第203話 勇者パーティの恐ろしい連携
(ムッ!? あやつが今いるのは……)
ザガートが現在立っている場所を、ザムザが思わず二度見する。想定通りに事が運んだのを喜んだようにニヤリとほくそ笑む。
魔王が後ろにジャンプして降り立った地点は、人斬りにとって戦略上都合が良い場所のようだ。
魔王から二メートル離れた先にある地面をザムザがじっと見る。何も無いはずのただの土を、何か隠してあるように注意深く凝視する。魔王は男の視線に全く気付かない。
魔王が正面に向かってズカズカと歩く。人斬りが見ている地面に向かって一歩、また一歩と近付く。人斬りはそれを心の中で「三……二……一……」とカウントダウンする。
「……破ッ!!」
目的の場所に男が立った瞬間、ザムザが両手を組んで人差し指を垂直に立てて、大きな声で叫ぶ。それが発動のスイッチだったのか、ザガートが立っていた地面にトラバサミの罠が出現して、男の左足を鮫のようにガブリと噛む。
トラップは砂の下から出てきた訳ではない。透明化を解除したように、突然『そこ』に現れたのだ。
(これは……ザムザという男の魔力で隠していたのか!? だとしても、罠が発動するまで俺が存在に気付けないとは……なんて事だ! 完全にしてやられた!!)
敵のトラップに嵌められたザガートが自身の失態を嘆く。相手が罠を隠していたのに気付けず、まんまとそれに乗せられる形となった事を深く悔しがる。足はトラバサミに挟まれていて動かせないので、心の中で地団駄を踏む。
並みの使い手がやったのであれば、ザガートは罠の存在を瞬時に知覚しただろう。だがザムザはそれをさせなかった。彼が罠の存在を隠蔽させた魔力は、魔王ほどの使い手ですら発動するまで気付けないほど巧妙だったのだ。
ザガートは左足をギチギチと動かして力ずくで外そうとしたが、トラバサミは並みの材質ではないようで、簡単には外せない。地面にビッタリと固定されており、足を挟まれたまま移動するという事も叶わない。
(魔界のデーモンを捕獲するためにあつらえた特注品という訳か……両手でこじ開けるしか無さそうだ)
魔王がこのままではどうにもならず、罠をこじ開けるためにしゃがもうと思い立った瞬間……。
「聖なる雷よ、悪しき者を穿て……雷電撃ッ!!」
アランが右手に握った剣を天高く掲げて攻撃魔法を唱える。
ザガートの頭上にある黒い雲がゴロゴロと大きな音を鳴らし、ひんやりと冷たい風が吹き抜けた瞬間、真下にいる魔王めがけて青く光る一筋の雷が放たれた。
「うおおおおおおおおッ!!」
落雷に打たれた魔王が大きな声で叫ぶ。トラバサミのせいですぐには動けず、なす術なく高圧電流に身を焼かれる。魔王を貫いた電撃魔法は雷撃龍嵐より遥かに威力が高いものであり、さしもの彼も無傷ではいられない。
「紅魔の力よ、一点に収束して爆裂せよ……核爆熱閃光ッ!!」
間髪入れずツェデックが杖の先端を魔王に向けて極大魔法を唱える。
魔王が立っていた場所に赤い光が集まっていって、凝縮されて一つの塊になった後、彼の足元が地雷を踏んだように大きな音を立てて爆発する。爆発は山を吹き飛ばすダイナマイトに匹敵する威力があり、一発だけでもグレーターデーモンを粉々に吹き飛ばす。
爆発はドミノ倒しのように魔王の周囲でボンボンボンッとリズミカルに鳴り、そのたびに巨大な炎が噴き上がる。大量の土砂が空へと巻き上げられて、パラパラと雨のように降り注ぐ。
爆発は五十回ほど鳴った後、ピタリと止む。男が立っていた場所にモクモクと黒煙が立ち上っており、彼がどうなったのかは分からない。
「やったか?」
凄まじい規模の爆発に呑まれた敵の姿を見て、バルザックは魔王が死んだのではないかと、そう考えた。
「ギエーーーーッ!! ギエーーーーッ!!」
空を飛んでいた鷹が、何かを訴えようとするようにけたたましい声で鳴く。バルザックに油断するなと忠告を発しているようだ。
「……否ッ! あやつはまだ生きている!!」
鷹からの伝言を受け取ったように、ザムザが魔王の生存を他の仲間に伝える。あれだけの猛攻を食らったにも関わらず男が生きていた事に戦慄したようにジリジリと後ずさる。
ザムザ以外の四人が一瞬遅れてサッと身構えた瞬間、黒煙の中からガァンッ! と分厚い鉄板を蹴ったような音が鳴り、ダチョウの卵くらいの大きさの、ゴミのような金属の塊が飛んでくる。
五人が左右に散開してかわすと、それはガランッガランと音を立てて地面を転がり、勇者達から数メートル離れた後ろにある大地に突き刺さる。
黒煙の中から飛んできたもの……それは熱で溶けてひしゃげたトラバサミだった。爆炎魔法の衝撃で罠が外れたため、魔王が足で蹴飛ばしたようだ。
トラバサミが飛んできた方角から、一人の男がよろよろと歩いてくる。老人のように背筋が曲がっており、足元はおぼつかない。杖が無ければまっすぐ歩けないような雰囲気すらあった。
よろよろと歩く人物は他ならぬザガート本人であったが、衣服はボロボロになっており、皮膚のあちこちが黒く焦げていて、ブスブスと白煙を立ち上らせた。五体満足でいられていない状況が一目で分かる。
数秒後、衣服は時間を巻き戻したように再生されていき、皮膚の焦げ跡がスゥーーッと消えていく。背筋をシャキッと伸ばして姿勢を正す。
だがそれでも表情には疲労の色が浮かび、額からは一筋の汗が流れ落ちる。フゥーーッ、フゥーーッと呼吸が荒くなる。体力が完全に回復していないのは誰の目から見ても明らかだ。
(今ので体力を五分の一ほど消耗した……まさか俺がここまで追い詰められるとはな。第八世界を救った勇者パーティ……その実力は本物だった。五対一で勝てる相手などでは到底なかった)
ザガートが、勇者パーティの連携で深手を負ったと語る。致命傷には達しなかったものの、それでもかなり大ダメージを受けており、その事に深く驚嘆する。
彼らの実力を目の当たりにして、敗北は必然だったと悟る。彼我の戦力差を冷静に分析した結果、勝ち目が全く無いという結論に行き着く。
(……やはり俺はここで一度、死ぬ運命にあったのかもしれない)
もはや自分の死が逃れられないものだったと、悲壮な覚悟を決めるのだった。




