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第215話 アランの過去(後編)

 アランは昼間の数時間に木こりの仕事をして、それ以外の時間は山で狩りを行って鹿や猪などの動物を捕まえたり、キノコや山菜をったりする。自分で食べる事もあれば、山のふもとにいる商人に売ったりもする。

 商人からは生活必需品を市場価格より高値で買い取る。商人は勇者が注文した品を離れた町から取り寄せる商売も行っていた。割高なのは輸送費込みだからだ。


 勇者はそれでも時間にきが出来ると、家の中で筋トレを始めたり、本を読んだりして時間を潰す。本は聖書、文学小説、歴史小説、哲学書と多岐に渡る。


 アランはその日、ベーコンとスクランブルエッグのいため物と、チーズを乗せたトーストを食べ終わると、テーブルの前に置かれた椅子いすに座ったまま本を読み出す。


「私は裸で母のたいを出た。また裸でかしこに帰ろう。しゅが与え、主が取られたのだ。主の御名みなはほむべきかな……」


 旧約聖書のヨブ記を音読していると、窓ガラスをコンコンッと叩く音が鳴る。

 アランが窓の方に目をやると、一羽のカラスが窓の外側に立って、催促さいそくするようにくちばしでガラスを突っついていた。


「エサの時間か……」


 アランはそう小声でつぶやくと、台所のすみに置いてあった白い袋を取り出して部屋の外に出る。


  ◇    ◇    ◇


 アランがドアを開けて家の外に出ると、庭をぐるっとかこんださくの上に五羽のカラスがまっている。カラス達は勇者が袋を持って出てきたのを見てソワソワし出したが、よく調教されているのかいきなり飛びかかったりはしない。


 勇者は袋の中に手を突っ込んで、カラスのえさらしき物体を柵の前にある地面にバラく。カラスはようやく餌が出てきたのを喜んだように目の色を変えると、柵から降りて地面に撒き散らされた餌へとむらがる。くちばしでついばんで口の中へと放り込んで、ゴクンと飲み込む。


 勇者が袋から取り出したのは、魚肉ソーセージを包丁でこまれにしたもののようだ。カラス達はそれをうまそうに食べる。ごそうを食べてお腹いっぱいになると、そこら中を散歩するように走り回ったり、ピョンピョン跳ねて遊んだりする。一羽のカラスはなついたように勇者の肩に乗る。


 勇者は庭に置かれたベンチに座ってカラス達が遊ぶ姿をただボーーッと眺めたが、それにも飽きるとベンチにもたれかかったまま空を見上げる。空は白い雲に覆われていて晴天とは呼べない。冷たい風が吹き抜けて、雨が降りそうな気配がある。


「……俺は何をしてるんだ」


 ふとそんな言葉が口をいて出た。自分の境遇に対する疑問が湯水のごとく湧き出る。


(嫌な事から目を背けて、逃げ隠れるようにこんな所に移り住んで、一人でさびしく暮らす……世界を救ってまでやりたかった事が、これなのか?)


 自分の人生はこれで良いのかと自問自答する。誰に強制されたでもなく自分で選んだにも関わらず、本当にやりたかった事じゃないモヤモヤ感がつのりだす。どうしようもないイライラが、噴き出る穴が無いガスのようにまる。


 さりとて、どうすれば良いのか勇者には考えが浮かばない。最愛の人を力ずくで強奪する気にはなれないし、一国の王になって女をはべらせれば気が晴れるとも思えない。人間同士の争いで血を流す英雄になる気はさらさら無い。結局勇者としての良心にしばられた結果が、この辺境の地へと彼を追いやったのだ。


(ここでカラスの付けをして一生を終えるのか……)


 自分の人生を悲観する考えが頭をよぎりかけた時、一陣の突風が吹き抜けた。


 周囲の気温が急激に下がり、外の空気が冷たくなったかと思うと、台風が直撃したような嵐が吹き荒れる。雨は降っていないものの、風の勢いは凄まじく、ビュオオオオッと大きな音が鳴って木がガサガサと激しく揺れる。

 森の動物達は安全な場所に避難しようとしたが、リスなどの小動物が風で飛ばされる。


「カァーーー!! カァーーー!!」


 異常事態を察知した五羽のカラスが、慌てて空へと飛び去る。

 明らかに普通の状況じゃない。何かが起ころうとしている。動物達が感じたであろう奇妙な違和感を、勇者も肌で感じていた。


 アランが空を見上げると、城より大きなメラメラと燃えさかる岩が地表に向かって落下していた。それは宇宙から降ってきたと思われる巨大な隕石だ。


 隕石は山を越えて、大陸の果てにある海がある方角へと落ちていく。海に激突したと思われるタイミングで大きな爆発が起こった瞬間、世界が白い閃光にまれた。


「……ッ!!」


 白い光に包まれて、勇者の意識はそこで途絶えた――――。




「うわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 大きな声で叫んでベッドから起き上がる。辺りを見回すと、そこはミカエルに案内された神殿内にある寝室だった。時計の針は『六』を指しており、神殿の外は日が昇り始めている。

 アランはベッドで深く眠りに落ちたまま、過去の出来事を夢として見ていたのだ。


「ハァ……ハァ……夢か」


 勇者は夢から覚めた事を知って疲れた表情になる。この世の終わりを見たように憔悴しょうすいしきった顔しながら激しく息を切らしてうなだれる。シャツが汗でじっとり濡れていて、全身が猛烈な倦怠感に襲われる。長時間休息を取った事により疲れが取れた感覚は全く無い。


 この世界に来る前の記憶を追体験した夢の内容は、勇者にとっては悪夢としか呼べなかった。見たくないものを見せられた……そういう感覚があった。


「オイ、大変だアランっ! 魔王のヤツから果たし状が届きやがった!!」


 アランがベッドで上半身を起こした体勢のまま固まっていると、バルザックが大声で叫びながら部屋へと駆け込んでくる。右手に白い紙のようなものが握られていて、それを勇者に手渡す。

 勇者が手紙に書かれた文章に目を通すと、決闘の場所と日時が指定されていた。戦いに参加する魔王側のメンバーも記載されている。


「……他の二人を呼んできてくれ」


 アランは重苦しい表情を浮かべながら狂戦士に頼み事をすると、魔王の挑戦を受けたように手紙をクシャッと握り潰す。


  ◇    ◇    ◇


 数時間後……太陽が昇ってすっかり外が明るくなった昼の時間帯。


 神殿の外に広がる閑散かんさんとした荒野に四人の男が立つ。先頭にリーダーであるアランが立っていて、他の三人が彼の後ろで横並びになっている。

 四人は魔王と戦った時と同じ服装になっている。戦闘の準備は万全という訳だ。


すでに話した通り、魔王が俺達に決闘状を送ってよこした。今から決闘の場所に指定された荒野へと向かう。今度は向こうが待ち伏せする番だ。何かわなが待ち構えているかもしれない。くれぐれも用心してくれ……」


 アランは後ろを振り返って仲間達を見回すと、これからの事について話す。敵側に何らかの備えがあるかもしれないと憶測を述べて、警戒して事に当たるようくぎを刺す。


「上等じゃねえか。前回より苦戦するってんなら、その方がよっぽど面白おもしれぇ。腕が鳴るぜ」


 勇者の言葉を聞いてバルザックがニタァッと口元をゆがませた。良からぬたくらみをした悪魔のような邪悪な笑みを浮かべて、極上の獲物を前にしたようにペロリと舌なめずりする。激戦が味わえるかもしれない期待に胸をおどらせた。


「クワーーーーッ、クワーーーーッ」


 ザムザの右手にまっているタカが大きな声で鳴く。何と言ったかは分からない。アランの忠告を了解したように見えるし、バルザックの言葉に同意したようにも受け取れる。

 ザムザは相変わらず意思表明を鷹に任せるばかりで、本人は黙り込んだままだ。このような状況であったとしても、一言も喋らない。


「ここで負けたらクリムトの奴に顔向けできんわい」


 ツェデックが戦いへの意気込みを語る。旧知の友人の覚悟ある死を無駄にしないために、何としても魔王に勝利するのだと息巻く。


「そうだ、この戦いには絶対に負けられない。俺達は既に仲間を一人失っている……彼の死が無駄にならなかったと証明するために、この命に替えても魔王を討ち果たす!!」


 アランが老魔道士の言葉に同意してうなずく。魔王の首を討ち取る事こそ戦友のとむらいになると信じて、不退転の覚悟で戦いにのぞむ。


 決意表明が終わると、アランは戦場がある方角を向いて無言のまま歩き始める。ザッザッと音を立てて力強く歩く。表情には負けられない戦いに挑む強い意志が浮かぶ。

 他の三人が彼の後に続いてゆっくりと歩き出す。一言も言葉をわさず、軍隊の行進のように歩く。そうして勇者パーティは決戦の場へとおもむく。


 目的地へと向かう途中、勇者の脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。

 それは彼の想い人であるナターシャだ。


(もし魔王に勝ったとしても、彼女と結ばれないのは分かっている。それでも……)




 ――――それでももう一度世界を救えたら、自分の中で何かが変われる……そんな気がしたんだ。




 ……アランはあわい期待を胸に抱きながら歩き続けた。

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