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第251話 神の摂理/Providence

こぶしでかかってこい……だとぉ?」


 魔王の台詞セリフを聞いて、神が小声でそうつぶやく。下を向いて一言も発しないまま、両肩をぷるぷる震わせた。

 鉄仮面しでは表情を読み取れないが、相当プライドを傷付けられた事は確かだ。全知全能であるはずの世界を創造した神が、及び腰な戦術を取っていると非難されたのだ。


 しばらく相手のぶんに反論しないまま黙り込んだが……。


「……良いだろう! その挑戦、受けて立とう! この私が魔法が得意なだけの、ただの鎧を着た中年男でない事を、とくとその身で味わうがいい!!」


 顔を上げて相手の方を見ると、えて誘いに乗る事を強い口調で承諾する。自身が魔法だけでなく肉弾戦も得意だと豪語し、相手にそれを思い知らせてやろうと息巻く。


「魔王ザガート! 我が腕の中で息絶えるがいい!!」


 死を宣告する言葉を吐くと、すぐさま魔王めがけて全速力で駆け出す。近接戦の間合いに入ると強く握った右拳によるパンチを繰り出す。

 ゴォーーーッと風を切る音を鳴らしながら突き進む剛拳が魔王の顔面を狙う。金属製のガントレットをめたこぶしは音速を超えた鉄球のようであり、ダイヤモンドの壁を一撃で粉砕しかねない破壊力だ。


「ふんっ!」


 魔王も負けじと右拳によるパンチを繰り出して、互いの拳と拳が正面から激突する。バァンッ! と岩が爆発したような音が鳴り、神殿全体がゴゴゴッと音を立てて激しく揺れた。


「うおおおおおおおおッ!!」

「ぬわぁぁぁぁああああああーーーーーーッ!!」


 ザガートとヤハヴェがほぼ同じタイミングで悲鳴を上げながら後ろへと吹き飛ばされる。空中でクルッと一回転した後咄嗟とっさに両足を地面について着地し、ギリギリの所で踏ん張って地面に倒れるのを阻止する。

 拳同士の衝突はどちらか一方が勝った訳ではなく、相討ちになった形となる。


 しばらく相手の出方をうかがうように離れたままにらみ合う二人であったが……。


「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

「キィィィェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」


 互いに腹の底から絞り出したような奇声を発すると、相手めがけて一直線に駆け出す。拳が届く間合いに入ると、両拳を駆使した高速のラッシュを放つ。一撃の重さを捨てた代わりに手数に任せたガトリングの弾のようなパンチだ。


 互いの拳がぶつかるたびに激しい衝突音が鳴り、それがドガガガガガガッとむ事なく鳴り続ける。両者のスピードとパワーはほぼ互角であり、一撃の相殺そうさい漏らしも無い。魔王がパンチを繰り出せば神が自身のパンチでそれを迎え撃ち、神がパンチを繰り出せば魔王がそれを迎え撃つ。その駆け引きの攻防が延々と続く。


 相手が先に力尽きるのを期待したように打撃の応酬を続ける二人。

 その光景が数分ほど続いた後……。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「……ムッ、ムゥゥゥゥ」


 それまで続いていた打撃の応酬がピタリとむ。両者が共に背筋を曲げて両腕をだらんとさせたまま、肩で激しく息をさせた。表情に疲労の色が浮かんで、全身から汗が滝のように流れ出ており、スタミナを大きく消耗したのが一目で分かる。

 相手の体力切れを狙った両者だが、今回も実質引き分けに終わった形となる。


 しばらく敵を前にしたまま棒立ちになる二人であったが、考える事は同じなのか、両者が共に数歩後ろへと下がる。疲労をせ我慢したように背筋をまっすぐ伸ばして体勢を立て直すと、相手をかくするようにじっと見る。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーッ!!」

「ムォォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!」


 数秒が経過すると、またも大声で叫びながら目の前の敵に向かって駆け出す。最初と同じように右拳によるパンチを繰り出して、全力で相手を殴り殺そうとする。

 渾身の力を込めた両者の拳が正面から激突して、大地が割れんばかりの衝突音が鳴る。発せられた衝撃波は最初の衝突よりも大きく、神殿が激しく揺れて、建物から数キロ離れた場所にいるカラスまでもがギャーギャー鳴き出して、慌てて逃げる。


 二人は互いにパンチを繰り出して拳が激突した瞬間のまま止まっている。ビデオを一時停止したように固まっており、ピクリとも動かない。まるで拳を突き出したポーズのまま死んでしまったかのようだ。


 部屋の入り口から隙間すきま風が吹き抜けても微動だにしない。

 その状態が永遠に続くかに思われた時……。


「うっ……ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」


 ザガートが突如大声で叫びながら後ろに吹き飛ばされた。強い衝撃で地べたに叩き付けられると、ゴムボールのように何度もバウンドした挙句、両手足をだらんとさせて大の字に倒れたまま起き上がらない。

 今回は受身を取る余裕すら無かったようで、完膚かんぷなきまでに敗れたように見て取れる。


「フッ……フフフ……フハハハハハハッ! やった! ついにやったぞザガート! してやった! この私がこぶしの勝負において、貴様に勝ったのだ!! これでようやく思い知っただろう! 神に創造された人間に過ぎぬお前より、創造主である私の方がはるかに上なのだと!!」


 ヤハヴェが拳を突き出したポーズのまま声に出して笑う。これまでまった鬱憤うっぷんを晴らせた感動に全身を打ち震わせて、あごが外れんばかりに大きな声で笑う。いつまでも終わる事なく笑い続ける。


 相手を打ち負かした喜びのあまり、もう戦いそのものにまで勝った気でいる。

 心の底から満足感に満たされて、勝利宣言を行う神であったが……。




 正面に突き出した拳を覆うガントレットからミシッと音が鳴って、小さな亀裂が入る。亀裂はまたたく間に広がっていき、拳全体を毛細血管のように覆った瞬間、ガントレットがガシャァーーーン! と音を立ててガラスのようにもろく砕けた。

 それにより生身の拳がき出しになると、今度は時間差でダメージが伝わったように拳の骨が砕けて、皮膚が裂けて傷口から真っ赤な血が噴水のように噴き出す。神の拳は鉄球を叩き付けられて粉砕されたようなズタボロの状態になる。


 ちなみに肌の色はザガートと同じ東洋人のような肌色だが、人種がそうなのかは分からない。


「なっ……何ィィィィィィイイイイイイイイーーーーーーーーッ!!」


 拳を粉砕された光景に神が内蔵が飛び出んばかりに驚く。一瞬何が起こったのか全く理解できず、目の前の出来事を頭で受け入れるのに時間が掛かった。

 拳同士の衝突で神は自分が勝ったと思った。だが実際は彼の方がより大きなダメージを負ったのだ。その事実は到底受け入れられるものではなく、あまりのショックの大きさに拳に湧き上がる痛みを忘れたほどだ。


「強さが同じなら、気持ちの強い方が勝つ……ゼウスがそう言っていた」


 ザガートが上半身をムクッと起こしながら言う。二本の足でしっかりと立ち上がって体勢を立て直すと、体中に付いた砂とほこりを手でパンパンッと叩いて払う。

 拳同士の衝突で吹き飛ばされて地面に叩き付けられたはずだが、深手を負った様子は無い。やはりヤハヴェの方が被害は大きいようだ。


 魔王は埃を払うのをやめると相手の方をじっと見る。拳を粉砕された事に慌てふためく神をゴミを見るような目で見ながら、あざけるような言葉を吐く。


「ヤハヴェ……この勝負、俺の勝ちだ!!」


 ……男の表情は勝者の貫禄に満ちていた。

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