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第202話 勇者パーティの恐ろしい力

(攻撃魔法が一切効かないだと!? なんて事だ……それが事実だとすれば、俺がヤツを殺すためには、直接殴る以外に方法が無くなる!!)


 老魔道士ツェデックの言葉を聞いてザガートはまいを覚えた。告げられた事実のショックの大きさにまたも「やれやれ」と頭を悩ます。


 殺せる手段があるというのは、はたから見れば希望があるように感じ取れたかもしれない。だが一対一ならまだしも、五対一という局面において近接戦闘を仕掛けなければ致命傷を与えられないというのは、それだけで大きなリスクになる。取れる戦術の幅が一気にせばまる。魔王にとっては翼をもがれた鳥になったに等しい。


 ザガートが戦闘中にも関わらず考え事に没頭しかけた時、ザムザが両手で刀を握ったまま魔王のいる方へと歩き出す。数歩前へと進んだ次の瞬間、人斬りの姿が魔王の視界からフッと消えた。


「!?」


 相手を見失った事に魔王が驚いた顔をする。転移魔法を唱えた素振りもなく、高速移動した訳でもない。かといって透明人間になった訳でもない。文字通り男の姿が消えたのだ。たとえるならビデオ再生した次のコマで、いきなりいなくなったかのように……。


 数秒後、ザガートの背後からかすかな殺気が放たれた。

 魔王が後ろを振り返らないまま反射的にしゃがむと、彼の頭上をブォンッと風を斬った衝撃が水平にかすめる。


 ザムザが魔王の背後に立っており、首を狙って刀を横ぎに振ったのだ。それをすんでの所でかわした形となる。


「フンッ!」


 ザガートが姿勢を低くしたまま後ろ回し蹴りを放つ。

 相手の反撃を予測済みだったのか、ザムザが後ろにジャンプして男の回し蹴りをかわす。数メートル離れた地面に着地して、相手の出方をじっとうかがう。


(恐らくヤツは本当に消えた訳じゃない……気配をゼロにする事で、視界に入ったままでも存在を知覚できないようにした。俺はそれを『消えた』と錯覚したんだ。だが攻撃の瞬間だけはどうしても殺気が出る。だからヤツは背後に回り込んで、相手の反応が遅れる間に首をねようとした……これが一連の動作のトリックだったという訳だ)


 ザガートは相手の技の性質を瞬時に見抜く。気配をなくす事によって敵に気付かれないよう接近し、死角から斬りかかったのだろうと考える。

 ザムザ本人はあくまで徒歩で近付いただけだが、敵の視点では死角にいきなりワープされたに等しい。


(俺だから反応が間に合ったものの、大半の戦士は今の攻撃で首を落とされただろう)


 攻撃動作の発生から回避まで猶予ゆうよ時間がほとんど無かったと語り、自分でなければかわせなかったと戦々恐々する。


「ウオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 ザガートがザムザの能力に恐れをしていると、バルザックが野獣のごと咆哮ほうこうを上げながら大地を蹴って駆け出す。魔王の左側面に回り込むと、敵に向かって全力で走りながら剣を縦に振って斬りかかろうとする。


「キェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」


 時を同じくして魔王の右側面にいたザムザが、武闘家のような奇声を発しながら走り出す。今度は殺気を消すのをやめて、殺意をき出しにしながら間合いに踏み込んで、相手を縦一閃いっせんに斬ろうとした。


 両者は同じタイミングで魔王めがけて剣を振る。左右から挟み撃ちにするつもりだ。


(回避は間に合いそうにない。ならば……フンッ!)


 ザガートは両腕を左右に広げたポーズを取り、自身に向けて振り下ろされた剣をそれぞれの手で止める。剥き出しの刃を素手でつかんだが、流血する素振りはない。


「グヌヌ……」

「ヌゥゥゥ……」


 バルザックとザムザが無念そうに歯ぎしりする。渾身の一撃を片手だけで止められた屈辱をにじませた。

 二人は力ずくで相手を押し切ろうとしたが、いくら腕に力を込めても剣は微動だにしない。巨人の手で掴まれたようにガッチリと固定されており、一センチたりとも先に進めない。


 剣を止めた当の魔王は涼しい顔をしており、焦る様子は微塵もない。ギリギリの力で耐えているようには全く見えず、表情には余裕すら感じられる。


「異世界の魔王、その首頂戴ちょうだいする!!」


 勇者アランが死を宣告する言葉を発しながら魔王の正面へと駆け出す。両手で握った剣を横薙ぎに振って相手に斬りかかろうとする。仲間が動きを止めている間に命を奪う算段だ。


「フンッ!」


 魔王は気合を入れたように鼻息を吹かすと、両腕をグイッと左右に押し込む。すると彼を挟み撃ちにしていたバルザックとザムザが、ポーーンと空高く投げ出された。放物線を描くように飛んでいって地面に激突する。


 すでに間合いに踏み込んでいた勇者が剣をブォンッと横一閃いっせんに振って魔王に斬りかかる。魔王は咄嗟とっさに後ろにジャンプしたが、完全にはかわし切れておらず、胸元を横に数センチ切られる。胸の部分の衣服が切り裂かれて生肌があらわになり、分厚い胸板に一本の赤い線が入る。そこからツーーッと血がしたたり落ちる。


「……浅かったか」


 間合いに踏み込んでの一撃が致命傷にならなかった事にアランが無念そうにつぶやく。

 魔王の胸の傷は瞬時にふさがり、流れた血も止まる。ただ衣服は再生されず、胸の肌はあらわになったままだ。


(ブレイズですら流血するまでに至らなかった俺の皮膚を、こうもたやすく切り裂くとは……やはりまがい物などではない、正真正銘、本物の異世界から来た勇者だ。只者ただものじゃない)


 ザガートは地面に降り立つと、宇宙一硬い自分の体に傷を付けたアランの実力に舌を巻く。エクスカリバーの切れ味もさる事ながら、剣の本来の力を引き出せている男の技量に敵ながら天晴あっぱれと称賛の言葉を贈る。


 ピンチに追い込まれた状況ではあったが、本物の勇者と戦えた喜びも、魔王の中にはあった。心の何処かで思い描いていた夢が実現した心地がした。

 この世界の住人に、今まで戦った相手の中に、真の勇者などなかったのだから……。

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