第24話 謎の襲撃者
(フーーム……)
ザガートが顎に手を当てて物思いに耽る。一向に減る気配が無い敵を前にして、どうすべきか考える。
彼自身、ここまでスライムの数が多いとは予想しておらず、相手の規模を見誤った認識の甘さを嘆く。一刻も早く戦いを終わらせる為に、全体魔法で勝負を付けるしかないという結論に達する。
火炎龍嵐を唱えれば一掃するのは簡単だが、それでは森まで焼いてしまう為思い留まる。スライムだけを正確に狙い殺す魔法が理想的だと判断する。
眉間に皺を寄せて気難しい表情になりながら考え込んだが、やがて答えが見つかったように正面に右手をかざす。
「地より生まれし者腐れ落ち、大地に還らん……致死風ッ!!」
呪文を唱えると、男の指先から黒い霧のような靄が放たれた。
空気感染型バクテリアの集合体である黒い霧は、スライムにまとわり付くと高速で分解する。最初の一体がドロドロに溶かされた液体になって蒸発すると、他の個体へと襲いかかる。
「GYAAAAAAAaaaaaaa!!」
「ABAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!」
「DOBEBEbebebe!!」
声にもならない声が樹海に響き渡る。スライムの断末魔の悲鳴が幾重にも重なり、死のハーモニーを奏でる。
スライムも菌の一種だが、暗黒魔法で生成された『それ』には到底太刀打ちできない。触れれば一瞬で溶かされて、ただの液体になる。
三百体ほどいた魔物の群れは、一分と経たないうちに片付けられた。オークと違って最初から骨が無いため、文字通り跡形も残らない。
(死体を回収できないのでは、生命創造に不向きか……)
一切痕跡を残さずに消え去ったスライムを見て、ザガートは彼らを使役できない事を残念がる。魔物が溶けた場所の土を手ですくい上げてみたものの、気体となって蒸発してしまっており、一滴も染み込んでいない。
「ザガート!」
「ザガート様っ!」
敵が一掃されたと確信して、レジーナとルシルが男の元へ駆け寄ろうとした。
「ムッ……二人とも、そこを動くなっ!」
ザガートが異変を察知して、慌てて二人に忠告する。
男の言葉を聞いて、二人がビクッと驚きながらその場に立ち止まる。
「この森に、俺達以外にまだ誰かいる! そいつは俺に敵意を向けている! 戦いはまだ終わっていない!!」
魔王が言葉の真意について説明する。スライムは片付けたものの、この森にはまだ何者かが潜んでおり、その者は魔王の命を狙っているという。
二人を遠ざけたのは、敵が明確に自分だけを狙っているため、一対一の勝負に持ち込んだ方がやりやすいとの判断からだった。
気配を感じたものの、敵の姿を視界に捉える事が出来ない。いくら目を凝らしても、見渡す限りの大きな樹海が広がっているだけだ。時折風が吹くたびに木の枝がカサカサと揺れる音が、気配の探知を邪魔する。
このままでは埒が明かず、探知の魔法を使おうかと考え出した時……。
「……ムッ!?」
殺気を感じて、男が慌てて後ろを向く。それと時を同じくして、彼から十メートル離れた先にある木の枝から、キラリと光る何かが放たれた。
その物体は男の顔面めがけて一直線に飛んでいく。男はそれを素手で掴んで止める。
「これは……!!」
自分に向けて投げられた武器を見て、魔王が一瞬驚いた顔をする。彼はその武器についてよく知っていたからだ。
それは彼が元いた世界において、ニンジャが使う『くない』と呼ばれた武器だ。飛び道具としても、近接戦の武器としても、様々な用途に使える便利な忍具だ。くないが存在する事実は、この世界にもニッポンのような国があり、忍者がいた事を簡潔に分からせた。
くないが発射された木をザガートが睨むと、木の枝の茂みからヒュンッと何かが飛び出す。動物のチーターくらいの大きさをした茶色い物体は、木の枝から枝へとジャンプする。それを何度も繰り返す。体重が軽いせいか、枝は上下に揺れるだけで折れたりしない。
謎の物体は目にも止まらぬ速さで動いており、姿を正確に捉える事が出来ない。猫科の動物のように見えたが、猿のようにも見える。
そうして森の中を軽快に駆け回りながら、ザガートに向けてくないを何度か発射する。男はそれを手刀で叩き落とす。
(的を絞られぬよう一箇所に留まらず常に動きながら、相手の射程外から飛び道具での牽制……なかなか出来る。だが……甘いッ!!)
相手の狙いを読み取り、巧みな戦術に魔王が感心する。一方で追い詰められた事への焦りは微塵も無く、ニヤリと口元を歪ませる余裕すら見せた。
「小手先の戦術では、俺には勝てん! 風の精霊よ、盟約に基づき敵を狙い撃て……追尾魔法ッ!!」
強気な台詞を吐きながら、攻撃呪文の詠唱を行う。男の手から空気を圧縮した塊らしき透明な球体が放たれて、敵に向かって飛んでいく。
謎の敵は必死に逃げ回ったが、風をまとった弾丸は何処までも相手を追う。途中で木にぶつかっても、そのまま木を貫通してブチ抜く。やがて標的に命中すると、風船が割れたようにバァンッ! と音を立てて破裂した。
「うわああああああああっ!」
魔法の矢をぶつけられた何者かが、大声で叫びながら木の枝から転落する。大の字になりながらうつ伏せに地面に激突して、車に轢かれたカエルのようになる。
「ううっ……」
呻き声を漏らしながら、手足をピクピクさせた。全身を強打した痛みが大きかったせいか、その場から動こうとしない。時折痛みに悶えるように体をよじらせる。
「これは……!!」
敵の正体を見ようと駆け付けたザガート達が、驚きの言葉を発する。
魔王を襲ったのは醜悪な魔族でもなければ、森に棲む野生の猿でもなかった。
身軽に動ける服装をした、人間の子供だったのだ。ただ少年か少女か、一目見ただけでは判別できなかった。




