた。魔物に滅ぼされた形跡が無いのに人の気配が全くしない光景に違和感を覚えずにはいられない。


「あっ、見て下さいッス! あそこに人がたくさん集まってるッス!!」


 なずみがはるか遠くを指差しながら大きな声で皆に伝える。

 彼女が指差した方角……村の中央に村人が集まるための広場があり、そこに無数の人だかりが出来ていた。彼らは何やらざわついており、一見して只事ただごとではない様子が伝わる。

 村の入口周辺に人の気配が無かったのは、住人全員が中央の広場に集まっていたからというのが真相のようだ。


 いずれにせよこのままでは情報収集もままならないため、一行は黒山の人だかりへと近付いていく。


「これは一体何の騒ぎだ?」


 五人の先頭にいたザガートが一人の老人に声をかけた。


「ああっ! 貴方様はもしや、ゼタニアの町を救ったというウワサの救世主様では!? もしそうなら、ミディアン村へようこそおいで下さいました! 私はこの村の村長を任されている、バロノーアと言う者です!!」


 魔王に話しかけられた老人が恐縮しながら頭を下げる。頭にツノを生やした男を一目で噂の救世主だと見抜いて、挨拶あいさつついでに自らの素性を明かす。


「村を訪れた皆様をお迎えする準備が出来ておらず、このような形での挨拶となった事をどうかお許し下さい……今我々は大きな問題を抱えていて、外から人が来たかどうか確かめている余裕が無かったのです」


 バロノーアと名乗った老人が申し訳なさそうに肩をちぢこませる。自分達が今危機的状況に置かれている事、それゆえに来訪者を出迎える余裕が残されていなかった事……それらの事実を述べて、魔王一行を出迎えられなかった事を深く謝罪する。


「何があったのか話してみろ」


 村を襲った災難について魔王が詳細を問いただす。


 魔王の問いに村長はコクンとうなずくと、他の村人にサッと手を振って合図を送る。

 しばらくすると人だかりの中心にいたらしき一人の少年が魔王達の元へと連れて来られた。


「この子は?」


 ルシルが少年の素性を聞く。


「この子はサトルと言います。以前は両親と三人で暮らしていたのですが、不幸にも父親が魔物に襲われて命を落としました。それからは母と子、二人で暮らしていたのですが……数日前、彼の母ルミエラまでもが突然行方ゆくえをくらましたのです!!」


 村長が少年の素性について語りだす。少年の父親が魔物の餌食えじきになった事、それに続いて今度は母親が姿を消した事……それらの事実をもんに満ちた表情で伝える。


「この子の証言が正しければ、ルミエラは窓も戸も開けずに煙のようにいなくなったとの事……しかも彼女が消える直前、何者かがサトルに彼女をさらうと予告したそうです。我々はそれを聞いて、ルミエラを連れ去ったのは悪魔の仕業に違いないと考えました。以前にも似たような事件があったと、村の古き言い伝えにあったからです」


 母親がいなくなった経緯いきさつについてサトルが語った事、かつて同じような状況が村であった事、それらを判断材料として悪魔の仕業だと結論付けた事を述べる。


「我々は彼女が何処かに捕まっているかもしれないと思い、八方はっぽう手を尽くしてさがしました。ですがいくら捜しても見つからない……すでに彼女がいなくなってから丸三日がった。もう彼女は魔物のえさになったのではないか……そう言い出す者もおり、捜索を諦める声も出始めている」


 村中総出そうでになってルミエラの行方ゆくえを捜した事、大規模な捜索を行ったにも関わらずかりが得られなかった事、日数の経過により彼女の生存を諦める声が出始めた事……それらの過酷な現状を伝える。


「私はこの子がびんでなりません……父親に加えて母親までも失ったとなれば、この子は天涯孤独の身となる。たとえ引き取り手が見つかったとしても、親を失った心の傷は一生える事は無いでしょう」


 サトルの両肩に手を乗せると、少年のすえを案じて、いたたまれない気持ちになった事を伝えて話を終わらせた。


「………」


 村長の話が終わると、場の空気がどよーーんと重くなる。誰も一言も話さないまま苦虫を噛みつぶした表情になる。みなが重苦しい表情を浮かべて下を向いたまま両肩を震わせた。

 この村に少年の母親を見捨てようなどと言い出す者は一人もいない。皆が少年の境遇にあわれみを抱いて、何としても力になってやりたい思いを抱く。にも関わらず八方はっぽう手を尽くしても母親が見つからず、少年の力になれない無力感が彼らの胸を強く打ちのめした。


「お母さん……うっうっ」


 ルミエラを救えない空気が場に漂って、サトルが声に出して泣き出す。瞳から大粒の涙をあふれさせて、えつを漏らして泣く。いつまでも涙が枯れる事なく泣き続ける。

 目の前で少年が泣いても、村人はなぐさめの言葉を掛けられない。母親を見つけられない自分達がどんな言葉を掛けようと気休めにもならないという思いがあった。


「どうするのじゃ、魔王よ。この件は宝玉集めとは何の関係も無いようじゃが……」


 村人達の話を聞き終えて、鬼姫が彼らに聞こえないくらいの小声で魔王にそっと耳打ちする。この事件に首を突っ込んでも得られるものが無いと前置きした上で、それでも関わるかどうかの意思確認を行う。


(宝玉集めとは何の関係も無い……か)


 鬼姫の言葉を聞いて魔王が一瞬思い悩んだ顔をする。何の報酬も得られない人助けをして良いものかと彼女が懸念を抱くのはもっともだと考えた。


(……何の成果も得られなかったとしても、目の前で泣く子供を放ってはおけまい)


 けれどもすぐに少年の力になってやるべきだと冷静に思い直す。ここで自分達には関係ないと言い捨てて立ち去れば村人の顰蹙ひんしゅくを買い、救世主の名声に傷が付く。鬼姫はまだしも、他の三人の女が嫌な顔をするのは火を見るより明らかだ。

 何より目の前で困って泣いている子供を見捨てれば、自分で自分を許せなくなる思いが彼の中にあった。


「サトルと言ったな。お前の母親がいなくなった場所まで案内しろ」


 今後の方針が決まると早速さっそく少年に事件現場までの道案内を頼む。


「えっ!? それじゃあ……」


 魔王の言葉を聞いてサトルが急にピタリと泣きむ。涙で濡れた顔をそででゴシゴシ拭いてれいにすると、顔を上げて相手の顔をじっと見ながら、母親が見つかる期待で目をらんらん輝かせた。


「ああ……お前の母親を、必ず俺が見つけ出してやる!!」

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