第242話 撃殺
「ギギギッ!!」
ザガートが駆け付けたと知って、群れの先頭にいた一匹のバッタがけたたましい声で鳴く。その声が合図となったようにバッタの集団がザガートめがけて飛んでいく。
だが魔王に触れようとした先頭のバッタ達は、彼から数センチ離れた場所にある空気に触れた途端発火する。超高熱の炎で焼かれて一瞬で灰になり、地面にパラパラと降り落ちる。
魔王の体から真夏のような熱気がゆらゆらと立ち上っている。彼の周囲の空間が超高熱に暖められて、それに触れたバッタが焼死したのだ。
「ギィィィーーーーーッ!!」
さっきのとは異なるバッタが、仲間に指令を下すように大きな声で鳴く。その声を受けて全てのバッタが方向転換し、魔王がいない方角へと一斉に飛び去る。ザガート相手では分が悪いと踏んで、撤退の判断に踏み切ったようだ。
「馬鹿め、俺を敵に回して生き延びられると本気で思ったか!! 俺をその気にさせた事を後悔しながら地獄に落ちるがいい!!」
ザガートが正面に右手をかざして死を宣告する言葉を吐く。彼を本気にさせたバッタどもを皆殺しにする事を高らかに宣言する。
「青き光よ、雷撃となりて我が敵を薙ぎ払え! 雷撃龍嵐ッ!!」
魔法の言葉を叫ぶと、彼の右手から青く光る一筋の雷が空に向けて放たれた。そのままバッタの群れめがけて一直線に飛んでいく。
雷は進行ルートにいたバッタを一瞬で感電死させる。雷に触れたバッタは黒焦げの焼死体となり、ボトボトと地面に落下する。直撃を免れたバッタは四方八方に飛び散って魔王の攻撃から逃れようとしたが、雷は獲物を狙う蛇のように曲がって飛んでいき、次々と彼らを仕留めていく。
やがて数分と経たないうちに、十万匹いたバッタは一匹残らず撃殺された。
……バッタを仕留め終わったザガートが辺りを見回すと、村は惨憺たる有様だった。
バッタの進行ルートにあったものは木、木造の家屋、畑、牛や馬などの家畜、あらゆるものが食べ尽くされ、村の至る所に白骨化した死体が転がっていた。神の怒りが地上に降って湧いて、この世が地獄へと塗り替えられた光景そのものだ。
生存者もいるにはいたが、それでも半数以上の村人がバッタの餌食となった。
「ううっ……お母さん……お母さぁぁあああん」
サリアと呼ばれた少女が、母親の白骨死体を両手で抱きかかえて泣く。目から大粒の涙をボロボロと溢れさせて、わんわんと赤子のように泣き続ける。
他の生存者も、ある者は身内を殺された悲しみで、ある者は村の酷い有様を見て、皆が嗚咽を漏らして泣き出す。「ウッウッ」とすすり泣く声が村の至る場所から聞こえて、村全体が深い悲しみに覆われた。
(これが……こんなものが、神の望んだ光景だというのか。だとしたら、あまりにも惨たらしすぎる……)
村人が悲しむ姿を見てザガートは胸が痛んだ。無辜の民が凄惨な仕打ちを受けて泣く姿に、心が激しくざわついた。体が芯からカーッと熱くなる感覚を覚えて、全身の血管がドクンドクンと脈打って、今すぐに叫びたい衝動に駆られた。
彼らは何も悪い事などしていない。善良で無力な、ただの人間だ。にも関わらず突然このような天災に見舞われた。それら全てが、神の身勝手な言い草によるものなのだ。とても愛する我が子に向けたとは思えない仕打ちに、ザガートは怒りで脳の血管が爆発寸前になる。
主よ、貴方は我が子をお見捨てになられたッ! ……そう叫びたくなる心情だ。
今すぐ神に戦いを挑みたくなった魔王であったが、村をこのままにしておく訳にもいかず、彼らを助けてやらねばならないと思い立つ。
「我、魔王の名において命じるッ! 汝の傷を癒し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術ッ!!」
両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、魔法の詠唱を高らかに叫ぶ。
空から巨大なサーチライトのような光が射し込んで、村全体を明るく照らし出す。するとバッタの犠牲となった者達の死骸が、時間を巻き戻したように肉が再生されていき、バッタに捕食される前の状態へと戻る。
村の至る所に倒れていた人達が一人、また一人と起き上がっていく。サリアの母親も同様に生き返る。
「ああっ……!!」
母親が生き返った光景を目にして、サリアが喜びのあまり全身を打ち震わせた。絶望に引き裂かれていた心は一瞬で歓喜の色に染まり、表情が満面の笑顔になる。悲しみの涙が感動の涙へと変わる。
「お母さんっ! お母さぁぁぁぁぁああああああああんっ!!」
「サリアーーー!!」
親子は互いに相手の名を呼ぶと、深く抱き締めて喜び合った。
「うおおおおおッ! 俺達生き返ったぞ!!」
「やったな、ジョセフ!!」
他の村人達も、死人が生き返った事を喜び合う。ある者は自分が生き返った事を、ある者は身内が生き返った事を、皆が喜ぶ。絶望に染まっていた空気が一瞬で歓声へと変わる。
ヒトだけでなく樹木や畑の作物、牛や馬などの家畜、その他バッタの犠牲となったものの中で『命』と呼べたものは全て生き返った。さすがに木造の家具や家屋、収穫済みの作物は生き返らない為、村が酷い有様なのは変わらなかったが、それでも村人の心には大きな喜びがあった。
「ザガート様、ばんざーーーい!!」
「ばんざーーーい!!」
「おお救世主よッ! よくぞ……よくぞ村をお救い下さった!!」
「アンタは俺達を救った英雄だ!!」
「おおザガート……我らを破滅からお救い下さる方……」
村人が思い思いの言葉を口にする。バッタの害から命を助けてくれた英雄の奮闘に皆が感謝する。ある者は万歳を大声で叫び、ある者は魔王を救世主と讃え、ある者は魔王をまことの神と信じて祈りを捧げる。
皆の歓声に包まれて、魔王が余韻に浸るような棒立ちになっていた時……。
「た、大変じゃぁぁぁぁああああああーーーーーーッ!!」
鬼姫が大声で叫びながら慌てて魔王の元へと駆け寄ってくる。ここまで全力疾走してきたようで、何やら只事ではない様子だ。
「バッタが……バッタの群れが、他の町にも攻めてきよった!!」
「何ッ!!」




