第26話 くのいち少女、その名はなずみ
「俺に弟子入り……だと!?」
森で襲ってきた少女が弟子入りを懇願するなどとは夢にも思わず、ザガートが困惑する。少女の申し出は正に『寝耳に水』と呼べるものだった。
男には忍術の心得など全く無い。くノ一が魔王に弟子入りするなど、荒唐無稽にも程がある。
「何か理由があるのだろう……詳しく話せ。弟子にするかどうかの判断はそれからだ」
それでも即断したりはせず、気持ちを落ち着かせようとゴホンと咳をすると、冷静に理由を問う。事情を知ってからでも判断は遅くはないと、ひとまず返答を保留する。
「オイラ、霧風なずみって言うッス。大陸の東にあるニッポンという国、そこにある忍者一族の頭目の娘ッス」
少女は土下座をやめて顔を上げると、自らの素性について語りだす。遥か東方にある国の忍者の末裔である事を明かす。
「オイラがいくら忍術を頑張っても、周囲は認めてくれなかったッス……女に頭目の跡目は継がせられないと、そう言われたッス。オイラ、それが悔しくて……たまらず里を飛び出してきたッス」
なずみと名乗る少女は瞼を閉じて下を向いたまま体を震わせる。正当に努力を評価されなかった悔しさのあまり、うっすらと目に涙が浮かんで今にも泣きそうになる。今までどれだけ辛い思いをしたか、その無念さが嫌というほど伝わる。
「こっちに渡ってきた時、とても強い魔王の噂を耳にしたッス。それで本当に強いかどうか、勝負を挑んで確かめたかったッス。その為に森に行ったらスライムと鉢合わせたんで、慌てて逃げ隠れて様子を見てたッス」
森に姿を現した事、魔王に戦いを挑んだ経緯について話す。スライムとは偶然出会っただけで、何の関係も無い事を明かす。
「改めてお願いするッス! どうか……どうかオイラを弟子にして下さい! オイラ、故郷のみんなをギャフンと言わせてやりたいッス! メチャクチャ強くなって、オイラを認めなかった事を後悔させて、見返してやりたいッス! その為に世界で一番強い師匠の弟子になって、実戦の経験を積めば、もっと強くなれるかもしれないと、そう思ったッス!!」
またも地に額を擦りつけて土下座すると、魔王への弟子入りを懇願する。周囲に認められる為にはこれしか手段が無いのだと、強い口調で訴える。
少女の決意は固く、テコでも動こうとしない。男が首を縦に振らなければ、日が暮れてもこの場に居続けそうな、そんな気迫があった。
(フーーム……)
なずみの話を聞いて、ザガートが深く考え込む。顎に手を当てて気難しい表情になりながら、どうすべきか思い悩む。少女の願いを無下に断ったりはしない。
(森での戦いぶり、なかなか見事だった……磨き上げれば間違いなく立派な戦士になる素質がある。それを女性だからという理由で潰してしまうのは、あまりにもったいない事ではないか?)
先ほどの勝負を思い起こし、少女の溢れんばかりの才能を見抜く。何とかして彼女の才能を有効活用したい、彼女が実力を認められる環境を整えたいと思いを抱く。努力にはそれに見合った評価が与えられるべきとも考えた。
「俺の弟子になっても、忍術が上達するとは限らんぞ。それでも良ければ、好きにするがいい……」
そう言い終えると、恰好を付けるように背を向けてマントをバサッと閉じる。そのまま森の出口がある方角に向かってカツカツと歩き出す。
「好きにするがいい」……その言葉が付いてくる事を許可したものである事は、誰の目にも明らかだった。
「分かったッス! お言葉に甘えて、好きにさせてもらうッス! オイラ、何処までも師匠に付いていくッスよ!!」
男の心情を読み取り、なずみの表情が晴れやかになる。すぐさま土下座をやめて立ち上がると、嬉しそうに早足で駆けながら後を追う。飼い主に懐いた猫のように、ピッタリと男の後ろにくっついて歩く。
「オイ、正気か!? いくら戦いの才能があるとはいえ、まだ十二歳の子供だぞ!!」
レジーナが慌てて横に並び歩きながら魔王に問い質す。幼い子供を危険な旅路に巻き込む事に懸念を表明する。
「旅の仲間が何人増えようと、一向に構わん……本当に危険だと判断した時は俺が全力で守る」
ザガートが足を止めないまま王女に言葉を返す。か弱い少女を旅に動向させる事に少しも不安を抱かない。仲間の命を守る自信に満ち溢れたように堂々としている。
「全く、お前らしい答えというか……」
王女が呆れたように口にする。お前がそう言うなら仕方ない、と言いたげにしぶしぶ納得する。
普通ならば、守るべき対象が増えれば増えるほどピンチに陥る確率が上がる。だが圧倒的な力を持つ魔王なら、それをはねのけてしまうだろうという考えがあり、男の意思を尊重する事にした。
(……新しい女が増えた)
またも一行に女性メンバーが加わった事に、ルシルが内心不満を抱く。
超絶イケメンである魔王が着々とハーレムを築くのを仕方のない事だと割り切りつつも、どんどん自分が構われなくなるのではないかと不安になり、心がモヤモヤする。
けれどもそれを口には出せず、顔をむくれさせたまま黙って三人の後に付いていくのだった。




