第210話 ザガートは今後の打ち合わせをする
「……以上が、ワシが知っている彼の全てじゃ」
ゼウスはそう言って話を終わらせた。
老人の話から明らかになった事……それはヤハヴェが他の神と仲違いして半ば追い出される形になった事、彼が自分の担当領域である第七世界に引き篭った事、神同士の戦いが禁じられるようになった経緯などであった。
「もし彼が自分の世界で好きにするだけで事が済んだなら、ワシは何もせんかった。だがそうも行かなくなった。聞いたじゃろう……第七世界で人々が苦しめられている事が、他の世界に害をもたらす事が分かったのじゃよ」
ゼウスはまたも苦虫を噛み潰した顔をすると、この世界で起こった惨劇が他の世界に悪影響を与えた事、それにより不干渉の立場を撤回せねばならなくなった事情を明かす。
「ワシは、彼がこの世界で人間に対して行っている裁きをやめるよう言った。だが彼はワシの言葉に従わなかった。他の世界がどうなろうと知った事じゃない、手出しできるならしてみろと、挑発した言い回しで開き直りおったのじゃ」
ヤハヴェが忠告を無視した事実を、残念そうな口調で語る。
「なにか手を打たねばならんと考えたワシであったが、先に述べたように、たとえ自分の世界を守るためだったとしても、神同士が直接戦う事は禁じられておる。だからザガートに神に匹敵する力を与えて、ワシの代わりに世界を救ってもらおうと、この世界へと送り込んだ……というワケじゃ」
魔王を救世主として降臨させた真意を明かす。
可能であるならば自分で何とかしたかったが、それが出来ないために、魔王を代行者として地上に遣わせた……という事になる。
「ザガートよ……そなたに重い役目を背負わせてしまった事、心から申し訳ないと思っておる。この場を借りて謝らせてもらいたい……」
話を終わらせると、深く頭を下げて謝る。他人に厄介事を押し付ける形となった事に負い目があったらしく、言葉の節々から罪悪感のような苦悩を滲ませた。
世界と人々を守る手段が他に無かったとしても、簡単に割り切れるものではない。辛い使命を負わせた事実に変わりはないのだ。
「謝る必要は無い……確かに良い事ばかりあった訳じゃないが、こっちの世界に来てから俺の人生はとても充実したものとなった。たくさんの良い経験をして、大勢の良い仲間に出会えて、美しい女性に恵まれた……むしろ俺から礼を言いたいほどだ」
ザガートが負い目を感じる必要はない旨を告げる。こっちの世界に送られてからの人生が自分にとって良いものだったと偽らざる感想を伝えて、使命を与えてくれた事に深く感謝する。
ふと天井を見上げると、何処か遠くを見るような目をしながら物思いに耽る。これまでの旅の出来事を頭の中で回想して思い出に浸る。旅の記憶が良いものであったようにフッと穏やかに笑う。
「美しい森と海と大地……そこで暮らす全ての生命。その日一日をたくましく生きようとする人間たち。この世界全てが俺にとってかけがえの無い宝となった。それを壊そうとする輩は、たとえ旧約聖書の神だろうと容赦はしない……この俺が全身全霊を以て迎え撃つ!!」
この世界に来てから体験した事、出会った人々、全ての生きとし生けるもの……それら全てに価値を見出した事を伝えて、全力で守り抜く決意を固める。
神に等しき力を持った魔王が世界全てを愛し、自分の手で守り抜こうと宣言する姿は何とも頼もしい。人類を洪水で押し流そうとする創造主に立ち向かう男の姿は、正しく無償の愛『アガペー』を体現する救世主のものだ。
ゼウスは魔王がそのような人物になった事を心から嬉しく思う。
これまで一緒に旅をした仲間達も、彼が正真正銘の勇者だと確信を抱く。
「ところでゼウスよ……何でもするというなら、もう一つだけ頼まれてくれないか」
ザガートが急に話題を変えたように口を開く。叶えて欲しい願いがあったらしく、思い出したように話を始める。
「知ってるかもしれないが、俺達は今ヤハヴェが召喚した勇者パーティと敵対している。俺は彼らを分断させて各個撃破しようと考えたのだが、それをやるにはどうしてもこちら側の戦力が足りない……」
自分達が異世界の勇者と敵対した事、連中を倒す作戦を立てたものの現状では相手に戦力が一歩及ばない苦悩を、重苦しい表情で打ち明けた。
「神の力で、次の戦いの間だけ俺の仲間を強くできないか?」
戦力差を埋めるために、ゼウスの力が借りられないかと問いかけた。
「フム、その程度の事ならお安い御用じゃ。して、誰をどの程度強化すればよいのじゃ?」
ゼウスが魔王の頼みを快く引き受ける。彼にとって簡単なお願いだったらしく、悩む間もなく了承すると、どの仲間を強くすればいいのか聞く。
「そうだな……ルシルとレジーナとなずみはそれぞれ十倍、鬼姫は三倍強くなれれば良い。ブレイズは……身体能力を底上げしても、これ以上強くはならないだろう」
ザガートは一瞬悩んだ後、仲間の強化案について指示を出す。どの敵と戦わせるかを頭の中で考えた上で、その敵に勝つために必要な強さの量を割り出して、彼女達が想定通りの強さになるよう求める。
「あいわかった。ヴェルセデル・ザ・ガルバドム・ベギギムーチョ……救世主の仲間達よ、我が力の一部を与えんッ! むむむむむっ、かぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっ!!」
ゼウスは二つ返事で了解して立ち上がると、瞼を閉じて呪文のような言葉を唱えた後、目をグワッと見開いて天にも届かんばかりの大きな声で叫ぶ。杖を右手に持ったまま両腕を左右に広げてバンザイするようなポーズを取ると、杖の先端が眩しく光りだす。
杖から金色に輝くビームが女達に向けて放たれると、彼女達の体がオーラのような光に包まれる。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーッ!! なんだか体の奥から力が湧いてくるッス! 今なら自分より大きな岩だって持ち上げられるッスよ!!」
なずみが自分の力が強くなった事に歓喜の言葉を漏らす。身体能力の底上げは本人でも自覚できるほどであったようで、普段の何倍ものパワーになった事実に鼻息を荒くする。
「これは凄い! まるで自分が自分じゃ無くなったみたいだ! 何でもやれそうな気がしてくる!!」
レジーナが湧き上がる万能感を興奮気味に語る。全身を駆け巡る溢れんばかりのパワーに酔い痴れたあまり、今すぐこの力を使ってみたそうに体をウズウズさせた。
「老人よ、恩に着るぞ! これで彼奴らと互角に渡り合える!!」
鬼姫が力を与えてくれた事に深く感謝する。ルシルも同意するように頷く。
四人を包んでいたオーラは数秒が経つと消えて無くなるが、術の効果が切れた訳ではないようで、なずみとレジーナは相変わらず興奮し続けていた。
「そなたらを今から七十二時間の間だけ、ザガートの要求通りの強さにした! これは補助呪文のようなあっさり打ち消される類のものではないし、この上に更に補助呪文の効果を上乗せする事も可能じゃ! これで連中との強さの差が埋まったのであれば、そなたらは確実な勝利が得られるじゃろう!!」
ゼウスが少女達を強化させた事実を強い口調で語る。この神の御業が確実な効果の持続性がある事を伝えて、安心して戦いに臨むよう背中を押す。
「ヨシ……では連中に勝つための、具体的な作戦の打ち合わせをしよう」
ザガートは唯一の懸念材料が払拭された事に満足すると、今後についての話し合いを提案する。頭の中に誰が誰と戦い、どのような戦術を取るべきか構想があったらしく、それを仲間に伝えようと思い立つ。
即座に立ち上がって正面に右手をかざすと、ボソボソと小声で何かを呟く。すると彼の手から小さな光が放たれた。光は次第に大きくなって、半透明に透けた青いドーム状の球体となって、その場にいた者を包む。
レジーナが障壁を指で小突くと、分厚いガラスの壁のようにゴンゴンッと音が鳴る。
「この結界の中なら、ヤハヴェに盗み聞きされずに済む……」
ザガートは障壁の効果について教えると、声が外に漏れないよう、仲間とひそひそ話を始めるのだった。




