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第244話 ヤハヴェはザガートに嫌がらせをする

 ザガートがバッタを駆逐した日の晩……時計の針が十二時を過ぎた真夜中の事。


 ザガートはテントの床にかれた毛布にくるまって深い眠りに落ちていた。その彼が見た夢の中での出来事……。


「……」


 魔王が目を開けると、彼は荒野の大地にうつせに倒れていた。衣服は普段着のままだ。特におかしな事をされた様子は無い。

 一瞬何が起こったか分からず混乱しかけた彼であったが、ひとまず体を起こしてゆっくりと立ち上がる。二本の足でしっかりと大地に立つと、自分が今置かれた状況を確認しようと周囲を見回す。


 彼がいた場所……それはかわいた大地が何処までも果てしなく続く、閑散かんさんとした荒野だった。東には大きな山がそびえ立ち、西には広大な海が広がっている。

 時刻は真夜中だったらしく、はるか上を見渡すと美しい夜空が広がっていたが、現実空間と違って暗雲に覆われていない。満月が燦々(さんさん)と輝いて、辺り一面を照らし出している。ヒュウウッと冷たい夜風が吹き抜けて肌をヒヤッとさせる。


 明らかに寝る前と違う場所に倒れていた事に、ザガートはここが夢の世界なのだろうと察する。


 しばらく様子を見るように何もしないまま棒立ちになっていると、北の荒野から一人の男がザッザッと歩いてくる。男はザガートから数メートル離れた場所まで来て止まる。

 背丈二メートルほどある、フルプレートの鎧を着て騎士の鉄仮面を被った大男……魔王は彼の姿に見覚えがあった。


「……ヤハヴェ」


 ザガートが男の名を呼ぶ。魔王の前に現れたこの男こそ、第七世界の創造主にして、人類を滅ぼそうとする諸悪の根源である『神』その人だ。

 ザガートは神がこの場に現れた事に、自分が今置かれた状況は彼による精神攻撃を受けたに違いないと考える。


「異世界の魔王ザガート……われはこれからなんじに無理難題を押し付けるッ! もし汝がまことに神の領域に到達した者ならば、それらの難題を見事こなしてみせよッ! もし出来ぬというなら、汝に神と戦う資格など無いと知れ!!」


 ヤハヴェがやぶからぼうに用件を伝える。初対面だというのに自己紹介すらしない。

 魔王に常人には到底こなせない難問をぶつける事を予告して、それによって彼に神と戦う資質があるかどうかを見定めに来たという。


「俺を試そうというのか。良いだろう……その挑戦、受けて立とう」


 神の挑戦をザガートが二つ返事で承諾する。無理難題を押し付けられると聞いて、たじろいだりしない。どんな難問でもドンと来いとばかりにどっしり構える。


「その言葉……後悔するなよ」


 ヤハヴェが勝利を確信したようにニヤリと笑う。


「山を見よッ!」


 神がそう叫びながら東にそびえ立つ山を指差す。

 すると山が今にも噴火しそうな勢いで轟々(ごうごう)と鳴りだす。


「海を見よッ!」


 今度は西の海を指差す。

 すると嵐が吹き荒れたように海が荒波を立てて激しく荒れる。


「空を見よッ!」


 最後に空を指差す。

 すると災害級の台風が直撃したように風がビュウビュウと音を立てて吹き抜ける。


「ザガートッ! 汝がまこと神に等しき存在であるならば、これら天地の怒りを見事しずめてみせよ!!」


 ヤハヴェが、目の前で起こっている自然現象を元通りにしろと命じる。

 常人にはとても不可能な難問だが、神ならばそれが可能だというのだ。


「……良かろう」


 神の言葉を聞いてザガートが不敵な笑みを浮かべる。難問を押し付けられておじづいた様子は無い。


「山よ、鎮まれッ!」


 山に向かって右手をかざしながら命じる。

 するとそれまで噴火しかけていた山が、大人にしかられて小さくなった子供のように静かになる。


「海よ、治まれッ!」


 次は海に向かって命じる。

 すると荒波を立てて荒れていた海が急に穏やかになる。


「風よ、めッ!」


 最後は空に向かって命じる。

 するとビュウビュウと吹き抜けていた風がピタリと止む。


「どうだ? ヤハヴェよ。お前の要求通り、天地の怒りを鎮めてやったぞ」


 ザガートはこれら一連の事をやり終えると、神の方を向いて腕組みしながら誇らしげなドヤ顔になる。フフンッと小馬鹿にするように鼻息を吹かせながら、相手がどう反応するか楽しみにしたようにニヤニヤする。


「……」


 勝利者の余裕を見せ付けられて、ヤハヴェが思わず押し黙る。鉄仮面しでは表情をうかがい知る事は出来ないが、こうもたやすく難問を突破された事にぜんとした様子だ。

 こんなはずじゃ無かった……そう言いたげなのが伝わる。


「……ええいッ! まだだ、ザガート! 私の試練はまだ終わっていないッ!!」


 しばらく無言のまま棒立ちになっていた神だったが、せきを切ったように大きな声でわめき散らす。自らの試練がまだ終わっていない事を告げて、勝った気でいるのは早いとくぎを刺す。


「今からあの山を、海へと移動させてみせよッ!」


 再び大きな山を指差すと、今度は別の場所へと移し替えてみよと無理難題を押し付ける。こんな事お前に出来るはずが無いという思惑が彼の中にはあった。


「そんな簡単な事で良ければ、お安い御用だ」


 神の無茶な要求をザガートが二つ返事で了承する。どうやってそれを成し遂げようかと一瞬悩んだ素振りすら無い。


「山よ! 今すぐ立ち上がって、海に向かって走れッ!!」


 山に向かって右手をかざしながら大きな声で命じる。

 すると山が上と下半分ずつに分かれて、上半分に人間の足がニョキッと生えて立ち上がる。そのまま海に向かってダダダッと物凄い速さで走っていき、ザバァーーーン! と勢いよく飛び込んで、海中深く沈んでいく。


「……」


 山のあまりにも豪快な入水自殺を、神は呆気あっけに取られて眺めていた。

 完全に彼にとって想定外の事態だ。山が動くなんて本来ありえない。自分に出来たとしても、魔王に出来るはずが無い。そう思って無茶な要求をした。

 今彼の目の前にいるザガートという男は、かんなきまでに神の予想をくつがえした形となる。


 しばらく悲嘆にれたような棒立ちになった神であったが、やがて何も無い空間に手刀を繰り出して大きな裂け目を作る。そこから彼の背丈ほどある大きな屏風びょうぶを取り出した。

 屏風には虎の絵が描かれている。今にも飛び出しかねない勢いの、とても強そうな虎だ。


「この屏風に描かれた虎を、見事捕まえてみせよッ!!」


 神がまたしても無茶な要求を突き付ける。ただの『絵』に過ぎない虎を、物理的に捕獲しろというのだ。


「……良いだろう」


 ザガートが神の要求を聞いてニヤリと笑う。そんな事出来る訳が無いなどと反論する素振りは全く無い。


「虎を捕まえるための縄を用意してもらいたい」


 気持ちを切り替えたように真剣な顔付きになると、虎を捕獲する道具の提供を求める。

 ヤハヴェは空間の裂け目から綱引きに使う太さの縄を取り出し、魔王めがけて放り投げる。魔王はそれをキャッチすると、両手でしっかり握ったまま屏風に描かれた虎を凝視する。そのまま相手の出方をうかがうように数秒間眺めていたが……。


「虎よ! 今すぐ屏風から出てきて、俺に襲いかかれッ!!」


 突然虎に屏風から出てくるよう大きな声で命じる。

 すると『絵』であるはずの屏風から、本物の生きた虎がピョーーンと出てくる。作り物ではない、正真正銘の質量を持った生きた猛獣だ。

 虎が三次元の空間に出るのと入れ替えに、屏風には何も描かれていない状態になる。本当に魔王の力によって屏風から虎が抜け出したようだ。


「グオオオオオオーーーーーーッ!」


 虎はけたたましい咆哮ほうこうを上げるやいなや、目の前にいる魔王めがけて走っていく。大きく口を開けて飛びかかり、鋭い牙で相手を噛み殺そうともくろむ。


 ザガートは手に持っていた縄を虎に向かってヒョイッと放り投げる。縄は自ら意思を持った蛇のように虎にグルグルと巻き付いて、体中をしばり上げて動けなくする。

 全身を太い縄で縛られて動きを封じられた虎が地面に倒れてジタバタとのたうち回る。体を激しく動かして縄を力ずくで振りほどこうとしたが、縄は鋼鉄の鎖のように頑丈でビクともしない。むしろもがけばもがくほど、縄はキツく締まる。


「……グルルゥゥ」


 やがて猛獣は負けを認めたようにかぼそい声で鳴くと、飼い主に服従した猫のように大人しくなる。以後は暴れたりしない。


「どうだ? 屏風の中にいた虎を捕まえてやったぞ。これで満足か」


 ザガートがまたも得意げなドヤ顔になりながら神の方を向く。

 えて相手をあおるように挑発的な言葉を吐く。


「神よ、もういい加減諦めたらどうだ。お前がいくら難問をぶつけても、俺を屈服させる事など出来やしない。俺はヨブではないのだ……これ以上だだをこねれば、かえってお前がはじをかくだけだぞ」


 最後にダメ押しの一言を付け加えた。

 魔王自身、同じ流れを繰り返すのにさすがにきていた。

 この不毛な戦いをやめるべきだと考えた。


「……」


 正論を突き付けられてヤハヴェはぐうのも出ない。反論する言葉が思い浮かばず、ただ相手の言うがままにさせるしかない。


 しばらく何もせず棒立ちになっていた神であったが、合図を送るようにサッと右手を上げる。

 するとザガートの視界がフェードアウトしたように暗くなっていき、最後は完全な闇に覆われる。彼の意識はそこで途絶えた。


  ◇    ◇    ◇


「……むっ」


 魔王が目を開けると、そこはテントの中だった。毛布にくるまれたまま横になっており、夢から覚めた状態だ。それは神による精神攻撃が終わりを迎えた事を意味する。

 ふと時計の針を見ると、まだ夜中の一時を回ったばかりだ。起きるには随分ずいぶん早い。


(ヤハヴェよ……魔王オレを試そうとしても無駄だぞ。俺はただのひとではないのだから……)


 ザガートは神に語りかけるように心の中でつぶやくと、再び眠りにくのだった。

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