第229話 刀はもう一振りあるッ!
(ムラマサ程の刀でも耐えられなかったか……いやむしろあの男の強度を考えれば、これまでよく持った方か)
不死騎王が手元にあった折れた刀をじっと見る。鋼の肉体にぶつかり続けて限界を迎えた事を深く残念に思いながらも、それを仕方のない事だと自分に言い聞かせた。
しばらく今後について思い悩んだようにその場に立っていたが、やがて何を思い付いたのか、手元にあった刀をポイッと投げ捨てる。
「大した実力だったぜ……だが残念だったな。いくら血管まで刀が届いても、刀が折れちまったんじゃあ、どうしようもねぇ」
バルザックが、自身に傷を付けた男の力量を褒め称える。それと同時に、武器を失ったゆえに手詰まりになった事実を指摘する。
刀で斬られた傷口を布で止血したりはしない。そのままでも命に別状は無いと考えたのか、自然に血が止まって固まるのに任せる。
少しの間片膝をついて疲労が回復したのか、剣を両手で握ってゆっくり立ち上がる。
「さて、どうするよ。このまま諦めちまうのかい? まさか素手でやり合おうってんじゃあ、無ぇよな」
狂戦士が今後の方針について問いかける。武器を失った相手がこれからどう戦うつもりなのか、意思確認を行う。
『……素手でやる必要など無い』
不死騎王が男の皮肉交じりの問いに小声で答える。
騎士の口から発せられた言葉は静かながらも気迫を感じさせるものがあり、勝負を捨てていない意思が明確に伝わる。
ブレイズは自身の真横に生まれた空間の裂け目に右手を突っ込むと、そこから鞘に収まった一振りの刀を取り出す。鞘から刀を引き抜くと、用済みになった鞘を地面に放り投げる。
『それがしの愛刀ムラマサは……もう一振りあるッ!』
そう大きな声で告げると、刀の柄を両手で握って構える。
……それはブレイズがザガートの配下になる誓いを交わした時、彼から予備の刀として渡されたものだ。もし万が一自分と同じような強敵と戦い、再び刀が折れた時、手詰まりにならないようにという配慮から渡された。
(よもや我が主は、いずれこうなる日が来るかもしれないと考えて、この刀を託されたのか……だとしたら何という慧眼ッ!)
不死騎王は主君の未来を見通す能力の高さに心から敬服する。もしそれが無かったら、以前と同様に刀が折れた時点で敗北を認めなければならない所だった。
『そしてバルザックよ……貴殿にも礼を言う。これ程までに充実した戦いを楽しめたのはこれまでに無く、この先も無いであろう』
今度は目の前の敵に感謝の気持ちを伝える。彼との死闘がとても素晴らしいものだったと深く感動しており、それを味あわせてくれた相手の強さに敬意の念を抱く。
『狂戦士バルザック……たとえこの先千年が経とうと、それがしがその名を忘れる事は決して無い!!』
宿敵の名を永久に胸に留める意思を告げると、刀を両手で握ったまま敵に向かって一直線に駆け出す。前に進むにつれてスピードが加速していく。
『断滅奥義……虚空閃ッ!!』
技名を口にした瞬間、不死騎王の姿がフッとワープしたように消えた。
一陣の突風がバルザックの真横を吹き抜けると、彼の脇腹の傷にドガガガガッと斬撃が命中したらしき衝撃が伝わる。彼から数メートル離れた大地に刀を振り終えた構えのブレイズが姿を現す。
両者は技が終わった直後のまま動かない。その状態で数秒が経過した後――――。
「ぐああああああああああっ!」
バルザックがこれまで発した事の無い悲鳴を上げる。それが引き金となったように彼の脇腹の傷が大きく裂けて、そこから真っ赤な血が噴水のように吹き出す。
男の手からポロッと剣が零れ落ちると、朽ちた大木のように後ろ向きに倒れていって、ドスゥーーーンッと大きな音を立てて地べたに倒れた。その衝撃で大地がグラグラと揺れる。
……それは誰の目から見ても勝負を終わらせる一撃となった。
大の字に倒れた男の脇腹からトマトジュースのような血がとめどなく溢れだす。傷口は即死させるようなものではないが、とても治療が間に合うレベルではなく、数分が経てば死に至る事は間違いない。
「ヘヘヘッ……どうやら俺の負けみてえだ。だが悪かぁねえ。むしろ最高の気分ってヤツだ」
バルザックが天を仰いで倒れたままニッコリ笑う。これから間違いなく死ぬというのに、その事を気にかける様子が全く無い。それどころか長年の宿願をやり遂げたようなスッキリした笑顔になる。あたかも全力を出し切って競技をやり終えたスポーツマンのようだ。
『何故笑う? 貴殿は死を恐れていないのか?』
満足そうな狂戦士の表情にブレイズが疑念を抱く。敗北したにも関わらず楽しそうに笑う彼を見て、何故笑うのかと真意を問い質す。
「ヘッ、今更死なんか恐れるタマかよ。俺はな、ブレイズ……アンタのような強者とやり合えたら、それだけで満足だったのよ。その結果相手を殺すも、相手に殺されるも、俺にとっちゃどっちも同じ事だ」
狂戦士が不死騎王の疑問を鼻で笑う。彼にとって勝ち負けなど大きな問題ではなく、納得のいく勝負をやれたかどうかが重要なのだという。
「誰かを守るだとか、世界の平和だとか、俺には全く興味無ぇ。俺は俺と互角に渡り合える強者と戦うために、そのためだけに勇者の旅に同行したのさ……」
そう告げると、バルザックは自身の身の上話を語りだす。




