第248話 頂上対決! ヤハヴェ vs ザガート!!
遂に神の神殿に足を踏み入れた魔王……扉の試練に難問を出されるが、聖書の知識によって難なく切り抜ける。更に奥へと進むとミカエルが行く手を阻もうとしたが、神が命令を下して彼女達を下がらせる。
大きな障害もなく神殿の奥に辿り着いた魔王は、遂に神殿の主と対峙する。
玉座に座って偉そうにふんぞり返るその男こそ、第七世界を創造した神であり、人類を破滅させようともくろむ、この戦いのラスボスに他ならない。
「魔王ザガート……我が息子よ。扉の試練に打ち勝って、よくぞここまで辿り着いた。その知恵の深さ、実に見事である。汝こそ我が前に立つに相応しい力を持った男であると、今ここに認めよう」
諸悪の根源である神ヤハヴェが玉座に座ったまま男に語りかける。難易度の高い試練に打ち勝った魔王の見識の深さを認めて、敵ながら天晴と言いたげに称賛の言葉を送る。
夢の中で会った時はあからさまに敵意を剥き出しにしていたが、それに比べると今回の態度は妙に馴々しい。命を奪おうとしたはずの相手を息子と呼ぶ機嫌の変わりようは、何か裏があるんじゃないかと相手に警戒させるほどだ。
「……お前の息子になってやった覚えなど無い」
ザガートが神に父親面された事への不満をあらわにする。道端に落ちていた犬の糞を見てしまったように嫌そうな顔をしており、憎むべき相手に息子呼ばわりされた不快感を隠そうともしない。
「我は自らの御姿に似せてアダムを創り、彼の鼻の穴に命の息を吹き込んだ……ゆえに彼の系譜に連なる現生人類は皆、我が子も同然なり」
神がザガートの不満に言葉を返す。人類の祖たるアダムを自分に似せて創造した事、彼は血を分けた息子に等しい事、その子孫である人類全てを我が子のように愛しく思った事……それらの心情を打ち明ける。
「ザガート……汝は今でこそハイレベルの上級悪魔に転生した身だが、それでも転生前は紛れもなく生身の人間だった。ならば汝を我が子と呼ぶ事に何の抵抗があるだろうか」
魔王が転生者である事実を引き合いに出して、転生前が人間であったのなら自分の息子と呼んでも差し支えは無いと自論を述べた。
「ならば神よ、問おう。アンタは血を分けた我が子を、自分を愛さなくなったという、たったそれだけの理由で皆殺しにするのか?」
ザガートが神の主張に疑念を呈する。人類を滅ぼそうとする神に対して、本当に息子として愛しているのなら、そんなつまらない理由で殺したりなどしないのではないかと問いかける。
「……」
魔王に矛盾を指摘されて、神が急に無言になる。それまで饒舌に喋っていたのが打って変わって重苦しいムードになり、図星を突かれて反論できないように押し黙る。何も言い返さずに硬直した岩のように固まる。
「……私も辛いのだ」
やがて消え入りそうにか細い声で呟く。
「ザガート、お前は知らぬのだ……私がこれまでどれだけの恩寵を彼らに与え、にも関わらず彼らが私に背を向け、神を崇めなくなった負の歴史を」
自分が今まで味わってきた苦痛について語りだす。
何故人類を滅ぼそうと決断するに至ったのか、動機の説明を始める。
「私はお前が想像するよりも遥かに長い年月、人に裏切られ続けてきた……十年や二十年の話ではない……何百年……いや何千年とだッ!!」
自分と人との関わりが、手のひらを返され続けた負の歴史だったと明かす。
「今度こそ、今度こそと自分に言い聞かせて、そのたびに約束を反故にされた……それを何度も繰り返してきた。何度も何度も何度も何度も、何度もだッ! こんな気の遠くなるほどの長い年月、苦痛を味あわされて、正気を保っていられる神が何処の世界にいるというのだッ!!」
人の善性に期待して、そのつど裏切られてきた事、それを何度も繰り返しているうちに頭がおかしくなりかけた事……それらの体験を生々しい口調で語る。
自身の体験について話す神の言葉は鬼気迫るものがあり、声は震えていて、息遣いは荒い。発せられた言葉の一つ一つに重みがある。
当初持っていた絶対的支配者の余裕は完全に失われて、追い詰められて発狂しかけた末期の皇帝のような焦燥感すら漂わせた。
「教えてくれ、ザガート!! 私は……私はどうすれば良かったのだ!? 人に愛されるために人類を創造した神が、誰にも愛される事なく、孤独のまま朽ちていくべきだったと、そう言いたいのか!?」
最後は顔を上げて魔王の方を見ると、自分はどうするべきだったのかと藁にもすがる思いで問いかけた。長い年月の末に人類を滅ぼす決断をしただけに、他に選択があるのなら答えてみろと言いたげだ。
ザガートはどう答えるべきか迷ったようにしばし思い悩んだが……。
「自らが生み出した被造物に見放された創造主の苦悩は察するに余りある……だが神の側にどんな正当な理由があったとしても、人類を皆殺しにしようとするのなら、俺はそれを止めなければならない……人類全てを守るべき家族と看做したが故に」
やがて考えが固まったように口を開く。人に裏切られた神の苦悩に一定の理解を示しながらも、それでも人類を滅ぼそうとする相手の行いに賛同しない意思を強い口調で伝える。
「息子を殺そうとする父親と、守ろうとする父親……どっちが父として正しい行いをしたかは、小学生でも分かる事だ」
神のやろうとしている事が人類の父として相応しくないと、ダメ押しの一言を付け加えた。
「……!!」
魔王の言葉が逆鱗に触れたらしく、神が石化したように固まる。一言も言い返さず、下を向いたまま両肩をぷるぷる震わせた。
格下と看做した相手に説教を垂れられてプライドを傷付けられた事は確実だ。自分にとって最も言われたくない言葉を、言われたくない相手に言われた……そんな雰囲気すら漂わせた。
しばらく言葉を発しないまま黙り込んだが……。
「……知った風な口を利くなぁっ! ザガートぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーッ!!」
顔を上げて目をグワッと見開くと、腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチ撒けた。かつてあった紳士的な態度をあさっての方向にぶん投げて、完全に相手への敵意を剥き出しにする。
鉄仮面越しでは表情を窺い知る事は出来ないが、声は凄まじい迫力に満ち溢れており、はらわたがブチ切れそうな勢いで激怒した事は火を見るより明らかだ。魔王は虎の尾を踏んだ形となる。
ヤハヴェはすぐさま玉座から立ち上がると、空間の裂け目に手を突っ込んで一本の鉄製の槍を取り出す。それを魔王の顔面めがけて一直線に投げ付けた。
「ふんっ!」
ゴォーーーッと音を立てて飛んでいった槍の刃先が触れようとした瞬間、魔王の両目がカッと眩い光を放つ。すると槍がバァンッ! と大きな音を立てて風船のように破裂する。最後は粒子レベルに分解された砂となって神殿の床に降り注ぐ。
「なにっ!!」
魔王に投げた槍が手を触れる事なく消し飛ばされた事に、神が一瞬たじろぐ。まさかこうなるなどとは夢にも思わず、想定外の事態に驚きを隠せない。
「ヤハヴェよ……お前の前に立つ資格があると認めたのは、お前自身だぞ。そのお前がこの程度の事で驚いてどうする」
ザガートが腕組みしたままふんぞり返りながら、誇らしげなドヤ顔になる。槍を防がれた事に慌てる神に、こんな事で驚くなと上から目線で説教を垂れる。
とても神に創造された被造物の取れる態度ではない。ザガートはもはや神と対等の立場に立つ絶対的強者となった。
「こんなものは序の口に過ぎん……俺の本当の強さを見せてやる!!」




