第23話 スライムとの戦い
新たな目的地である村を目指して樹海に足を踏み入れた三人……だがそこに魔族の群れが立ちはだかる。明らかな敵意を持った、半透明に青く透けたゼリー状の物体を、ザガートがスライムと呼ぶ。
スライムはざっと見ただけで二十体はいたが、尚も後方から続々と増援が駆け付ける。その数は瞬く間に三十体を超える。
ザガート達を獲物と見定めたようにジリジリと距離を詰めていく。
「BUBBAAAAAAAaaaaaa!!」
やがて魔物のうち一体が奇声を発しながら飛びかかる。更に別のもう一体が数秒遅れて彼の後に続く。
「業火よ放て……火炎光矢ッ!!」
ルシルが先頭の一体に両手のひらを向けながら魔法の言葉を唱える。すると手のひらから煌々と燃えさかる火球が放たれてスライムに命中する。
「ZGYAAAAAAAAaaaaaaaa!!」
火の玉が直撃したスライムが悲鳴を上げて悶え苦しむ。高熱の炎で焼かれて水分が蒸発し、影も形も残らず消滅する。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
レジーナが勇ましく雄叫びを上げながら二体目のスライムに斬りかかる。何としてもルシルに負けてられんと血気盛んに息巻く。
両手で握った一振りの剣を横薙ぎに振って、魔物を一刀両断する。
剣で斬られたスライムが二つに分かれて地面に落下する。だが……。
「何ッ!?」
次の瞬間起こった出来事に、王女は我が目を疑う。
二つに分かれたスライムの体が再生して、それぞれ別の一体として動き出したのだ。
「気を付けろ! スライムはゴブリンと並ぶ最弱の魔物だが……剣で斬れば分裂するッ!!」
ザガートが仲間に警告を発する。ゼリー状の魔物の恐るべき特性を教えて、同じ過ちを繰り返さぬよう釘を刺す。
「くっ……それではこの戦い、私は何の役にも立てんじゃないか!!」
魔王の忠告を受けて、レジーナが地団駄を踏んで悔しがる。この戦いに際して一切勝利に貢献できない事実に、腹立たしさのあまり割れんばかりの勢いで歯軋りした。
彼女は魔法を発動する指輪を受け取っていない。それはひ弱な村娘であるルシルと違い、元から戦う力を持っていた事によるものだが、スライムとの戦闘において裏目に出る結果となる。
「火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ!」
ルシルが火球を連続発射して、スライムを片っ端から焼き払う。低威力の一撃でも確実に仕留められる為、魔力を増幅する詠唱をすっとばす。
ザガートも手と足に炎のオーラを纏わせ、キックとチョップで敵を片付けていく。レジーナは敵を倒す手段が無いため、見ている事しか出来ない。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
やがてルシルが激しく息を切らす。額から滝のように汗が流れ、表情に疲労の色が浮かぶ。手足が震えてまともに立っていられなくなり、ガクッと膝をついてうなだれた。指輪の魔力が無限でも、呪文を唱える彼女の体力が尽きかけた。
既に五十体近く敵を仕留めたというのに、一向に減る気配が無い。それどころかどんどん数が増えている。むろん分裂して増えた訳ではなく、森の彼方から駆け付けた増援が、だ。
「……何という事だ」
その時目にした光景に、王女は背筋が凍り付いた。
この森に棲まうスライムの総数が二百匹……いや三百匹を超えたのだ。それらがザガート達を四方八方から取り囲む。
何処にも逃げ道など無い。この見るからに醜悪なゼリー状の怪物共は、極上の獲物を必ず喰らうのだと舌なめずりするようににじり寄る。
「FUNNNNnnnn!!」
やがて一行を包囲するスライムのうち一体が、疲労困憊したルシルめがけて水滴のようなものを飛ばす。
「危ないっ!」
レジーナがルシルを庇おうとして咄嗟に彼女の前に立つ。水滴は鎧で覆われていない左脚の太腿に命中し、ジュッと肉が焦げる音が鳴る。
「ぐああああああああっ!」
王女が悲痛な声で叫びながら悶える。太腿に湧き上がる激痛に顔を歪ませながらのたうち回る。
水滴が触れた箇所は肉が焼け爛れており、鼻をつくニオイと共に白煙を立ち上らせた。
スライムが飛ばしたのは強酸性の液体だった。それは彼らの体を構成する主成分でもあるようだ。
「王女様、大丈夫ですかっ!」
負傷した王女を心配してルシルが慌てて駆け寄る。急いで癒しの呪文を唱えると、酸で溶けた傷口がみるみるうちに塞がり、攻撃を受ける前の状態へと戻る。それでも痛みを受けた記憶が消えて無くなる訳ではない。
「私なんかのために……」
思わずそんな台詞が口を衝いて出た。自分を庇って強酸の餌食となった仲間に負い目を感じたあまり、目から涙が溢れ出す。
「良い……これで良いんだ。攻撃役として戦闘に参加できない以上、肉の壁となって仲間を守るぐらいしか、私にやれる事など無い。僅かでも誰かの役に立てたなら光栄だ」
レジーナがニッコリ笑って言葉を返す。深く責任を抱いた少女に、気にするなと言いたげに優しく微笑みかけた。
(……レジーナさん)
気遣いに満ちた王女の態度に、ルシルは感激で胸がいっぱいになる。思わず泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
出会って間もない頃、彼女の事を警戒した。愛する人を取られるのではないかと心の中に不安を抱いた。ザガートが自分よりも王女を気にかけているのではないかと感じて、彼女に嫉妬した。
だが今、彼女は危険を顧みず、身を呈して自分を助けたのだ。一途に仲間の身を案じる献身的な行動に、ルシルは彼女にわだかまりを抱いた事を深く恥じた。
恋のライバルには違いない。だがそれでも彼女と良好な関係を築いたいと願う。
あわよくばどちらかが獲物を独占する事なく、仲良く分け合う事が出来れば良いと……そう思わずにいられなかった。




