第224話 勝ちは勝ちじゃ
ツェデックに魔法が効かない理由……それはあらゆる魔法属性を無効にする『属性変化』と呼ばれる技によるものだった。弱点属性を見抜く能力が無ければ、永久に攻撃魔法を当てる事は叶わない代物だ。
鬼姫は魔法が一切通じないと分かると、魔法での戦いを捨てて剣一本の戦術に切り替える。物理攻撃による肉弾戦で相手を仕留める事を固く決意するのだった。
ツェデックは相手が肉弾戦で攻めてくるのを警戒したのか、数歩後ろに下がると両手で印を結んで魔法の言葉を唱えだす。
「時よ、加速せよ……速度強化ッ!!」
魔法名を口にすると男の全身が青いオーラのような光に包まれた。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーーっ!!」
女は老人が補助魔法を唱えても気にせず突っ走っていく。両手で握った刀を縦に振って相手に斬りかかろうとした。
刃が触れようとした瞬間老人の姿がワープしたようにフッと消える。残像を残しながら大地を滑るように高速移動して、一瞬で女の背後に回り込む。
空間の裂け目から木の杖を取り出すと、それを右手に握って構える。
「業火よ放て……火炎光矢ッ!!」
相手に杖の先端を向けて攻撃呪文を唱えると、杖から放たれた火球が女の背中を直撃する。ボンッ! と火球が引火したガスのように爆発した音が鳴り、魔法が命中した箇所の衣服が一瞬で焼け落ちて、中にある皮膚を黒く焦がした。
「ぐああああああっ!」
皮膚を焼かれた痛みに鬼姫が悲鳴を上げて体をのけぞらせた。深手を負った訳ではないが、それでもかなりの激痛を与えられただろう事は想像に難くない。
火炎光矢は本来初歩の魔法だが、それでも最強の魔道士が唱えるものはかなりの高威力だったようだ。
「馬鹿め! 速度強化を唱えた今のワシは普段の十倍の速さじゃぞ!? お前さんが百回逆立ちしたって、一撃も当てられんわい!!」
ツェデックが女の判断を嘲笑う。補助魔法によって凄まじい速さになった事実を告げて、今の自分に物理攻撃は当てられないと自信満々に叫ぶ。
「弱者をなぶり殺しにするワシの死刑執行の技……とくとその身で味わうがいい!!」
死を宣告する言葉を発すると、鬼姫の周りを一定の距離を保ったまま円を描くようにグルグルと走り出す。音速を超える速さで走る老人の姿は目で追う事が出来ず、まるで彼女を中心として機械が高速で回っているかのようだ。ビュンビュンビュンッと風を切る音が鳴る。
「火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ!」
老人は円の中心にいる女めがけて攻撃魔法を連続発射する。威力を増すための詠唱をすっ飛ばして、数に任せた戦術に切り替える。全方位から絶え間なく放たれた火球が、ガトリングの弾のように彼女に襲いかかる。ドガガガガガガッと火球が直撃した音が石つぶての雨のように鳴り、煙がモクモクと立ち込めた。
「ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」
魔法の集中砲火を浴びて鬼姫が悲鳴を上げて悶える。一発だけでもかなりの激痛を伴う火球を雨のようにぶつけられて、とても正気を保っていられない。体に纏っていた衣服は穴だらけのシャツのようになり、火球が当たった箇所の皮膚が黒く焼ける。
「ああぁっ……あっ……」
情けない声を漏らすと、後ろ向きに崩れ落ちるように倒れる。仰向けに地べたに倒れると、手足を大の字にだらんとさせたままピクリとも動かない。白目を向いて口をポカンと開けたまま死んだように固まる。
死後硬直したのか、刀は右手にしっかりと握られたままだ。起き上がる気配は無い。
「死によったか……だが気を失っただけかもしれん。音を聞いて確かめるとしよう」
ツェデックは攻撃動作を止めると、鬼姫の方に左耳を向けて、聞き耳を立てるような仕草をする。
「フム……確かに死んだようじゃ。心臓は止まっており、呼吸もしておらぬ。内蔵も機能を停止した。ワシの耳はごまかせん……何しろワシの聴覚は聞き耳を立てた時だけ、常人の百倍になるのじゃからな」
女の心音を確かめた事、それによって間違いなく彼女が死んだのだと確信を抱く。
戦いは終わったと確信したためか、老人を覆っていた青いオーラの光が消えてなくなる。補助魔法の効果が消えて、素早さが等倍に戻ったようだ。
ツェデックは木の杖を地面にポイッと投げ捨てると、空間の裂け目から、木を切るのに使うギザギザ刃のノコギリを取り出す。それを両手で握ったまま女の方へと歩いていく。
「隷属契約を結ぶには、相手の体の一部が必要になる……お前さんの角の一本を頂くとしよう」
独り言を呟きながら倒れた鬼姫の前まで来て、地面に両膝をついた瞬間――――。
老人の首元をフッと一陣の風が吹き抜けた感触が伝わる。
首がカーーッと熱くなる感触を覚えた瞬間、首に横一本に赤い線が入り、そこから真っ赤な血が噴水のように噴き出す。
線が入った箇所が切断面となり、線から上の頭が横にズルリとずれて地面に落下する。
頭だけとなったツェデックが目にした光景……それは死んだはずの鬼姫が上半身を起こして、魔道士の首を刀で刎ね飛ばした姿だった。
老人の意識はそこで途絶えて、断末魔の悲鳴を上げる間もなく絶命した。
「我は妖怪の王じゃぞ……生きたまま心臓を止めるのくらい、わけない。我をニンゲンの娘と同じに見たのが間違いじゃったな」
鬼姫は相手の死を確信すると、刀を支えにしてゆっくりと立ち上がる。二本の足でしっかり立つと、刀をサッと横に振って刃に付着した血痕を振り払う。
彼女は身体機能を停止させて相手に死んだと思わせる事で油断を誘ったのだ。それが功を奏した形となる。正に生身の人間には出来ない芸当だ。
「相手の油断に付け込んで不意打ちで命を奪うなぞ、褒められた勝ち方とは言えぬかもしれん……敵の詰めの甘さに救われたようなものじゃ」
騙し討ちで勝利を収めた事への負い目を抱く。可能であるならば、正面から力勝負で勝ちたかった……そんな未練を覗かせた。
「じゃがまぁ……勝ちは勝ちじゃ!!」




