最終話 勇者達の墓
西大陸の西の果て……海に面した場所に切り立った崖があり、その上に草原が広がる僻地があった。周囲に人の気配は無く、家も建っていない。それどころか一本の木すらも生えていない、崖と雑草しか存在しない何とも寂しげな場所だ。
草原のド真ん中に十平方メートルの石床が敷かれてあり、西洋風の墓が横に五つ並んで建てられている。中央の墓の前に石碑が置かれてあり、次の文章が刻まれていた。
異世界の勇者アランとその仲間達、ここに眠る――――。
またそれとは別に、五つの墓にそれぞれ埋葬されたと思しき者の名が刻まれている。
アラン、バルザック、クリムト、ツェデック、ザムザ……かつて魔王一行と戦い、命を落とした異世界の英雄達だ。ここは彼らの遺体を埋葬した墓所のようだ。
冷たい風がビュウビュウと吹き抜ける曇り空の下、頭に角を生やした一人の男が草原に姿を現す。
男は左手にワインが入った酒瓶を持っており、右手に軽めの荷物が入った布の袋をぶら下げる。五つの墓がある石床まで歩いていくと、布の袋からガラスのコップを五つ取り出して墓の前に並べる。瓶の蓋を開けて、中の液体をコップにドクドクと注ぐ。
「極上のブドウで作った赤ワインだ……きっと気に入ってもらえる」
男はそう口にしながら注ぎ終えると、勇者の墓の前にあぐらをかいてドガッと座る。最後に自分の前にもコップを置くと、それに残りのワインを注いでからグイッと一気に飲み干す。フーーッとリラックスしたように一息つくと、思い出に浸るように勇者達の墓をじっと眺める。
「お前達を殺した事、許してくれとは言わない……せめてこうして月命日に墓参りする事で、お前達という英雄がいた事を、俺だけは一生死ぬまで忘れないようにしたいと、そう感じている……」
頭に角を生やした男……ザガートが、墓の下で眠っている英雄達に話しかける。毎月決まった日に墓を訪れて酒をお供え物とする事が、魔王なりの彼らへの弔いの仕方なのだと教える。
「この世界の住人達は、俺の事を世界を救った英雄として讃え、後世まで語り継ぐだろう……」
空を見上げながら物思いに耽る。神を倒して人類を破滅から救った自分を、人々が救世主と崇めていつまでももてはやすだろうと独り言を語る。
男の瞳は何処か遠くの空を見ているようで、表情は儚げだ。とても自分が讃えられる事を喜んだ者のする顔ではない。
「だが……自分達の世界を救う為に命を賭して戦い、死んでいった彼らもまた、紛れもなく讃えられるべき英雄だ……!!」
一転して眉間に皺を寄せた真剣な顔付きになると、再度勇者達の墓を見ながら、彼らもまた自身と同等の称賛を得られるべき英雄だったのだと、神妙な面持ちで語る。
二度も激しく敵対した。一度目の戦いでは命までも奪われた。
だが彼らに対する憎悪やわだかまりなど一辺も無く、ただ彼らという良きライバルがいた事、彼らが神の計画の犠牲になった事……それらの事実があっただけだ。
世界を救う勇者であった彼らを手にかけた事は、魔王の心に一生消えない傷となって残る。何より彼自身、その事に負い目を感じ続ける事こそ死者への手向けになるとさえ考えた。
「やはりここにおったか……探したのじゃぞ」
魔王が感傷に浸るように地べたに座り続けていると、背後に広がる草原に一人の女性が姿を現す。頭に鬼の角を生やした、黒髪おかっぱ頭の、着物を着た日本人風の大人の女性……魔王がよく知っている顔だ。
「鬼姫か……よく俺がここにいると分かったな」
魔王が敢えて後ろを振り返らず、背を向けて座った状態のまま声をかける。仲間に行き先を告げずにいなくなったらしく、ここに来ていると予想した女の洞察力の鋭さに感心する。
「今日は彼奴らの月命日じゃからな……ここにおると思っておった」
魔王の驚きに女が言葉を返す。今日が何の日であったかを覚えており、それによって男の居場所を突き止めた事を伝える。
「ブレイズに頼まれて俺を連れ戻しに来たのか?」
魔王が自分を探しに来た用件を率直に問う。
「ああ……お主が行き先も告げずにいなくなったから、皆必死にお主の事を探しておったぞ。城の兵隊どもなぞ、仕事が山積みじゃと泡を食っておった」
女が魔王の問いかけを肯定する。男が突然行方をくらました為に国中大騒ぎになった事、今日の分の仕事を終わらせないうちにいなくなったせいで兵士が慌てた事……それらの事実を伝える。
「そうか……皆に心配かけた。すぐに戻る」
魔王が若干すまなそうに小声で謝りながら、重い腰を上げて立ち上がろうとした。
「……戻らずともよい」
鬼姫が背後から優しく抱き締めて、立ち上がろうと中腰になった魔王を制止する。ふわりと包み込むような両腕、相手をいたわる思いやりに満ちた言葉は、愛する我が子に向けた母親の愛情のように穏やかだ。
「お主が日々の雑事で疲れておる事は、妾には分かっておる……ならばせめて今日くらい休みを取るべきではないか」
相手を抱き締めたまま女が背中越しに語りかける。心身ともに疲れ気味な魔王の体調を気遣い、今日の残りの時間骨休めに費やして体力回復に努めるべきだと主張する。
「そうしたいのは山々だが、仕事が溜まっている」
魔王が両腕で抱かれたまま後ろを振り返らず声をかける。女の主張を正しいと認めながらも、事情があって簡単にはそれが出来ない苦悩を吐露する。
「仕事なら明日、妾が半分手伝うてやるゆえ、今日は安心してゆっくり休め」
鬼姫が溜まった仕事の消化を手伝うと約束する。休息を取れば仕事が溜まるが、溜まった分の仕事は彼女が分担して請け負うから、心配する必要は無いという考えだ。
「そうか……ならお言葉に甘えさせてもらう」
女の意見に同意して、魔王が休みを取る提案を承諾する。立ち上がろうと起こした体を再度地べたに座らせて、女に両肩を支えられたまま体をゆっくり後ろへと傾けていって、膝枕の体勢となって仰向けに横たわる。空を見上げる魔王の視線の先に、彼を見下ろす女の顔がある。
「鬼姫」
相手の顔をじっと見ながら魔王が女の名を呼ぶ。
「なんじゃ?」
女が男の顔をまじまじと見つめながら返事する。
「ありがとうな」
魔王が感謝の言葉を口にしてフッと笑みを浮かべる。言葉数は少ないが、女の献身ぶりを心からありがたいと感じた心情が窺える。
「礼など要らぬ。もう寝よ」
鬼姫は若干照れがあるように素っ気ない返事をしながら、眠りに就くよう急かす。
「ああ……そうさせてもらう」
魔王は相手の言葉に甘えると、女の太腿を枕にしたままゆっくり目を閉じる。日々の疲れがあったのか、ワインの酔いが急速に回ったのか、だんだん眠くなってきて、ウトウトと眠りだす。そのままゆっくりと意識が遠のいていく。
しなければならない仕事は山積みだ。国民の声に耳を傾け、領内を巡回して、理想とする統治が行われたかどうか見なければならない。民が僅かでも不満を抱いたら、それの解消に誠心誠意をかけて務めなければならない。
裁判が開かれれば傍聴に出かけ、災害が発生したら復興作業を手伝い、民が窮状を訴えたら直接話を聞きに行く。下から上がってきた政策や予算申請の書類に判を押す。
ひとたび外に目を向ければ、悪王が民を苦しめていないか逐一監視し、善王が悩みを抱えていたら良き助け手となる。この世界の平穏が保たれる為に、国外にも気を配る必要がある。
皇帝の職務は多忙を極める。人手不足の社員のように多くの仕事をこなさなければならず、心の休まる暇が無い。ただ世界中を旅して魔物と戦っていただけの頃の方がよほど楽だったかもしれない。いっそ全てを放り出して旅に出られたら、どれだけ楽だった事か。
だが……どれだけ過酷だったとしても、皇帝の職務を途中で投げ出したりはしない。
魔王には仲間がいる。愛する女達と、有能な臣下がいる。何より、彼を慕って集まってきた百万を超える民がいる。彼らの期待に応え続ける事こそ、王の使命であり生き甲斐なのだ。
理想の世界実現までの道のりは決して平坦ではない。大きな重圧が伸し掛り、疲労で押し潰されるかもしれない。新たな敵が立ちはだかるかもしれない。
全ての民が安心して平和に暮らせる世界を作る事こそ、俺の理想なのだ! その為ならば、この先どんな困難が待ち受けていようと、決して屈したりなどしない!!
……男はそう自分に言い聞かせながら、愛する女の膝枕で安らかな眠りに就くのだった。
DarkLord Messiah
The End.




