最終話(β) 魔王の休日
※最終話とは展開が異なる、もう一つの最終話です。
帝都から数キロ離れた場所にある山……その奥深くにある森の中。
雑草が生い茂る草むらに、ザガートが仰向けに大の字になって寝転がっていた。仲間の姿は無い。
魔王は特に何をするでもなく、目を閉じて横になったまま周囲の物音に耳を傾ける。
風が木の葉を揺らす音がカサカサと鳴り、鳥がチュンチュンとさえずり、ピーーヒョロロロロと笛のような音色を鳴らす。木と木の間から吹き抜ける風が魔王の頬を撫でて、涼しい感触を伝える。
(こうして一人で静かに眠るのも悪くないものだ……)
魔王が心の中でそう呟く。
彼は人気のない森の奥に仲間を連れずに一人で来ていた。たまに休日を設けては、都会の喧騒を離れた山奥へとやってきて昼寝をしていたのだ。それは彼にとって数少ない魂の休息だった。
山の気温は秋風のように涼しく、昼寝をするのにうってつけだ。魔王が寝ていた草むらは日陰に覆われていた為、快適な睡眠を日光に邪魔される事も無い。
(このまま日が落ちるまで休んでいるとしよう)
そう独り言ちると、魔王の意識は静かに遠のいていく――――。
「……ん?」
魔王が目を開けると、四人の女が周囲を囲むように草むらに腰を下ろしたまま、上半身を乗り出して男の寝顔を覗き込んでいる姿が視界に入る。
彼女達は男が熟睡していた間に近付いてきて、そのまま声もかけずに寝顔を見続けていたようだ。
「ようやく起きたッスね」
四人のうち一人、なずみが真っ先に口を開く。
愛する人の寝顔を見られてご満悦になったのか、妙にニコニコしている。
「なんだお前たち、来ていたのか」
ザガートが気だるそうに言いながら上半身を起こす。
来ていたなら、起こしてくれれば良かったのに……そう言いたげな心情が顔に出る。
「ああ。お前が急にいなくなったから皆で探したのだが、鬼姫が魔力の痕跡を辿ってここに行き着いた。そしたらお前が気持ちよさそうに寝ていたのでな。四人で話し合った結果、自然に目を覚ますまで起こさない事に決めたんだ」
レジーナがこれまでの経緯を説明する。四人で魔王を探しに山まで来た事、発見したら魔王が熟睡していたので、せっかくの安眠を邪魔しないと決めた事……それらの事情を事細かに話す。
「ヌッフッフッ……妾たちの気遣いに感謝するがよいぞ」
鬼姫が誇らしげなドヤ顔になりながら言う。あえて魔王を起こさない判断をした自分達の配慮に感謝しろと、音着せがましい物言いをする。
「さ、行きましょう」
ルシルはそう言うや否や、男の右腕を強引に引っ張って立ち上がらせる。
他の女達も一斉に立ち上がり、同じように魔王の腕を引っ張って何処かへ連れて行こうとする。女達が目指す方向は一緒だ。
「ちょっと待て。行くって何処へだ?」
女の唐突な提案に魔王が面食らった顔になる。行き先も告げずに「行こう」とだけ言われても到底納得の行くものではなく、詳細を問い質さずにいられない。
「何処って、そんなの決まってるじゃないですか。これからみんなでデートするんですよ。デ・エ・ト」
魔王の疑問に女が即答する。ニヤリと口元を歪ませて、悪魔のような笑みを浮かべて、メガネがキラーーンと光る。
「ででで、デートだとぉ!?」
ルシルの言葉に驚いたあまりザガートが声を上擦らせた。
彼女達とのデートが嫌だった訳ではないが、この場で切り出されるなどとは夢にも思わず、虚を突かれた気がした。
「そうじゃ、魔王よッ! うぬが皇帝になってからというもの、我らは一度も貴様とデートをしておらぬ! 日々の雑事で忙しく、たまに休暇を取ったと思えば我らをほっぽり出して森で昼寝などしておる! 我らの事を愛しているなどと口で言いながら、ハーレム男としての義務を果たしておらぬではないか!!」
鬼姫が胸の内に湧き上がる憤激を声に出してブチ撒けた。魔王の皇帝就任の後にデートしていない事実を指摘して、自分達が軽んじられたのではないかと不満を抱いた事を明かす。猛牛のように鼻息を荒くして早口でまくし立てた。
「久々に休暇を得た今日こそ、我ら四人は貴様とデートをしてやると、そう心に決めたのじゃ!!」
最後に強い決意を持ってこの場に現れた事を伝えて話を終わらせた。
「そうか……俺が至らぬばかりにお前達に辛い思いをさせたのだな。すまなかった……これからはもっと仲間の意思を汲み取る努力をしよう。その手始めに、要求通りこれからデートをしようではないか」
魔王が申し訳なさそうな顔をして平謝りする。自分の非を素直に認めて、今後彼女達に不満を抱かせないよう努力する事を固く誓う。
「それで、誰と始めにデートすれば良いんだ?」
思い直したようにキリッとした顔をすると、四人を見回しながら、誰が一番手に名乗りを上げるのかを問う。
「師匠、今から一人ずつ順番にデートする時間なんか無いッス。四人いっぺんにやるんスよ」
魔王の疑問になずみが答える。もはや個別にデートする時間など残っておらず、残り時間を有効活用するために四人と一度にやるのだと意見を述べる。
「セックスだって四人を相手にしたお前だ。デートくらい朝飯前だろう」
レジーナが、セックスとデートを同等に扱った暴論を吐く。
(四人を相手にやるのをデートだと言えるのか!? それだと、ただみんなで何処かに遊びに行くだけではないか!!)
ザガートは思わず声に出して言いかけたツッコミを、慌ててグッと飲み込む。
彼女達に正論を言っても無駄だという考えがあり、胸の内にしまっておく。こうなるのを仕方のない事だと自分に言い聞かせた。
四人は魔王の左右の腕を二人で一本ずつ捕まえて、縄を括りつけた牛のように引っ張っていって、森の外へと強引に連れ出す。森の外に出ると、今度は山の麓を目指して歩き出す。
最終的に何処へ向かうつもりなのかは分からない。彼女達すら目的地を決めていないのかもしれない。
魔王は女達に腕を引かれたまま一切抵抗しない。せっかくの休日を邪魔されても嫌がる素振りを見せず、あえて彼女達のなすがままにさせる。
自分を慕う女達に振り回されるのも悪くはない……そんな思いが湧き上がったのか、口元にフッと笑みが浮かんだ。
魔王は自分の事を幸せ者だと感じた。自分をこんなにも愛してくれる女性が四人もいるのだ。
確かに一癖も二癖もある連中が揃っている。魔王の意に沿わない行動を取る事も多々あり、悩みの種になる。
だがそうした面も含めて彼女達をいとおしいと思えた。わがままな可愛い猫のように感じた。
自分だけのモノであって欲しい、他人に渡したくないと思えた。
自分が彼女達をここまで連れて来たのだ。自分には彼女達を幸せにする責任がある……そう感じた。
確かに皇帝の仕事は激務を極める。やらなければならない仕事は多い。
だがそうであったからと言って、彼女達をぞんざいに扱っていい筈はない。
彼女達は心の支えであり、仲間であり、家族だ。彼女達の喜ぶ笑顔を見る事こそ、皇帝の生き甲斐なのだ。
ザガートがふと空を見上げると、燦々と照り付ける太陽が頭上に輝く。
太陽は五人のこれからの未来を祝福するように、彼らの行き先を明るく照らす。
魔王は自分達を見下ろす太陽を見つめながら、心の中で誓いを立てる。
(この先どんな困難が待ち受けたとしても、俺は必ずやこの四人を生涯かけて幸せにしてみせる!!)
……太陽に向かって誓いを立てると、男は女達に腕を引かれたまま山を下りていった。
――――End.




