第200話 魔王は死地へと赴く
「魔王、何を血迷った事を抜かしよる! 道端に生えてたキノコを食べて、遂に気でも狂ったか!?」
鬼姫が物凄い剣幕で魔王に詰め寄る。自分一人で勇者パーティに立ち向かうと言い出した提案に真っ向から反論する。
女達からすれば、全く訳の分からない話だ。いくら魔王が強いといっても、相手は異世界を救った勇者パーティだ。五対一で戦えば不利な状況になるのは目に見えている。命を落としたとしても何ら不思議はない。
かといって魔王が相手の力を侮ったとは考えにくく、真意が読めない行動は正に気が狂ったとしか思えない。
「そうだザガート、一体何を考えている!!」
「危険なマネはやめてください!」
レジーナとルシルが後に続くように言葉を発する。命を捨てる選択をした魔王の判断を全力で止めようとする。
「何かの作戦だっていうなら、オイラ達に話して欲しいッス!!」
なずみが無謀な作戦の真意を問い質す。魔王が何の考えもなしに死に行くようなマネをするとは思えず、何か裏があるのだろうと察する。
「すまない……今は理由を教えられない」
魔王が下を向いたまま申し訳なさそうに謝る。仲間に心配をかける負い目があり、目線を合わせられない。何か裏がある事は否定しなかったが、その内容までは話さない。
「嫌じゃ! 絶対嫌なのじゃ! お主に先に死なれるくらいなら、いっそここで妾を殺してたもれ!!」
鬼姫が魔王の返答に納得いかず大声で喚く。男の腕にしがみ付いたまま決して離れようとしない。愛する男を死地に向かわせまいとするあまり磁石のようにくっついており、たとえ引きずられても戦場に付いていくつもりだ。
『落ち着けッ! 我が主がみすみす命を捨てるようなマネをすると、本気でそう考えているのか!?』
ブレイズが苦言を呈しながら女を力ずくで引き剥がす。
主君に彼なりの考えがある事を強い口調で伝える。
『我が主はいつだって正しい選択をする……貴殿らも分かっているはず。ならばそれを信じ、ただ黙って背中を見送る事こそ、真に我が主への忠義を示した事になろう』
仲間を信頼して送り出すべきだと自説を述べた。
「……」
不死騎王の言葉に他の仲間達が黙り込む。誰も反論する者などいない。メンバーの中で最も彼が魔王の意図を理解しているという考えがあり、やむなくその提案に従う事にした。
彼が反対したならば異論を挟む余地もあったが、彼が同調しては他に魔王を説得できる者は一人もいない。
この場の騒ぎを収めてみせた不死騎王の立ち振る舞いに、ザガートが無言のまま感謝の目配せをする。不死騎王がそれに応えるように魔王の方を向いて頷く。
「……フンッ! 仕方ないのう! お主らがそこまで言うなら、大人しく言う事を聞いてやるわい! だがよいか! もし魔王が命を落としたら、その時は我自ら命を断ち、冥土の果てまで追いかけてやる! あの世で魔王を一人占めして、いやらしい事をたくさんしてやるからの!!」
鬼姫が男の方針に従う事をしぶしぶ承諾する。魔王を死地に向かわせる条件として、彼が死んだ暁には自害して後を追う意思を固めた事を伝えた。
「……お前達を残したまま死ぬ事は無いと約束しよう」
ザガートは女達の元へと戻ってくる事を強い口調で誓う。
女達は男の言葉を信じたようにコクンと頷く。
かくして仲間とのやり取りを終えて、魔王は一人荒野へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
ソドムの村から北に五キロ向かった場所……渇いた茶色の大地が地の果てまでも広がる、閑散とした荒野。冷たい風がビュウビュウと吹き抜けて、砂埃が空に舞い上がる。
カラカラに乾燥した土は水分を一滴も含んでおらず、草木は全く生えない。サソリや蜘蛛がカサカサと地上を這う姿を見かけるだけだ。あらかじめ魔王の処刑場として用意されたような、殺風景な死の大地。
伝説の勇者が死んだ場所と言い伝えられるゴルゴダの丘はここより更に北にあったが、ここがそう呼ばれたとしても何ら違和感はない。
空は黒い雲に覆われており、陽の光が射し込まない。まだ太陽は沈んでいないのに、辺り一帯が影に覆われたように暗い。まるで不穏な未来を暗示したように――――。
約束の時間より五分早く、ザガートが決闘の場所に到着する。正面に砂嵐が舞っており、数メートル先を見通せない。
(少し早く来すぎたか……?)
強風に吹き飛ばされないように耐えながら、一瞬そんな事を考える。
だが砂埃が吹き飛ばされて視界が開けると、目の前に五人の男が立っていた。
ザガートが約束の時間より五分早く到着したというのに、彼らは先に来て、魔王が来るのを待ち続けていたのだ。万全の準備を整えるためか、強敵との戦いを待ち切れなくてウズウズしたのか。
「よく来てくれた、異世界の魔王……決闘の申し出を受けてくれた事、心から感謝する。俺の名はアラン。お前を始末するため、神に異世界から呼ばれた勇者なり」
五人の真ん中にいた男が一歩前に出て、丁寧な口調で挨拶する。自分が果たし状の送り主で、そこに書かれたメンバーのリーダー格であったと告げる。
齢二十二歳に見える若者は落ち着いていて、態度は紳士的だ。魔王に対してケンカ腰になったりしない。魔王は青年の大人を感じさせる振る舞いに好感触を抱くのと同時に、だからこそ油断のならない相手だと警戒心が湧く。
無鉄砲な若僧なら簡単にやり込めるが、そのような未熟さが微塵も感じられないからだ。内心厄介な相手だと思った。
ザガートは顎に手を当てて、眉間に皺を寄せて五人をガン見する。彼らから発せられたオーラを目視して、連中の強さを推し量ろうとする。
(フゥーーム……勇者は俺と同等……狂戦士はその四分の三。他の連中はせいぜい、勇者の五分の一といった所か。まぁ世界を救ったパーティの強さとしちゃ、こんなものだろう)
オーラの量を目安として、大まかな強さを測定する。決して弱くはないが、逆に思ったほど強すぎもしない感覚があった。全員が勇者級の強さだったら手に負えない所だ。
魔王と同じという事は、勇者もまたアスタロトの二十倍の強さだという事になる。狂戦士は十五倍、他の三人はそれぞれ四倍。それが魔王による戦力評価となる。
「勇者よ、念のために聞いておく……お前はこの世界の神が何をしようとしているのか、知っているのか?」
強さの測定を終えると、頭の中に湧き上がった疑問をぶつける。異世界から呼ばれた勇者であるアランが、ヤハヴェに騙された被害者なのかどうか聞いて確かめようとした。
「……」
ザガートの問いにアランが無言になる。顔をうつむかせたまま銅像のように固まっており、一言も喋ろうとしない。これからやろうとしている事の重大さを把握済みなのか、表情に苦悩の色が浮かぶ。
しばし下を向いたまま黙り込んだが、やがて思い立ったように顔を上げて口を開く。
「この世界に呼ばれた時、これまで起こった事を脳内の記憶にインプットされた。だから大まかな事情は把握している。神がこの世界の人類を滅ぼそうとした事も、お前が魔王救世主と呼ばれ、人々から尊敬された事も……」
自分達がありのまま真実を教えられたと伝える。魔王が人々から救世主と慕われた事も、ヤハヴェが身勝手な理由で世界を滅ぼそうと企てた事も、とうに把握済みだという。
「だが俺が元いた世界は大きな災厄に見舞われて滅んでしまった。神はお前を倒せば俺の世界を元に戻すと、そう約束した。だから俺はお前の命を欲する。正義や信念の為ではなく、自分の利益や幸福のために」
自分達の世界が災厄で滅んでしまった事、神から取引を持ちかけられた事、その誘いに乗った事……それらの事実を明かす。魔王を悪とみなしたからではなく、自分の世界を取り戻す戦いである事を強調した。
「お前を殺すという事は、この世界の滅亡に加担する事……それに一縷の迷いが無かった訳じゃない。だが俺の世界とお前の世界、どちらか一方しか選べないというのなら、俺は自分の世界を選ぶ。ザガート……俺は俺の世界を守るために、お前を倒す!!」
魔王を倒す事が悪しき行いだと知りながら、あえてそうせざるを得ない苦渋の決断に踏み込んだ意思を伝えて、負けられない戦いに臨む不退転の覚悟を示す。
「そうか……」
勇者の覚悟を知らされて、ザガートがフッと口元を緩ませた。胸のつかえが取れた安心感からか、表情が穏やかになる。
魔王の中には一つの懸念があった。それは勇者が神に騙されたのではないかというものだ。正義を信じる勇者が、神にあること無いこと吹き込まれて、自分を悪とみなして襲いかかってきたのではないか……その可能性があると予測した。
神に騙された善良な若者を全力で屠る事に負い目があった。もしそうなら真実を教えなければならないと思った。
だが勇者は騙されてなどおらず、純粋な取引によって神に加担したという。それを知らされて、魔王の中に手を抜かなくていい安心感が芽生えた。善と悪の戦いでなく、互いに譲れないものを賭けてのぶつかり合いなら、負い目を感じる道理は無い。
「良いだろう、勇者よ……そこまで覚悟があるのなら俺も容赦はしない。お前達を全身全霊を賭して戦うべきライバルとみなし、純粋に一人の戦士として、全力でぶつかっていく!!」
勇者達を真摯に向き合うべき宿敵と認めた事を高らかに告げるのだった。




