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第214話 アランの過去(中編-2)

 勇者パーティが解散して数週間がった頃……大陸辺境にある大きな山脈。その山脈のさらに深き場所に、迷宮のように巨大な森があった。

 木は非常に高い背丈まで育っており、みきは力士の腹回りに匹敵する太さだ。そのような大木が無数に生えて、広大な森を形成していた。


「ふんっ! ふんっ!」


 森の中に若い男の声が響き渡る。それと共にガッガッと木に刃物を打ち付ける音が鳴る。

 声が発せられた場所に一人の男性がいた。木を切るための斧を両手で握って、横にスイングして大木に突き立てる。


 木を切っていたのは他ならぬ勇者アランだ。黒のタンクトップにこんのジーンズ、登山用のブーツを履いて、首にタオルを巻いたラフな格好で伐採ばっさい作業に励む。ひたいから大量の汗が流れて、日の光を反射してキラキラ輝く。

 木がバキバキと音を立てて倒れると、「フーーッ」と一息ついて作業を休める。木を切った後の切り株に腰かけて、持参した水筒の水をゴクゴクと飲む。


 この世界を救った元勇者であった青年は、生まれ育った町から遠く離れた山の中で木こりとして暮らしているようだ。


  ◇    ◇    ◇


 山のふもとにある開けた平原……馬車が通れる街道からそう遠く離れていない場所に、三階建ての大きな木造家屋があった。建物のとなりにあるスペースに、大量の丸太が積み上げられている。


 建物の一室で、二人の男がテーブルを挟んで向かい合ったまま椅子いすに座る。片方は勇者アランで、もう片方は頭にターバンを巻いたアラブの商人風の身なりをした中年男性だ。

 テーブルの上には金貨が十枚ほど入った袋が置かれており、丸太の報酬と思われた。


「いやぁ、助かります……ここにある木は今まで誰も切ろうとしなかったんですよ。これだけの太さでしょ? 熟練の冒険者でも簡単には手が出せない。それでこれまでずっと手付かずだったんですが、貴方様のおかげで資源として有効活用できそうです」


 商人の格好をした男が満面の笑みを浮かべて頭を下げる。ごまをするように両手をこすり合わせる仕草しながら、木を切ってくれた事に深く感謝する。

 男は木材を売買する商人らしく、勇者が切った木の買い取りの商談をしていたようだ。


「でも貴方様のお力なら、こんな事をなさるよりもっと良いお金を稼ぐ方法がおありではございませんか?」


 勇者が木こりに転職した事を不思議がる。彼の能力に釣り合わない収入の仕事ではないかと首をかしげた。


「……平和な時代に勇者の力なんて必要ない」


 アランが暗い表情を浮かべて顔をうつむかせた。戦争が無くなれば自分は用済みだとでも言いたげに、自嘲気味に口のはしが笑っている。


「それがそうでも無いんですよ。存じ上げておりませんか?」


 商人の男が意味深な言葉を吐く。何らかの事情を知っていたらしく、下界の世情にうといアランに驚いた言い回しをする。


「どういう事だ?」


 アランがテーブルに身を乗り出して男の真意を問いただす。平和では無くなったと思わせる言動が気になり、聞いて確かめずにいられない。


「実はですね……数日前にザルニア帝国がヴィタール王国に宣戦布告を行ったんですよ。元々両国は緊張状態にあったんですが、魔物の襲来に備えるために休戦協定を結んだ。それが、魔物の襲来がんだために再開しようとなった訳です」


 商人の男がひそひそと小声で耳打ちする。二つの国が戦争を行っていた事、魔物が現れたために中断していた事、魔竜王が討伐されたために戦争を再開した事……それらの事情を話す。


「近々、人間同士の大きな戦争があるでしょう。そう遠くないうちに、国王陛下から貴方に救援を求める使者が送られると思いますよ」


 王からお呼びが掛かるだろうと推測を伝えて話を終わらせた。勇者の力が必要とされる時代になった喜びでニッコリ笑う。悪気があっての発言ではない。

 商人の言う国王陛下とは、アランに褒美ほうびを与えたハーバイン王の事を指す。


「……」


 商人の話を聞かされて、勇者はあまり嬉しそうではない。むしろかえって浮かない顔をする。

 自分のせいで平和が破られた事を喜べるはずもなく、何とも言えないモヤモヤ感が胸につのり出す。商人はそんな勇者の心情など知るよしもない。


  ◇    ◇    ◇


 大きな山脈の中腹……伐採作業を行った森からそう遠く離れてない場所に勇者の家はあった。

 そこだけくり抜かれたように木が生えてないスペースがポッカリいており、木造家屋の小さな一軒家がある。家の周囲にはさくで囲まれた庭があり、背もたれのあるベンチが置かれている。他に民家は見当たらない。


 金貨を受け取ったアランが家の近くまで来た時、ドアの前に二人の男が立っているのが見えた。

 二人は鎧を着てマントを羽織はおった騎士の格好をしており、左胸にはヴィタール王国騎士団である事を示す紋章が刻まれている。


「おお勇者よ、外出しておられましたか! ドアチャイムを鳴らしても返事が無いので、途方に暮れておりましたぞ!!」


 一人の男が勇者の姿を見かけて慌てて走ってくる。もう一人が彼の後に続く。


「我ら二人、王国騎士団を代表する使者として参りました! すでに聞いておられるでしょうが、ザルニア帝国が我が国に攻め入ろうと良からぬたくらみをしています! 貴方様には王国の平和のため、何卒なにとぞ我らにお力を貸して頂きたく、こうしてお迎えに上がった次第にございます!!」


 二人は勇者の前にひざまずくと、最初の一人が家を訪れた用件を伝える。敵国が自国に攻め入ろうとしている事、それに対抗するために勇者の力を必要とした事を明かす。


「……それは陛下のご意思なのか?」


 アランは一瞬黙り込んだ後、一呼吸おいてから口を開く。救援要請が国王の命によるものなのか聞いて確かめる。

 勇者の表情は暗く、口調は重苦しい。騎士団の要請に前向きではない心情が一目で伝わる。


「いえ……陛下ご自身は人間同士の争いに勇者を巻き込みたくないとおおせられたのですが、大臣閣下が陛下の苦悩を思いはかられて、こうして我らを向かわせたのです」


 二人目の男が質問に答える。救援要請は王の意思によるものではない事、大臣が王に気をつかって勇者を呼びに行かせた事……それらの事実を明かす。


「そうか……」


 男の言葉を聞いてアランが少しだけホッとした表情になる。国王が自分を戦争に巻き込みたくない心情を抱いていたと知り、何処か安心した気持ちになる。


「悪いが戦争には協力できない……王国のために尽力したいのは山々だが、国家間の争いに加担してはならないと、聖剣に選ばれた時にそう契約を結ばされた」


 一瞬間を置いた後、救援要請には応じられないと答える。切羽せっぱ詰まった状況である事は理解しつつも、聖剣と交わした契約により、人間同士の争いには勇者の力を振るえない事情を明かす。


「ですが、帝国の兵力は今や王国の十倍……帝国軍がなだれ込めば我ら王国騎士など苦もなく蹴散らされて、街は焼かれ、金目のものは奪われて、女子供は彼らにはずかしめを受けるでしょう! それでもよろしいのですか!?」


 二人目の男がなおも食い下がる。王国には侵略に立ち向かえるだけの力が残っておらず、勇者の助力が得られなければ多数の犠牲者が出る現実を生々しく語る。


「貴方の故郷の町が滅ぼされれば、ナターシャとリックも無事ではおりますまい」


 勇者の二人の友人にも危害が及ぶかもしれないと付け加えて話を終わらせた。


「……ッ!!」


 男の言葉を聞いてアランの表情が一変する。それまで元気なさげだったのが一転して怒りに火がいた阿修羅のような顔になる。


「……帰ってくれ」


 しばし黙り込んだ後、ボソッと小声でつぶやく。下を向いたまま両肩をわなわな震わせた。全身の細胞がマグマのように沸き立っており、脳の血管がドクンドクンと激しく鼓動する。

 声の調子は静かではあったが明らかな怒気をふくんでおり、今にもブチ切れそうな心情がはたから見ても伝わる。


「……の言わず、さっさと帰ってくれ!! なんと言われようと、俺は山を下りる気は無い!! アンタ達の力にはなれない!! 分かったらさっさと城に戻って、大臣にこの言葉を伝えろ!! もう二度と俺に使者を送るなと!!」


 やがて顔を上げて口を開くと、せきを切ったようにわめき散らす。自分を誘った大臣と騎士達に対する怒りの感情は凄まじく、あまりに大きな声で喋るので山全体が地震のように激しく揺れた。周囲にいた森の動物達が危険を察知して、慌てて逃げ出す。

 騎士達の要請に応じる意思が無い事を、非常に強い口調で伝えた。


「……」


 勇者が激しく怒ったのを見て、騎士達は顔をうつむかせたまま押し黙る。もはやどんな調子の良い言葉を吐いても、勇者を説得するのは不可能だという諦めの感情が広がる。


「……貴重なお時間を取らせました」


 そう一言謝ると、勇者に背を向けてトボトボと歩き出す。任務が失敗した事に落胆したようにガックリと肩を落とす。無力感に包まれた騎士の去りゆく姿は何ともさびしげだ。


「お前がナターシャの話をしたせいで、勇者が怒ったんだぞ!!」

「なんだと! 俺のせいだってのか、このハゲが!!」


 やがて二人の男は失態の責任を互いに押し付け合う。勇者を説得できなかったのはお前のせいだ、自分のせいじゃないと、恨みごとを吐いて相方をののしる。最後は単なる子供じみた悪口合戦になる。

 ちなみにハゲと言われた男は別にハゲてなどいない。


 彼らはそうしてくち喧嘩げんかしながら山を下りていった。


「……」


 アランは自分の前から立ち去る二人の背中を、憎むでもあわれむでもなく、何とも言えない表情で見送った。

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