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第211話 ヤハヴェは魔王の生存を知って驚愕する

 魔王が荒野で生き返ったのとほぼ同時刻……魔王を討ち果たした勇者パーティはゴルゴダのおかに建つヤハヴェ神殿へと帰還していた。


 玉座の間へと通じる回廊をぞろぞろと歩く四人……一言も言葉を交わさない。使命を果たした喜びで浮かれたりもしなければ、仲間の死に暗い表情を浮かべたりもしない。クリムトの死に思う所はあっただろうが、それを表には出さない。


 一行が玉座の間へと辿たどり着くと、椅子いすに座っていたヤハヴェが即座に立ち上がる。


「おお、異世界から来た勇者とその仲間達よッ! よくぞ……よくぞ魔王を討伐してくれた! なんじらに対する感謝の気持ちは、とても言葉では言い表せぬ!!」


 両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、勇者の健闘ぶりを手放しでたたえる。何らかの手段で一連の戦いを見ていたらしく、野望の障害となる存在が取り除かれた事に心から満足する。


「……我々は使命を果たしたまでにございます」


 アランが床に片ひざをついて頭を下げる。得意げに喜んだりせず、自身の手柄を紳士的な態度で謙遜けんそんする。


「勇者よ、何も謙遜する事など無い! の不届き者は、われが生み出せしもっとも強き怪物アザトホースをもってしても倒せなかったごうの者ッ! それを倒した汝らこそ、まことの勇者と呼ぶに相応しき英雄達! 汝らを選んだ我の目に狂いは無かった!!」


 ヤハヴェはなおも勇者を称賛する。自らが生み出した被造物である大魔王を引き合いに出して、勇者がどれほどの偉業を成し遂げたかを事細ことこまかに説明する。


「クリムトの犠牲は我にとっても残念であった……僧自爆メガ・グランテによって死んだ者の肉体は、神のわざを以てしても再生させる事はかなわぬ……」


 下を向いて落ち込んだ声の調子になると、僧侶を蘇生させられない事実を残念そうに語る。使命のために命を散らした仲間を生き返らせられない事に申し訳なさを感じた心情がうかがえる。


 魔王に深手を負わせた自爆技は何度も使える代物しろものではなく、一度きりしか使えない捨て身の大技だったようだ。


「されど気にむ事は無い! 彼の者のとうとい犠牲により悪魔は討ち果たされ、汝らの世界に平和が……」


 ヤハヴェはまたも顔を上げて声の調子が明るくなると、僧侶の死が無駄なものにならなかったと伝える。彼の犠牲によって勝利がもたらされた事を、演説するように雄弁に語ろうとした時……。


しゅよッ! 大変でございますぅぅぅぅうううううううーーーーーーーーッッ!!」


 大天使長ミカエルが大声で叫びながらドカドカと駆け込んでくる。よほどただならぬ事態であったらしく、呼吸は乱れており、全身汗でグッショリれている。肩でハァハァ激しく息をさせて、この世の終わりを見たような顔をする。


「何事だッ!!」


 ミカエルがあまりに慌てていたため、神が反射的に大声で怒鳴る。怒っていた訳ではないが、かなりの緊急事態だったのを察して、すぐさま用件を聞き出そうとする。


「ザガートが……魔王が生き返りました!!」


 女が開口一番、魔王が復活を遂げた事実を伝える。


「なっ……何ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいーーーーーーーーッッ!!」


 ヤハヴェが心臓が飛び出そうな勢いで驚く。あまりに予想外すぎる言葉を言われたショックで、激しいまいと吐き気をもよおして、あやうく卒倒しかけた。


「どどど、どういう事だッ!! 我は確かに魔王が死ぬ姿を、しかとこの目で見た!! あれは幻だったというのか!?」


 魔王が生き返ったという話の詳細を問いただす。女の言葉をにわかには信じられず、詳しく聞いて確かめずにはいられない。

 神は一連の戦いをしっかり肉眼で見ており、魔王の死は間違いないと思った。障害は取り除かれたという揺るぎない確信を抱けたからこそ、戦勝気分にひたっていた。その彼にとって魔王が生きていたなど、決してあってはならない話だ。神は頭の血管がキューーッとなる。


「魔王は確かに死にました……ですが勇者達が去ってから十分が経過した後、死んだその場で生き返ったのでございます。恐らくは何らかの魔術的な手段をもちいたものかと……」


 ミカエルが話の詳細について語る。魔王が自力で生き返った事実を、復活した原理について推測をまじえながら神に伝える。


「……」


 女の話を聞いて神がしばし黙り込む。一言も喋らないまま銅像のように固まる。何を考えたのか表情からは読み取れないが、心中穏やかでないのだけは確かだ。

 やがて全身が小刻みに震えだす。内からマグマが噴き上がろうとするように両肩をわなわなさせた。


「……おのれザガート」


 そんな言葉が口から飛び出す。その声の調子は静かながらも明らかな怒気を含んでおり、今にもはらわたがブチ切れる寸前なのがはたから見ても分かる。

 歯をギリギリさせて強く歯ぎしりする音がかぶとしに発せられた。その次の瞬間……。


「我を……人類の創造主たるこの神を、よくもあざむきおったなァッ! 許さん……絶対に許さんぞッ!! このすました顔の、愚かなペテン師めがぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」


 腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけた。自分をだました背教者に対する神の怒りは凄まじく、何としても男の心臓をえぐり出してやらねば気が済まんとばかりにいきどおる。魔王を一分一秒たりとも生かしておけない気持ちにすらなる。


 天の怒りを代弁した神の声は神殿全体を揺るがす雷鳴のごとく響き渡り、震度七クラスの地震が発生した。空気はビリビリ振動して、建物の外まで衝撃波が伝わり、神殿の周囲にいたありとあらゆる虫とネズミがショック死した。カラスはギャーギャー鳴きわめいた後、何かから逃げるように慌てて空へと飛び去る。


 ミカエルも、勇者パーティも、その場にいた者は誰もが神の怒りに驚愕した。今まで一度も見た事が無い神が激怒した姿を、この目で見たのだ。


「ハァ……ハァ……」


 ヤハヴェは一通り叫び終わると疲労困憊こんぱいしたように両腕をだらんとさせた。失意のどん底に叩き落とされたように肩を落とす。呼吸を荒くさせて疲れの色をあらわにする。大声で叫び続けて疲れたように見えるが、魔王が生きていたショックで憔悴しょうすいしきったようにも感じ取れる。


「すまない、勇者よ……仲間を失って間もない汝らにこんな事を頼むのは大変気が引けるのだが、どうかもう一度だけ魔王討伐に向かってはもらえまいか。もしそれで魔王を殺して再び生き返ったなら、その時は別の者を魔王討伐に向かわせる。汝らには約束の報酬を与える。だから後生ごしょう頼む……」


 申し訳なさそうに顔を上げて謝ると、勇者に再度の魔王討伐を依頼する。異世界から召喚した英雄に二度も頼み事をするのに引け目を感じたらしく、普段の尊大な物言いからは想像できないほど腰が低い。

 全知全能であるはずの神が、魔王が生きていた事にショックを受けて落ち込む姿は何ともあわれだ。絶望に打ちひしがれた全能者の姿は、見る者に哀愁を感じさせずにいられない。


しゅがお命じになるなら、我々は何度でも魔王を討伐してごらんに入れます」


 神のそんな姿を見るにいたたまれず、アランが言葉を掛ける。使命を最後までやり抜く意志を伝えて、落ち込んだ神を安心させようとした。

 他の三人がリーダーの言葉に同意するようにうなずく。反論する者はいない。


「……ありがたい言葉だ」


 勇者の気遣いが嬉しかったのか、神が感謝の言葉を吐く。

 心なしか、かぶとの奥の素顔が笑ったように見えた。


「だが汝らも此度こたびの戦いで疲れただろう。今夜一晩は神殿に泊まっていって戦いの疲れをいやし、明日改めて戦いにのぞむがよい。食事と寝室はこちらで用意する」


 気持ちがやわらいだように背筋を真っ直ぐに伸ばすと、神殿内の宿泊スペースに泊まっていくよう伝える。冒険者達が疲れている事をかんがみて、すぐに戦いに向かわせたりはしない。


「ミカエルよ、彼らを来客用の寝室に案内して差し上げなさい」


 女の方を向くと、勇者達をベッドのある部屋へと案内するよう命じる。


「はっ」


 ミカエルは主人の命令を了承すると、玉座の間の外にある回廊へと歩き出す。

 四人の男達が彼女の後にぞろぞろと付いていく。そうして勇者パーティと女天使が部屋から出ていき、室内にいるのはヤハヴェ一人だけになる。


「……」


 ヤハヴェは後ろを振り返り、玉座をただボーーッと眺める。しばらく無言のまま立ち尽くしていたが、やがて両肩がプルプル震えだす。一旦は収まりかけた怒りが、時間がってフツフツと沸き上がったようだ。


Goddamnガッデム!!」


 呪いの言葉を吐くと、目の前にある椅子いすを力任せに蹴り飛ばす。

 ドガァッ! と大きな音が鳴り、椅子は部屋のはしの方へと勢いよく転がっていった。

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