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第241話 PLANET / THE HELL

 ……西大陸のさらに西の最果て、深い森にかこまれた場所にゾアルと呼ばれる村があった。


 ゾアルはたびたび魔物の侵攻を受けていたが、住人が武器を持って立ち向かい、どうにか彼らの侵攻を止めていた。更にここ数週間は魔物が襲ってくる頻度が大幅に減って、住人は安寧あんねいの日々を過ごしていた。


 太陽が西の空へと落ちかかった午後三時、数人の村人がかまを手にして空き地の雑草をっていた時……。


「オイ、あれは何だ?」


 村の若い男性の一人がそう口にしながら、空の彼方を指差す。

 他の住人が男が指差した方角に目をやると、巨大な人の姿のようなものが空に浮かび上がる。


 空に映し出された、半透明な鎧の騎士……それはこの世界を創造した神ヤハヴェに他ならない。ソドムの村を滅ぼした時と同様、再び全世界の人間に見える形で姿を現したのだ。


「聞くがいい、罪深き我が子らよ……裁きの日は訪れた。今こそ全人類が、永遠に炎が消える事のない地獄のへと投げ入れられて、その魂を千年間焼かれ続けて、罪を浄化されて天の国へとのぼる時が来たのだ……われは今日この日、この時より、なんじらを裁く唯一の裁判官となる事をここに宣言する」


 ヤハヴェは両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、世界中に響き渡るような大きな声で語りかける。表現は詩的で回りくどかったが、ようするに今から全人類を皆殺しにすると言っているのだ。

 現世での救済を期待する者が聞いたら卒倒するレベルの発言だ。死刑宣告に等しい。


「地獄のふたが開き、全世界に大きな災いが訪れる……」


 これから全人類が死ぬクラスの大災害が起きる事を前もって予告する。


「……死ぬがよい」


 死を宣告する言葉を発すると、スゥーーッと姿が薄れて消えていく。

 数秒が経過すると、さっきまで幻影が映し出されていた空に、黒い穴のようなものがポッカリとく。そこからハエの大群に見える物体がブゥーーーンと飛び出してきた。


「ああ……あれはッ!!」


 望遠鏡で遠くを眺めていた村の男性が、空を飛ぶ虫の大群を目にして大きな声で叫ぶ。


 黒い穴から出てきたもの……それはバッタの群れだった。

 サバクトビバッタと呼ばれる、深刻な蝗害こうがいを引き起こす虫の一種であったが、黒一色に染まっていたためパッと見ではゴキブリにも見える。


 十万匹をえるバッタの大群が空を覆い尽くし、太陽光をさえぎったため、その光景を目にした村の住人達は世界の終わりが訪れたのだと確信を抱く。


 バッタの群れは出現した空からゾアル村に向かってブブブッと羽音を立てて飛んでいく。数分とたないうちに村のそばまで到達する。

 村の中まで侵入すると、一番近くにいた村の若い男性めがけて突進する。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」


 男は悲鳴を上げて逃げようとしたが、バッタの群れは彼を洪水のようにみ込む。男が呑まれた瞬間『ボッ』と何かがぶつかるような音が鳴った。


 ……虫が通り過ぎた後に残されていたのは、かつて彼であったと思しき白骨化した死体だけだった。肉も皮も内蔵も残らず、文字通り骨だけになった。バッタが彼を食べ尽くしたのだ。

 むろん本来サバクトビバッタは人肉を食べたりなどしない。神が魔法で生み出したモンスターのバッタだからこそ、そのようにするのだ。


 ただ村の男性は虫の大群に呑まれて一瞬で骨だけになったため、食べられたというより、体当たりを受けて肉をけずり落とされたという表現の方が適切なように思えた。


「ひっ……ひぃぃぃぃいいいいいいいいっ!!」


 男性が白骨化した死体になった光景を目にして、他の村人達が情けない悲鳴を漏らす。獰猛どうもうな人食いバッタの群れから慌てて逃げようと家の扉に向かって駆け出したが、バッタはえさに食らい付くピラニアのように彼らに襲いかかる。一人たりとも逃がしはしない。

 バッタの大群が人を呑み込むたびにボッ、ボッと衝突音のようなものが鳴り、虫が通り過ぎた後に白骨死体だけが残る。その光景はまさしく悪夢そのものだ。


 数名の村人が木造の家に逃げ込むと、バッタの群れは家の壁に向かって直接体当たりする。木で出来たものは壁であっても家具であっても一瞬で食べ尽くされ、家はあっという間に丸裸にされる。むろん中にいた人はすぐに餌食えじきとなる。

 石造りの家に逃げ込んだ者も、扉が木造であったためにそこをブチ破られて侵入される。扉が頑丈な鉄製であった倉庫に逃げ込めた者だけが被害をまぬがれた。


 村人が一人、また一人と犠牲になる中、十歳くらいの幼い少女が、足が悪い母親の手を引いて村の外を目指して走っていた。だが途中で手が離れてしまい、母親が道端に転ぶ。娘も手が離れたショックで前のめりにコケてしまい、互いに数メートル離れたまま転んだ状態となる。

 その時、虫の大群が母親めがけて飛んできていた。


「お母さんっ!」


 娘が慌てて上半身を起こし、母親の元へと駆け寄ろうとする。


「サリアっ! こっちに来ちゃダメ!!」


 母親が大きな声で娘の行動を制止する。

 次の瞬間バッタの大群が彼女を呑み込んだ。


「サリア……逃げ……て……」


 娘に逃げるよう言おうとしたが、途中で言葉が切れる。『ボッ』と音が鳴って虫の大群が通り過ぎると、後には白骨化した死体だけが残された。


「いっ……いやぁぁぁあああああっ! お母さんっ! お母さぁぁぁぁぁああああああああんっ!!」


 母親がバッタの餌食えじきとなった光景を見せ付けられて、娘が大声で泣き叫ぶ。かけがえのない大切な家族を一瞬で食べ尽くされた事実に頭が真っ白になり、のどれんばかりの大声で泣く。この世の終わりを見たようにいつまでも泣き続ける。


 バッタはある程度の距離まで進んだ所で向きを変えると、今度は娘に向かって飛んでいく。そのまま彼女を捕食しようとする。


「神様、助けてぇぇぇぇぇええええええええっ!!」


 少女が天に向かって祈る言葉を大きな声で叫んだ瞬間……。




 村の中心にある広場に一筋の雷が落ちて、ドォーーーン! と大きな爆発音が鳴る。モクモクと煙が立ち込めて、広場一帯が見えなくなる。何が起こったのかは分からない。

 バッタの群れは何やらただならぬ気配を感じて、少女に触れる寸前でピタリと止まる。雷が落ちた方角を、警戒するように全てのバッタが振り返る。


 やがて広場を覆っていた煙が消えてなくなると、そこに一人の男が立っていた。


「よくも……よくもこうも簡単に、人の命を踏みにじってくれたな。許さん……お前達、絶対に許さんぞ!!」


 頭に悪魔のツノを生やして純黒のマントを羽織はおった銀髪の男性が、怒りをあらわにする。人の命をアリを踏み殺すように蹂躙じゅうりんしたバッタどもの蛮行を心から許せない気持ちになり、湧き上がる憤激のあまり脳の血管がはち切れそうになる。


 言うまでもなく、その者は異世界から来た魔王ザガートだ。ゾアル村がバッタの大群に襲われたと聞いて、慌てて駆け付けてきた。


「虫けらども、一匹残らずこの世から駆逐してやる!!」


 ザガートは眉間みけんしわを寄せて目をグワッと見開いた阿修羅の顔になると、人食いバッタを根絶やしにすると宣言するのだった。

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