第209話 ゼウスはヤハヴェという神について語る
数万年の昔……神同士が争う大きな戦争があった。
総数にして二百を超える数の神が、『善』と『悪』という二大勢力に分かれて争ったそれは、後にハルマゲドンと呼ばれ恐れられた。
争いは熾烈を極めた。大地は裂け、海は割れて、星々はシュークリームのように砕けた。そこに住んでいた人間など、鼻息で飛ばされたホコリのようにあっけなく吹き飛んだ。宇宙は三度蘇って、三度滅んだ。神もたくさん死んだ。
とても人類のスケールでは計り知れない争いはおよそ百年続いた。
……戦争が終わった時、神々は自分達のしでかした行いに恐怖した。
なんて取り返しの付かない事をしたんだと後悔の念に苛まれ、もう二度とこのような事はすまいと誓った。以後神同士の争いは固く禁じられ、揉め事は『天界の会議』において、話し合いで解決する事が決まる。
終戦を生き延びた神の一人にヤハヴェはおった。彼は大戦終結後の新時代に、一度は滅んだ人類を創造し直した神であり、人の命と法を司る慈愛と契約の神じゃ。ワシが雷帝と呼ばれたのに対して、彼は天帝・天の神と呼ばれておる。
ヤハヴェはオリンポスの十三柱と呼ばれる神の一人であったが、ある問題を起こしてしまう。彼が信徒に対して「他の神を崇めてはならない」と説いたために、過激化した信徒の一部が、他の神を祀る神殿に火を放ったのじゃ。天界は大きな騒ぎとなる。
神々はヤハヴェに、彼が信徒に対して言った事を取り消すよう求めたが、ヤハヴェは断固として首を縦に振らなかった。彼は自分で『妬む神』と称するほど嫉妬深い神であり、自らが創造した人類が、他の神を崇める事に耐えられなかったのじゃろう。天界は一触即発の状態となる。
神々は、柱の神の一人であるヘスティアに仲裁を頼んだ。
他の神と良好な関係ではないヤハヴェだが、彼女の言う事には比較的よく従った。なんでも彼女に「返せないほど大きな借りを作った」という事だが、詳しい事はワシにも分からぬ。ただヤハヴェが彼女に対してだけは強硬な態度を取らなかったのは確かじゃ。従順だったと言ってもいい。
ワシとヘスティアが間を取り持つ形となって、天界の会議の話し合いがまとまる。
最終的に下された裁定は以下の通りじゃ。
ヤハヴェは彼の担当領域である第七世界に引き篭る事、他の世界に一切干渉せず、不利益をもたらさない事、それが守られたのであれば、自分の世界内では好きにして構わないという事。
また他の世界の神も、自分の世界に害が及ばない限り、彼の世界に手出ししてはならない事、もし万が一そうしなければならない事態に陥ったとしても、神同士が争う事は絶対に避けなければならない事。
ヤハヴェはオリンポスの柱の神から外され、彼の席は永遠に空席となる事、柱の数は十二本となる事。
……以上の決定が下された。
ヤハヴェは内心不満があったようだが、これ以上の妥協案も引き出せないと見て、しぶしぶ決定に従った。柱の神から除外された事は彼にとって不名誉であったので、『十三』は彼の信徒の間では忌み数字となった。
かくして彼は自分の世界に引き篭り、永遠の平和が訪れると、そう神達は確信を抱いた。
……第七世界の人間の苦しみが生み出すマイナスのエネルギーが、他の世界に悪影響をもたらす事が判明するまでは。




