第20話 王女の憂鬱
王国滅亡の危機を免れた事に城内が沸き立ち、戦勝祝いのパーティが急遽開かれた。オークを撃滅したのはまだ夜が明けていない朝の二時過ぎだったが、パーティは丸一日経っても終わらない勢いで、再びその日の晩になる。
大広間に置かれたテーブルに次々と料理が運ばれて、兵士達が酒と肉を美味しそうにかっ喰らう。国を救った英雄を讃える歌を唄いながら、飲めや歌えのドンチャン騒ぎに興じる。
ミノタウロスも彼らに快く迎えられて、酒の飲み比べをしたり、ガハハと楽しそうに談笑する。
城内が明るい雰囲気に包まれた中、ザガートがキョロキョロと周囲を見渡す。ふと気付くと、レジーナの姿が何処にも見当たらない。
「ザガート様、どうかなされましたか?」
魔王が何かを探しているらしい様子を見て、ルシルがキョトンと首を傾げながら問いかけた。
「ルシル、お前はここに残っていろ。俺は少し用事を思い出した」
ザガートはそう告げるとズカズカと早足で大広間から退散する。何処かに向かって一目散に走り出す。
「そんなーー、ザガート様ぁーー」
少女がジト目になりながら、気の抜けた声で返事する。言い付けを守って大人しくその場に留まりつつも、主君に置いてけぼりにされた事を深く嘆く。
◇ ◇ ◇
城の廊下を出た中庭の庭園……その隅にある草木に覆われた茂みに、レジーナはいた。
その場所は月明かりは届いたものの、窓から見渡せない角度で巧妙に隠れており、周囲に人の気配は感じられない。祭りの喧騒から離れて、ひっそりと静まり返る。
「……」
貴族令嬢のドレスに身を包んだレジーナが、誰もいない壁を向いたまま黙り込む。その表情は深く落ち込んだように暗く沈む。
「本来パーティの主役となるべきお姫様が、こんな所で何をしている?」
王女が一人で佇んでいると、ザガートがガサガサと草木を手でかき分けながら現れる。
「ザガート……」
男の言葉に反応して王女が後ろを振り返る。彼が駆け付けた事に一瞬喜んだ顔を見せたものの、表情はすぐ元に戻り、再び壁の方を向いてしまう。
「……一人にしてくれないか」
今にも消え入りそうにか細い声で呟く。
「ザガート……お前がうらやましいよ。憧れるくらいに……」
空を眺めながら、唐突にそんな言葉を口走る。自嘲気味に渇いた笑いを浮かべており、その表情は何処か物憂げで、儚く切ない。
「お前は本当に凄い男だ……全部一人でやってのけてしまう。大臣の正体を最初から見抜いたし、デーモンをあっさりやっつけたし、終いにはオークの大軍十万を全滅させて、国を救ったのだから……」
男の成し遂げた功績を列挙して、彼の偉業を褒め称える。口調は淡々としていたが、手放しで尊敬する気持ちが十二分に伝わる。
「それに引き換え、私と来たら何だっ! 大臣に騙されて、良いように利用されて、お前にケンカを吹っかけて……挙げ句の果てに、心を操られてナイフで刺す凶行にまで及んだっ!」
一転して悲しみの表情に染まると、自らの犯した愚行を早口で並べ立てる。大臣の企みを見抜けなかった事に、人を見る目が無かったと深く恥じ入る。
「戦いに際してもそうだっ! 私は何の役にも立てなかった! 王女失格だっ! 世間知らずで無能で馬鹿な、役立たずのお嬢様だっ!!」
ザガートと比して、国を救うのに一切貢献しなかった自分の不甲斐なさを嘆く。本来国を守る責務を負うべき王族が、それを果たせなかった無力感に打ちのめされた。
「もうこんな私の事なんか、ほっといてくれ……」
そう言い終えると、瞼を閉じて下を向いたまま口をつぐむ。目から大粒の涙がボロボロと溢れ出し、ウッウッと声に出して泣く。二十二歳という体の大きな女性が、肩を縮こませて子供のように泣く姿は何とも憐れだった。




