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第219話 なずみの戦術

「オイラもやるッス!!」


 両者の戦いを見守っていたなずみが、自分も戦いに参加すると息巻く。

 かさが割れた事にザムザが戸惑っている姿を見て、一気に攻撃をたたみ掛ける絶好のチャンスだともくろむ。

 人斬りから数メートル離れた場所まで来て足を止めると、ふところに手を突っ込んで黒い玉のようなものを取り出す。


「これでも食らうッス!!」


 そう叫ぶやいなや、手に持っていた玉を人斬りめがけて投げ付けた。


「シィッ!」


 ザムザは笠の切れ目を手で隠すのをやめて少女の方に向き直ると、刀を横ぎに振って飛んできた玉を一刀両断する。玉は二つに割れると中に入っていた粉塵ふんじんのようなものをブチける。粉はまたたく間に空気中に広がって霧のようになり、ザムザの周囲を完全に覆う。


 ザムザがキョロキョロと辺りを見回していると、目の前に突然なずみが姿を現す。


「ムンッ!」


 男は両手で握った刀を横ぎに振って少女の姿を斬る。だが少女の体は刃が触れると霧となって散っていき、跡形もなく消滅する。今回は『一撃回避の指輪』の効果ではなく、どうやら本当に幻影を斬ったようだ。


 ザムザがなおも周囲に目をやると、さっきとは別の場所になずみが立っていた。それも一人や二人ではなく、五人もいて、男をぐるりと取りかこむように配置している。むろん大半は幻影だろうが、全部幻影の可能性すらある。


「これがオイラの里の術……忍法霧分身ッス」


 五人の幻影のうち一人が口を動かして技名を教える。


 ザムザは言葉を発した少女に向かっていき、刀を縦一閃いっせんに振ったが、刀が触れるとやはり少女は幻影だったらしく霧となって散る。それと同時に他の四体も姿が消えて、霧の中に立つのは彼一人だけとなる。


 ザムザが幻影を斬るために刀を振り終えた瞬間、背後で空気が動いた気配を感じる。その直後一陣の突風が吹き抜けて、彼を覆っていた霧がブワッと吹き飛ばされた。

 霧が晴れて視界が開けた時、男の背後十メートルの地点から少女が男めがけてジャンプしていた。放物線を描くようにんだ後、両手で握った短刀のさきを下に向けて構えたまま落下する。


「この角度からの攻撃はアンタにとって完全に死角ッ! 見えてなければ絶対に対処できないッスよ!!」


 奇襲のこころみが成功した事を自信満々に叫ぶ。斜め下に急降下する角度で落ちていきながら、相手の背中に刀を突き刺そうとした。


「……見えておるわ」


 ザムザがそう口にしてニヤリと笑う。背後から奇襲された事に慌てる素振りが全く無く、最初からそう来る事が分かっていたような平然とした態度を取る。

 人斬りは両手で握った刀を右手に持ち替えると、後ろを振り返らないまま自身の背後へと刀を振って、斜め上から急降下してきた少女の斬撃をガードする。レジーナがザムザの一撃を防いだのと似たような動作で、今度はザムザがなずみの攻撃を防いだのだ。


 攻撃を防がれたなずみはすきだらけのまま人斬りの背後に着地してしまう。全体重を乗せて地上に降り立った衝撃と、相手に作戦を読まれたショックとですぐには動けない。


「死ねいッ!」


 ザムザは即座に後ろを振り返ると、左手による貫手を繰り出す。よく見ると人差し指と中指の間に細長い金属の針が挟んであり、先端がニュッと飛び出している。それを少女に向けて突き出し、心臓を突き刺そうとくわだてたようだ。


「うぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」


 貫手が当たったように見えた瞬間、少女が悲鳴を上げて後ろに吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がった挙句、刺されたと思しき胸の箇所を両手で押さえたままダンゴムシのようにうずくまる。「ウウッ」と苦しそうにうめき声を漏らしたが、流れた血の量は少なく、致命傷にはなっていないようだ。


(ほう……あの女、一瞬早く後ろにジャンプして致命傷を避けておったか。なかなかやりよる……おかげで浅かったわ。もしそれが無ければ今頃心臓を貫かれていただろう)


 少女が死んでいない姿を見て、ザムザが咄嗟とっさの判断に感心する。

 どうやら彼女は殴られた衝撃で吹っ飛んだ訳ではなく、攻撃が当たる直前に自分からジャンプして、深手を負うのを避けたようだ。だがかすかにではあっても針は当たってしまったため、激痛にもだえて着地に失敗したという訳だ。


「大丈夫か、なずみッ!」

「なずみちゃん!!」


 仲間が負傷した光景を見て、レジーナとルシルが心配になって慌てて駆け寄る。

 針で刺された箇所をルシルが見てみると、やはり心臓に達しなかったらしく傷は浅い。血は出ていたが、おびただしい量ではない。ルシルが『治癒魔法ヒール・ウーンズ』を唱えると即座に傷口はふさがって、何も無いれいな肌になる。


 傷が治るとなずみは苦しむのをやめて元気な笑顔になる。二人に助け起こされて体を起き上がらせると、今度は自分の足でゆっくりと立ち上がる。毒を受けた様子は無い。


(針には致死性の猛毒がってあったのだが……あの女には全く効いていないのか? こいつらは毒に耐性があるというのか……やれやれ、ただの小娘どもとあなどっておったが、まったく厄介な連中だな。つくづく忌々(いまいま)しい)


 毒を仕込んであったにも関わらず少女が死ぬ気配が無いのを見て、ザムザが内心深く悔しがる。自分の思い通りに事が運ばない展開に若干のいらちすら覚えた。

 なずみが毒を受けて死ななかったのは、魔王城に入る前にザガートが女達にイヤリングを贈っていたからだ。彼女達はそれを身に付けていたため、状態異常と即死に強い耐性があった。


「……」


 五体満足な状態に立ち直ったなずみであったが、その顔はとても暗い。作戦が失敗した事に相当ショックを受けたようで、何とも言えないモヤモヤを抱えたようなむずがゆさを表情に浮かべたまま下を向く。かなりストレスが溜まっているようだ。


「見えてなければ、絶対かわせない一撃だったのに……」


 胸の内に湧き上がった疑問が口をいて出た。奇襲を防がれた事にどうしても納得が行かず、不満を漏らさずにはいられない。

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