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第213話 アランの過去(中編-1)

 時計の針が『五』を指した頃……太陽が沈んで外の景色が暗くなり始めた夕方の時間帯。


 城から数キロ離れた場所にある見晴らしの良い平原に、五人の男がいた。それは言うまでもなくアランとその仲間達だ。

 周囲に人の気配はなく、辺りはひっそりと静まり返る。時折ときおり涼しい風が吹き抜けて、地べたに生えた雑草をカサカサと揺らす。草にまっていたテントウムシがブーーンと空へと飛び立つ。

 上空ではザムザのペットのタカが、周囲を見張るように円を描いて飛んでいた。


 アランは中身がぎっしり詰まった皮の袋を、それぞれの手に合計五つ持っていた。


「これは国王からもらった褒美ほうびを、金の価値に合わせて五等分に分けたものだ。一緒に戦ってくれた報酬として受け取って欲しい」


 袋の中身について教えると、四人の仲間に袋を一つずつ手渡す。

 バルザックが袋の中を覗いてみると、ダイヤやルビーなどの宝石、値段の高そうな首飾りや指輪、そして金貨などがたくさん入っていた。


「やれやれ……俺は金なんて必要ねえんだがなぁ。だがまぁ、せっかくだからもらっとくぜ」


 バルザックが少し困った顔しながら皮の袋を受け取る。彼にとってお金の価値はそれほど重要では無いようだ。


「じゃあな、アラン……お前と一緒に冒険の旅がやれて楽しかったぜ。街を出なかったら体験できなかった、いろんなおもしれえモンが見られた。それが俺にとって一番の報酬だ。また何かあったらいつでも呼んでくれ。つええ敵と戦えんなら、世界のどっからだってすっ飛んでいって、駆け付けてやる」


 刺激的な体験をさせてくれた感謝の気持ちを伝える。この旅で得られたものにお金以上の価値があったと教えて、また戦いがあったら呼んで欲しいむねを伝えた。

 別れの挨拶あいさつを済ませると、後ろを振り返ってのしのしと歩いて帰っていく。一度だけ勇者の方を向いて、笑顔で手を振る。


 ザムザは袋の中身を確認すると、無言のままペコリと頭を下げる。別れにさいしても一言も話さない。


「クワーーーッ、クワーーーッ」


 空を飛んでいた鷹が地上に降りてきて主人の右手に留まり、彼の言葉を代弁するように二言だけ鳴く。詳細は分からないが、良い事を言ったようだ。

 ザムザは反対の方角を向くと、静かに歩いて勇者の前から去っていく。バルザックと違って後ろを振り返らない。その去りゆく姿は、さながら修行僧のようだ。


 狂戦士と人斬りが去ると、後ろに控えていたクリムトとツェデックが前に出る。二人は金銀財宝が詰まった袋を受け取ると、まず真っ先にツェデックが口を開く。


「ナターシャの事は残念じゃったな……」


 アランが想い人と結ばれなかった事を同情するように残念がる。

 勇者と女の間にあった出来事は仲間内に知れ渡っていたらしく、勇者の心情を思いはかるあまり彼を心底びんに思う。


「じゃがまぁ、気にする事などない。この世に女は星の数ほどおる。もしワシが知ってるスケベでイイオンナで良ければ、いくらでも紹介するぞ。ムフフ。気が向いたらいつでも連絡せい」


 声をかければ自分の知ってる女を紹介すると伝えて、なぐさめの言葉とした。


 アランは老魔道士の提案を聞いて、ただ苦笑いするしかない。お願いするともお断りするとも言えず、どう答えれば良いか分からないように困った表情になる。


「たわけめ! ふしだらな女を紹介して勇者を堕落させようとは、何たるサタンのたくらみ! そのようなサキュバスを紹介しても、勇者は喜びなどせんわい!!」


 クリムトは前に一歩出てツェデックをグイッと押しのけると、アランの意思を代弁するようにツッコミの言葉を吐く。


「勇者よ……人生は良い事ばかりあるのではない。まことの義人なら尚更なおさら、この先も苦難に満ちた人生が待ち受けるだろう。だが心正しくある限り、しゅは必ずや貴方に恩恵を与えて下さる。主は決して貴方を見捨てたりはしない」


 アランの人生が決して順風満帆にならない事を予言する。善人だからこそ多くの災難に見舞われる事、しかし高潔さを保ち続ければ、いずれ救いがもたらされる事……それらの宗教哲学をく。嫌な事があっても腐らないで欲しいと、そう言いたいようだ。


「……主の導きがあらん事を」


 右手の人差し指で五芒星を描く仕草をすると、両手を組んで祈りを捧げる。


 話が終わるとクリムトとツェデックは同じ方角へと歩き出す。バルザックとザムザはそれぞれ別の方角へと帰っていったが、二人は歩く方向が一緒だ。


「さて大金も手に入った事じゃし、また二人で飲みに行くとしようかの。ちょうどカワイイ姉ちゃんがいる、イイ店を見つけたんじゃよ」

「だまれ、けがれし者よ! ワシはもう二度と貴様とは酒を飲まんと、そう神に誓ったのだ!!」


 彼らは付き合いの長い腐れ縁のようにくち喧嘩げんかをしていた。

 アランは二人が去りゆく姿を微笑ましく眺めていたが、彼らの姿が地平に消えて完全に見えなくなると、原っぱに一人だけになる。だだっぴろい平原に一人残されたまま、ただポツンとたたずむ。


(さて、これからどうしたものか……)


 しばらくその場に立ったまま今後についてあれこれ考える。あごに手を当てて眉間みけんしわを寄せたまま「フゥーーム」と声に出してうなる。


 今後の生き方について思い悩んだ時、二人の顔が頭の中に浮かぶ。それは勇者にとっては好ましくない記憶……ナターシャとリックだ。


(故郷の町に帰っても、彼らと顔を合わせたら辛い思いをする……だったらいっそ、町に戻るのはやめよう)


 二人に会いたくない気持ちから、故郷への凱旋がいせんを思いとどまる。二度と彼らと会わないようにするため、よその土地に行こうと思い立つ。


(遠く……ここからずっと遠く離れた場所へ行って、そこで静かに暮らそう……)


 答えが決まると、町があるのと逆方向に向かってゆっくりと歩き出す。


 空がオレンジ色に染まり、辺りが暗くなり始めた夕暮れの景色を、一人の男がトボトボ歩いていく姿は何ともさびしげだった。

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