第220話 『鷹の目』の名が意味するもの
(見えてなければ……か)
なずみが発した言葉をレジーナが頭の中で反芻する。
明らかに見えてない場所からの奇襲に対応してみせたザムザの能力を、笠の切れ目から一瞬だけ覗かせた義眼らしき身体的特徴と照らし合わせて、彼の秘密を突き止められるのではないかと思いを巡らせた。
王女がふと空を見上げると、ザムザのペットである鷹が地上から十メートルの高さにある空を円を描くようにグルグルと飛びながら「ピーーヒョロロロロ」と優雅に鳴く姿が視界に入る。
それを見て王女の頭の中に一つの仮説が浮かび上がる。
「ルシル、あの鳥に攻撃魔法をブチ込んでくれッ!」
仮説が真実かどうか確かめようと思い立ち、空を指差しながら仲間に指示を出す。
王女の言葉を聞いてルシルがコクンと頷く。
「青き光よ、雷撃となりて我が敵を薙ぎ払え! 雷撃龍嵐ッ!!」
天に向かって手のひらをかざすと攻撃魔法を唱える。彼女の手のひらがバチバチッと音を立てて放電すると、そこから青く光る一筋の雷が空に向けて放たれた。
雷は空を飛んでいた鷹を直撃し、落雷に匹敵する高圧電流で焼き尽くす。
鳥の羽がチリチリに黒く焼けて、鼻をつくニオイとともに白煙を立ち上らせた。
「ギィィィェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」
鷹が化け物のような悲鳴を発して悶え苦しむ。飛ぶ力を失って地上に向かって落ちていったが、完全には死んでいないらしく途中で体勢を立て直してまた飛ぼうとした。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
レジーナが大声で叫びながら鳥に向かってジャンプする。相手と同じ高さに達すると剣を縦に振り下ろして獣を一刀両断する。
鷹は王女の一撃を受けて真っ二つになると、切断面から血を噴きながら地上に落下し、最後は物言わぬ死体になる。電撃では死ななかった鳥も今度こそ本当に息絶える。
「……ッ!!」
鷹が息絶えた途端、ザムザが急にうろたえだす。一瞬激しく動揺したように全身をわなわなさせた後、何かを探そうとするように周囲をキョロキョロ見回す。最後は動揺した事を相手に悟られまいと、慌てる動作をやめて落ち着きを取り戻す。
その後は何事も無かったように平然と立っていたが、自分からは攻撃を仕掛けようとしない。相手が攻めてくるのを待ち構えたように両手で刀を握ったまま、ただ静かに佇む。
レジーナは地面に落ちていた石ころを二個拾い上げて、ザムザめがけてヒュンヒュンッと一個ずつ順番に投げる。ザムザは最初の石ころを刀で叩き落としたが、二個目には反応せずビシッと当たってしまう。万全の状態の彼なら間違いなく反応したはずだ。
「……やはりそうか」
人斬りが二個目の石ころに反応しなかった姿を見て王女がニヤリと笑う。自身の中に湧き上がった仮説が間違いなく真実だったと確証が得られた。
「ザムザ……お前の両瞼に入っているのは本物の眼球ではない! 眼球を精巧に模して作られた、ガラス玉の義眼ッ! つまりお前は本来目が見えないんだッ! それを補うために何らかの方法によって鷹の視覚をお前に繋げていた! 鷹の目に見えているものが、お前の視界として映っていたんだ! 『鷹の目のザムザ』の名が表す通りに!!」
ザムザが盲目の剣士であった事、鷹と視覚を共有して、鷹の目に映ったものが彼の視界として使われていた事……それらの事実を指摘する。笠の切れ目から一瞬見えた男の目が義眼だった事、見えてない角度からの奇襲に対応してみせた事、それらの事象が仮説を真実だと確信させるに至った。
見えない角度からの奇襲に対応できたのは、単に気配を読んだからではない。鷹が遥か上空から戦場全体をドローンのように見渡しており、地上では何処から攻撃されようと彼には丸見えだったからだ。
「鷹の目を失った今のお前は視覚に頼れないッ! 聴覚に頼って戦うしかない! そうなったとあれば、勝敗は決したも同然!!」
男が完全に目が見えなくなった事を指摘して、王女が勝利を確信した言葉を吐く。
「この勝負……私達の勝ちだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
戦いを終わらせる意思を大きな声で叫ぶと、男めがけて全速力で駆け出す。両手で握った一振りの剣を縦一閃に振って相手に斬りかかろうとした。
「なめるな小娘ぇっ! この人斬りザムザ、たとえ目は見えずとも貴様ら如きなどに負けはせぬわぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
ザムザが大声で怒鳴って女の言葉に反論する。視覚に頼らずとも彼女達相手なら勝てると判断した事を明かす。
足音で存在を探知したのか、女が走ってきた方角に正確に向き直ると、刀を横薙ぎに振って相手の一撃を迎え撃とうとする。互いの剣と剣がぶつかり合って『十』の字を描くと、ギィンッ! と耳鳴りがするほど大きな金属音が鳴る。
両者は剣がぶつかった状態のまま一歩も引かない。剣を握る腕に力を込めて、互いに相手を押し切ろうとしたものの、パワーが拮抗しているらしくどちらかが優勢にならない。ギリギリギリと剣と剣が押し合う音が鳴り、二人の猛者が全身を踏ん張らせて力んだような凄い表情になる。
レジーナは剣がぶつかった状態のまま体を前の方に詰めていくと、剣の柄を左手に握ったまま、フリーハンドになった右手を相手の背中へと回す。
「何のマネ……」
「今だ、なずみッ! やれぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーッッ!!」
王女の行動の真意を人斬りが問いかけた瞬間、女が大きな声で叫ぶ。
直後男から数メートル離れた背後をくノ一の少女が走ってきていた。両手で握った短刀の刃先を相手の背中に向けたままダッシュして、一気に突き刺そうとする。
人斬りは背中を女の手で掴まれていたため回避行動が取れず困惑する。この状況をどう打開すべきか思考を巡らそうとしたものの、そうこうしている間に男の背中に刃物がドスッと突き刺さる。
……短刀が根元まで深く刺さると、傷口からおびただしい量の血が溢れだす。
二人の女と一人の男は一箇所に集まったまま微動だにしない。男の背中に刀が刺さった状態のまま銅像のように固まる。男の傷口からボタッ……ボタッ……と血が滴り落ちるだけだ。
その状態が永久に続くかに思われた時……。
「小娘どもに遅れを取るとは……無念なり」
ザムザが小声で悔しがる言葉を吐いて、ズルリと横向きに滑り落ちるように倒れる。地面にドォッと倒れ込むと、何か言いかけたように口元をパクパク動かしたが、声が出ておらず何と言ったかは分からない。『無声の遺言』を言い終えると、ガクッと力尽きてそのまま息絶えた。
なずみは男が死んだふりをしたかもしれないと疑い、近くに落ちていた木の棒を拾って男の体をツンツンと突っつく。男の体はピクリとも反応せず、やはり完全に死んだようだ。
事ここに至って女達三人は人斬りが死んだと確証を得る。
「恐ろしい男だった……如何に百倍の強さになったとしても、三対一でなければ到底勝てる相手では無かった」
レジーナが男の死に顔を眺めながら安堵の溜息を漏らす。強敵に勝った喜びよりも、生きるか死ぬかの重大な局面を切り抜けられた安心感の方が大きい。今回たまたま自分達が勝っただけで、相手が勝利してもおかしくなかった……そう思わずにいられない。
「忍者一族の頭目であるオイラの父上より、暗殺の技量は上だったかもしれないッス」
なずみが自分の父親を引き合いに出して、男の強さを褒め称える。自分にとって超えるべき存在だった父親より更に強い猛者だった『最強の人斬り』に畏敬の念を抱く。
「……結局、彼の過去について何一つ知る事は出来ませんでしたね」
ルシルが残念そうに呟く。王女が問いかけたにも関わらず、男の口からは素性について一つとして語られる事は無かった。死に際の遺言も聞き取れなかった。正に『墓まで持っていった』という訳だ。
ともあれ、魔王が四つに分けた戦いの初戦、一人の男と三人の女の戦いは彼女達が勝利を収める事となる。
女達は誰一人欠ける事なく激闘を勝ち抜いた事を深く喜ぶのだった。




