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第222話 きたない戦いだなぁ

「千の肉片に切り刻んでくれる!!」


 鬼姫は敵意をみなぎらせると、空間の裂け目からさやに納まった一振りの刀を取り出す。

 鞘から刀を引き抜いて両手で握って構えると、敵めがけて全速力で駆け出す。


 ツェデックは大の字に地べたに倒れていたが、呑気のんきに寝ている場合ではないと判断してすかさず起き上がる。二本の足でしっかり立ち上がって体勢を立て直すと、女の方を向いて攻撃に備える。

 鬼姫は近接戦の間合いに入ると老人めがけて斬りかかる。


「おりゃりゃりゃりゃーーーーーーーーっ!!」


 腹の底から絞り出したような雄叫びを発しながら刀をむやみやたらに振る。相手をバラバラの肉片に切り刻もうともくろむ。

 ヒュンヒュンヒュンッと音を立てて振られた刀をツェデックが紙一重でかわす。剣筋を読んでいるのか、素早さが圧倒的に上なのか、攻撃はかすりもしない。老人はまるでタコ踊りするような奇妙な動きをしており、真剣さが微塵も感じられない。圧倒的な力の差を鼻にかけて遊んでいるようだ。


「ヒョッヒョッヒョッ……遅すぎてあくびが出るのう」


 挑発する言葉が口から飛び出す。完全に女をおちょくっており、わざと相手を怒らせようと侮蔑の言葉を浴びせる。

 女は老人の挑発には乗らず、ただがむしゃらに刀を振り続けたが……。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 数分が経過すると刀を振る腕が止まる。全身からドッと汗が噴き出し、手足がガクガク震えて腕に力が入らず、背筋を曲げてうなだれたまま両ひざに手をつく。肩で激しく息をさせたまま疲れた表情になる。手に持っていた刀を地面に落としてしまう。

 スタミナ切れを起こした彼女は敵の真ん前だというのに動けなくなる。


 ツェデックは鬼姫が疲労困憊こんぱいしたすきを見計らい、彼女を両手でガバッと抱き締めると、間髪入れずくちびるにキスをした!!!


「んんんんんーーーーーっ!」


 女があまりの不快感に悲鳴のような声を漏らす。激しく体を動かして抵抗しようと暴れたが、ただでさえ疲れていた事もあり、老人の腕はビクともしない。万力まんりきで締め付けられたようにガッチリ固定されており、相手のなすがままにさせるしかない。

 「ぶっちゅう」と唇と唇が完全に密着しており、互いの肌の感触が相手に伝わる。


 鬼姫は内心死にたいと思った。ザガートのようなイケメンでなく、シワシワの老人と唇が重なり合い、腐った魚のような加齢臭が鼻に入ってきたからだ。この世の終わりを見たような深い絶望にまれた。目からは涙がこぼれ落ちる。


 それでもこのままではいけないと冷静な思考が働いて、力を振り絞って右足を動かすと、老人の股間にひざりを叩き込む。


「ぐおっ!」


 男の急所に強烈な一撃を叩き込まれて、ツェデックが苦痛に顔をゆがませた。女を締め付けていた腕の力がゆるんで、相手から両腕が離れる。慌てて数歩後ろに下がると、両手で股間を押さえたまま「おおおおっ……!!」と悶絶する。


「ふんっ!」


 鬼姫は間髪入れず男の腹に正拳突きを叩き込む。ドガァッと腹に拳が命中した音が鳴ると、男の両足がフワリと宙に浮く。


「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーッッ!!」


 足の底が地面から離れた瞬間、男がまたも滑稽こっけいな悲鳴を上げて豪快に吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がった挙句、最後はうつせに倒れたままピクリとも動かない。死んだ訳ではないはずだが、全くの無傷でもなさそうだ。


 鬼姫は空間の裂け目からびんに入ったワインを取り出すと、ふたを開けてグイッと口の中にそそぐ。ガラガラガラッとうがいをして口の中をれいにすると、ペッと地面に吐き出す。最後は着物のそでで念入りに口元をいて、ジジイにキスされた汚れを落とす。

 老人は寝っ転がったまま起き上がろうとしない。



「きたない戦いだなぁ」


 ……この勝負を見ていた第三者がいたら、そう言っただろう。

 鬼姫とツェデック以外この空間には誰もいないが、もし誰かに見られていたら、とても見るにえない醜悪な内容だ。


 あるいはヤハヴェがこの戦いを魔力によって見ていたなら、「イヤァーーーーッ!」と悲鳴を上げて頭を抱え込んで、泡を吹いて卒倒したかもしれない。人類を創造した神であるしゅはきたないものをおゆるしにならないのだ。



 ともあれ鬼姫が相手の出方をうかがうようにじっとしていると、地べたに倒れていたツェデックがムクッと起き上がる。両足で立ち上がって体勢を立て直すと、衣服に付いた砂ぼこりを手でパンパンッと叩いて払う。深手を負った様子は無い。

 老人は女の方を向くと、ニタァッといやらしい笑みを浮かべる。好みの女とキス出来た喜びに胸をおどらせたようで、まったく反省の色が無い。


「どうじゃ? ジジイのキスの味は……ワシの言いなりになる獣人奴隷になったあかつきには、もっと気持ちいい事をしてやるぞ。それこそワシの子をはらむような行為ものう……ヒヒヒヒヒッ」


 発情したオス馬のように下品な笑いをする。この精力をみなぎらせた老人は、女の姿をした獣人を妊娠させたというのだ。まるで女とエッチする以外に生きる楽しみが無いかのようだ。


 鬼姫はもはや怒りを通り越してあきれるしかない。何百年生きてきた中でここまでヤる事しか頭にない相手は今まで見た事がなく、彼と話していて良い事など一つも無いと落胆する思いに駆られた。


「……もういわ」


 うんざりした口調で語る。めんどくさそうな表情を浮かべて「はぁーーっ」とため息を漏らしながら、頭を手でボリボリく。一分一秒たりともこの男に関わりたくないような、そんな心情がうかがえた。


「ツェデックとやら……われは今日ほど自分の選択を後悔した日は無いぞ。魔王のヤツは能力的に適任者だと思って貴様にわらわをぶつけたようじゃが、敵の割り当ての時に他のヤツに変えるよう声を上げるべきじゃった。貴様のような性欲に足が生えて歩いてるだけのジジイの相手をさせられるのは金輪際こんりんざいお断りじゃ」


 別の相手と戦うべきだったと深く後悔した思いを口に出す。彼女にとってツェデックと関わった記憶は負の思い出でしかなく、一刻も早く抹消したい衝動に駆られた。


「くだらん茶番はこれくらいにして、さっさと勝負を終わらせよう!!」


 速攻でケリをつけて、この不毛な戦いを終わらせると宣言するのだった。

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