第231話 漢(おとこ)の遺言
「……こうして俺はアランの仲間になったってワケさ」
バルザックはそう言って、自分が勇者パーティに加わった経緯を語り終える。
「魔竜王との戦いは悪くなかったぜ。仲間との絆とか、力を合わせるだとか、そんなのとは無縁の生き方をしてきた俺が、ガラにもなくチームワークに目覚めちまった。実際魔竜王ってヤツは五対一でようやくまともにやり合える強さだった。アランが世界最強っつったのは誇張でも何でもなかったワケだ。俺も何回か死を覚悟しちまった」
勇者の語った言葉が決して誇張では無かった事、魔竜王との戦いに勝つためにパーティメンバーと協力した事……それらの事実を明かす。
「だが魔竜王を倒して世界が平和になると、俺はまた戦う相手がいなくなっちまった。やる事が無くなったんで、ひとまずアランとの再戦を目指してトレーニングを重ねる日々を送っていたら、なんかいきなり世界が滅びちまって、こっちの世界に飛ばされて、神サマに魔王を倒せと命じられた。そんで今に至る…‥ってワケさ」
魔竜王を討伐したら目的を見失った事、体を鍛えていたら世界が滅亡して、第七世界に飛ばされて、ザガート一味と戦う流れになった成り行きを伝える。
「魔竜王とアラン以外に俺をワクワクさせるヤツはもういねえと思ってたが、とんだ思い違いだったぜ。こっちの世界に来てから出会ったヤハヴェという人類創った神サマも、異世界の魔王ザガートも、とんでもねえバケモノだった。世界は広いな。いや広いもなんも、そもそも別の世界なんだが……こまけぇこたぁ気にするな」
第七世界に降り立って出会った二人の戦士の名を挙げる。新たな強者との出会いに胸を躍らせた事実を感慨深げに口にする。
「そしてアンタだ……不死騎王ブレイズ。俺とアンタはこの空間で出会っちまった」
不死騎王との出会いが彼にとって特別なものとなった事を匂わせる。
「勝負の形は一通りじゃねえ……いろんな相手がいて、いろんな戦いがある。アラン、ヴェルザハーク、ヤハヴェ、ザガート……どいつと戦っても、それぞれ違う展開になって、違う終わり方をした。同じ展開になった勝負は一つとしてありゃしねえ」
これまでの強者との戦いを振り返って、同じ内容になったものは一つも無いと明かす。
「だがな、ブレイズ……アンタとの勝負は別格だ。アンタとやり合うのはこれまでに無い喜びがあった。同格の力を持つ戦士同士が、互いに最高の技をぶつけあって、どちらかが先に潰れるまで延々と殺し合う……それを何時間も、何百時間もやるんだ。楽しくねえワケがねえ。いくら酒を飲んでも無くならねえ杯から、それでも酒を飲み続けるような、そんな感覚を味わったぜ」
不死騎王との戦いが大きな喜びに繋がったと教える。短時間で勝敗が決まるのではなく、あえて勝ち負けが決まらないまま何十日も戦い続けたのが良かったのだという。
「これまで満たされた事の無い渇きが満たされたような、そんな感覚があった。気付いちまったのさ。ああ、これが俺が本当にやりたかった戦いだったんだ、ってな。感謝するぜ……アンタは俺の人生に喜びを与えてくれた」
この戦いが彼にとって理想形だった事、それを味あわせてくれた目の前の敵に深く感謝する。
『こちらこそ、改めて礼を言わせてもらう。これほど良き相手と出会えた事を、それがしは生涯忘れる事は無いと神に誓おう』
ブレイズもまた感謝の言葉を口にする。彼にとっても狂戦士との戦いが特別なものとなった事、自分と互角に渡り合った猛者の存在を決して忘れる事は無いと、強い口調で約束する。
「嬉しい事……言ってくれるじゃねえ……か」
騎士の言葉を聞いてバルザックは満足げにニッと口元を笑わせると、ガクッと力尽きて息絶えた。出血多量により命を失ったものの、その死に顔はやりたい事を成し遂げてスッキリしたように穏やかだった。
『……』
宿敵の最後を見届けてブレイズはしばし黙り込む。勝利の喜びに歓声を上げたりもしなければ、宿敵の死を嘆き悲しんで嗚咽を漏らしたりもしない。嵐が過ぎ去った静けさに空しさを感じたように、ただ茫然と立ち尽くす。
しばしカカシのような棒立ちになっていたブレイズだったが、やがてバルザックの元へと歩きだす。動かなくなった死体の前に立つと、その場に膝をついて安らかな死に顔をじっと眺める。
(バルザック……願わくば、貴殿とは同じ世界で生まれ、出会いたかった。そうすれば我らはもっと早くに出会い、良き仲間となれただろう)
狂戦士と別の形で出会いたかった思いを胸に抱く。似た者同士であると感じたゆえに、敵としてだけでなく、仲間としても良好な関係を築けたかもしれないと考え、それが実現しなかった事を深く残念がる。
今はただ、そうならなかったのを仕方のない事だと自分に言い聞かせた。
『宿敵よ……今は安らかに眠れ!!』




