第227話 互いの奥義
……地面に埋まったまま考え事に浸っていたブレイズだったが、このまま考えていても埒が明かないと冷静に思い直す。力を振り絞って立ち上がると、体中に付いた泥と砂を左手でパンパンッと叩いて払う。相手の方に向き直ると、右手に持っていた刀を両手で握り直す。
(一撃で傷が付かぬのなら、傷が付くまで何撃でも加えるのみ!!)
相手の命を奪うまで何度でも斬る決心を固める。根気強く鋼の肉体を斬り続けていれば、いつかは致命傷を与えられるだろうと思い立つ。
今後の方針が決まると、大地を強く蹴って敵に向かって駆け出す。さっきと同様に相手の脇腹を斬る算段だ。
「……そう来ると思ったぜ」
不死騎王の行動を目にしてバルザックがニヤリと笑う。邪悪な企みをした悪魔のようにククッと声に出す。この流れは彼にとって予測済みだったようで、想定通りの展開になった事に胸を躍らせた。
狂戦士は剣の柄から左手を離すと、手のひらを正面に向ける。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呪文のような言葉を唱えだす。
「地獄の鎖よ、我が敵を捕縛せよ……鮮血鉄鎖ッ!!」
魔法名らしき言葉を大声で叫ぶ。すると不死騎王の真下にある大地に円形の魔法陣が浮かび上がり、そこから血のような赤色をした六本の鉄製の鎖が飛び出す。
鎖はブレイズの体にグルグルと蛇のように巻き付く。そのままガッチリと固定して、獲物を捕らえたように離そうとしない。
(何ッ!? この男、まさか呪文を……)
狂戦士が魔法を使用した事に不死騎王が驚きを隠せない。パワー偏重主義だと思っていた男が高度な呪文を使用した事実に虚を突かれた思いがした。
不死騎王は鎖を力ずくで振りほどこうとしたが、彼の怪力を以てしても鎖を破壊するのは容易ではない。それもそのはず、『鮮血鉄鎖』の強度は術者の腕力に比例するのだ。狂戦士の方がパワーで上回っていれば、鎖を外せないのが道理だ。
不死騎王が術を解けないのを見て、バルザックが千載一遇の好機とみなす。
この機を逃すまいと右手に持っていた剣を両手で握り直すと、剣先を地面に付けた状態で構える。そのまま力を溜め込むように数秒間固まった後、両目をグワッと見開く。
「大地よ割れろ……龍爪羅刹斬ッ!!」
技名らしき言葉を大声で叫ぶと、地面に下ろした剣をスイングするように豪快に振り上げた。ブォンッ! と風を切る音が鳴ると、剣を振った地点から一陣の突風が吹き抜ける。風が通り抜けた場所の大地が二つに割れて、巨大な底無しの裂け目が出来上がっていく。技名の叫び通りに、剣から放たれた風圧で大地を割ったのだ。
風は鎖で縛られて動けないブレイズが立っていた場所を通り抜ける。そのまま彼の真下に底無しの裂け目が生まれる。
『うおおおおおおおおッ!!』
魔法の効果である鎖は消えて、ブレイズは真下に生まれた裂け目へとなす術なく落ちていった。裂け目は本当に底無しだったらしく、いつまで経っても地面に激突した音が鳴らない。「ウオーーーッ、オーーーッ、オーーッ」という悲鳴が反響しながら何度も鳴るだけだ。その声も次第にフェードアウトして、最後はピタリと止む。
不死騎王が穴に落ちて数秒が経過したが、裂け目から出てくる気配は無い。ただ渇いた荒野の風が吹き抜ける音がビュウビュウ鳴るだけだ。
「まさかこれでオシマイってこたぁ……ねえよな?」
敵が大地の裂け目に呑まれた姿を見て、狂戦士が呟く。彼にとって渾身の大技であったと思われる一撃だが、勝利を確信してはいない。むしろ相手がこの程度で死ぬはずは無いという臆測すら抱いた。
男の期待に応えるように、大地の裂け目からブレイズと思しき人影がカエルのようにジャンプする。裂け目から離れた場所にスタッと着地すると、狂戦士の方に向き直る。右手にはしっかり刀が握られており、深手を負った様子も無い。
「……そう来なくっちゃ」
不死騎王が無事だった姿を見て、バルザックがニタァッと口元を歪ませた。相手の生存を心から歓迎しており、まだ死闘を楽しめる喜びに胸を躍らせてワクワクさせた。
この男は本気で相手を殺しにかかって尚、互角の勝負を続けたいのだ。一見矛盾したように見える発想は彼が戦闘狂ならばこそだ。
『龍爪羅刹斬……見事な技であった。もし食らったのが生身の時のそれがしであったなら、今の一撃で確実に命を断たれただろう』
当の不死騎王は自身を奈落に突き落とした技の威力に感嘆する。命を奪われこそしなかったものの、大地を割った剣の風圧はまことに驚嘆すべきものがあり、それを繰り出した男の怪力を素直に称賛する。
『ならばそれがしも、この技を以て貴殿の思いに応えよう!!』
そう叫ぶや否や、右手に握った刀を天高く掲げる。刀の切っ先は騎士の真上にある空を指している。
『冥王剣……剣ノ雨ッ!!』
技名らしき言葉を叫ぶと、バルザックの頭上にある空に魔力と思しき青い光が集まっていって、一つの大きな塊が出来る。次の瞬間、そこからオーラで出来た青い光の剣が、真下にいるバルザックめがけて雨のように降り注ぐ。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーッ!!」
何十本、何百本と降り注ぐ剣の雨を浴びて、バルザックが大きな悲鳴を上げる。剣はドガガガガガガッと音を立てて地面に突き刺さり、モクモクと煙が立ち上る。男の姿が煙に隠れて見えなくなる。
剣の発生源である魔力の塊は時間とともに小さくなっていって、やがて完全に消えてなくなる。それに伴い剣の落下がピタリと止む。男がどうなったかは分からない。




