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第254話 神は死んだ

「うっ……ここは」


 穴に吸い込まれて気を失っていた神が意識を取り戻す。

 地面に倒れていた彼が目を開けて起き上がり、二本の足でゆっくり立ち上がって周囲を見回すと、そこはかわいた大地が地の果てまでも続く、閑散かんさんとした荒野だった。


 草木は一本も生えておらず、山も海もない。森も川も存在しない。本当に何も無いただの荒野が、何処までも広がっているだけだ。

 彼以外に人の気配は無く、静寂に包まれた荒野に一人ポツンと取り残された。


 空は星も月もない完全な闇に覆われていたが、荒野の所々に青白い炎が人魂ひとだまのように浮かんでいて、視界は確保されている。

 何より不気味なのは、大地の土が暗めの紫色に染まっていた事だ。普通の茶色ではない。まるでここがザガートの作り出した、人造の地獄か魔界だと主張しているかのようだ。


 奇妙な空間に放り込まれた神であったが、ただちに慌てたりはしない。必ずここから脱出する方法があるはずだ、それを探そうと冷静に思い立つ。

 この異様な状況に遭遇したとしても冷静さを失わない判断の的確さは、さすが神と言うべきか。


(……何処かに出口があるかもしれない)


 いちの望みを抱きながら、何も無い荒野の彼方へと歩き出す。

 ヤハヴェが渇いた紫の大地を、時間にしておよそ一分半ほど歩いた時……。


「……!!」


 何かの異変に気付いてピタリと足を止める。

 直後、彼から数メートル離れた場所にある大地の土がモコモコと盛り上がり、ボコッと音を立てて割れると、中から人影のようなものが出てきた。


 土の中から出てきたもの……それはスケルトンと呼ばれる人型の骸骨だ。獲物が近付いてくるのを土中で待ちせていたようだ。

 不死の魔物は右手にロングソードと呼ばれる剣を握っており、瞳は不気味に赤く光り、神の方を見ながら歯をカタカタと動かして笑う。


 スケルトンは最初に一体が現れた後、彼に続くように何十、何百という土がモコモコと盛り上がり、ボコッボココッと割れて、仲間の骸骨が次々に姿を現す。

 神が慌てて周囲を見回すと、五分とたない間に十万を超える数のスケルトンが彼を取りかこんでいた。


 彼からもっとも近い位置に立っていたスケルトンがゆっくりと近付いてきて、手に持っていた剣をブゥンッと正面に突き出す。つるぎの先端は白銀の鎧を豆腐のように貫通して、神の左太腿ふとももにブスリと突き刺さる。傷口からジワァッと焼けるような痛みが広がり、真っ赤な血がトマトジュースのように流れ出る。


「ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」


 傷口にこみ上げる激痛に神が思わず悲鳴を上げる。慌てて数メートル後ろに下がると、太腿に突き刺さった剣を手で引き抜いて、骸骨がいない地面に向かってポイッと放り投げる。

 傷口を数秒間凝視してみたが、自力で治る気配は無い。魔力を封じられたために自己修復機能が働いていないようだ。


(ど、どういう事だ!? 私の鎧はオリハルコン製……並みの攻撃など一切通じないはずだというのに、それがこうもあっさりと!! いやそもそも、ここは一体何処なんだッ! こいつらは一体何故私に襲いかかろうとするッ!!)


 神が自分の置かれた状況にひどく困惑する。次から次へと理解不能な出来事が起こってしまい、冷静に物事を考えられない。この危機的状況から脱出する方法を何とかして見つけようとしたが、良い打開策が見つからない。


「『天罰スカージ』はこれまで対象者が犯してきた罪が怨霊おんりょうとなって具現化し、対象者へと襲いかかる術……おお、ざっと数えただけでも十万、いや百万はいるぞ。さすがは人類を滅ぼそうとした神、犯した罪の大きさも段違いだ……ハハハハハッ」


 荒野のはるか上空から神をあざ笑う声が聞こえた。

 神の頭上二十メートルほどの高さにポッカリ小さな穴がいており、ザガートがそこから顔だけ出して、下の景色をのぞき見していたのだ。


 魔王は神に掛けた術の特性について語る。これまで犯した罪が怨霊となって襲いかかる事を教えて、罪のむくいを受けた神を心の底から見下す。


 そうこうしている間にも骸骨達が神に襲いかかろうと、一歩、また一歩と近付いてきていた。


「ぐっ……おのれぇぇぇぇぇぇえええええええええええッッ!!」


 ヤハヴェが大声で怒鳴りながら激高する。何としても骸骨達に殺されてなるものかと激しく息巻く。

 骸骨が持っていた剣の一本を奪い取ると、それをブンブン振り回して敵に斬りかかる。だが神がいくら剣を振ったとしても骸骨達には全く当たらない。まるで立体映像を斬ったようにスッスッと剣が通り抜けてしまう。

 逆に骸骨達の剣はブスブスと容赦なくヤハヴェに突き刺さる。神は一方的な虐殺ショーへと追いやられた形だ。


「自分の犯した罪は、剣では斬れない……せいぜい土下座して謝れば、もしかしたら許してくれるかもしれない程度だ」


 ザガートが術の特性について説明を付け加えた。神の犯した罪が具現化したものであるがゆえに神の攻撃では絶対倒せない事、心から反省して謝れば、骸骨が攻撃をやめるかもしれない事……それらの情報を、この場から生き延びる唯一の手段として伝えた。


「こ……この私に自分の行いを反省しろと言うのか!? ザガートッ! 貴様は私がそれをやると、本気で考えているのかッ!!」


 魔王の忠告にヤハヴェが声を荒らげて反論する。たとえ男のもたらした情報が真実だったとしても、この場から助かるために自身の信念を曲げる考えは無い意思を明確に打ち出す。


「ならばここで骸骨達に全身をメッタ刺しにされて死ぬがいい……」


 ザガートは最後にそう一言だけ述べると、下をのぞき込むために一箇所だけけていた穴をピシャッと閉じる。以後は空間が隔絶されたのか、空から魔王が話しかける声は聞こえない。


 二人が言葉をわしていた間にも、百万匹いた骸骨達がジリジリと距離を詰めていた。神がふと辺りを見回すと、二メートルも離れない距離まで彼らが迫っていて、四方をぐるりと取りかこんで壁を作っている。何処にも逃げ場など無い。


 骸骨達はみなが同じタイミングで相手を刺しつらぬこうと、手に持っていたつるぎの先端を神の方へと向ける。

 群れの先頭にいた一体がニタァッと不気味な笑いを浮かべた。

 今から襲いかかる合図をしたかのように……。


「やめろザガートッ! やめろ! やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーッッ!!」




 ヤメローーーーッ、メローーーッ、ローーッ、オーーッ……。


 神の断末魔の悲鳴が、ドスドスドスドスドスッと全身を刺し貫かれた音と共に、残響音となって鳴り響く。

 そして閉鎖空間内で生じる物音は、そこで途絶えた――――。




「……死を忘れるな(メメント・モリ)


 ザガートが何も無い神殿の床を見つめながら、警告するように言葉を発した。

 そこはさっきまで異空間に通じる穴が開いていた場所だ。

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