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第199話 送られた果たし状

 ソドムの村が滅ぼされた翌日……かつて村があった場所に二十を超える数の大きなテントが建てられており、それらに数百人の村人が収容されていた。

 閑散とした荒野の大地に並び立つテントの群れは、事情を知らぬ者が見たら地元の遊牧民と思ったかもしれない。だが実際は神の一撃で住居を焼かれた村人が寝泊りする難民キャンプだ。


 無数あるテント……その中の一つ、他より一際ひときわ大きなテントの中で、ザガートと村長のバーラがあぐらをかいて座ったまま向き合う。二人の周りに魔王の仲間である四人の女と、数人の村人がいる。ブレイズの姿は無い。


何分なにぶん急ぎだったゆえ、今はこの程度の事しかやれない……当分はこれで雨風をしのいでもらいたい。神との戦いが落ち着いたら、村の再建に取り掛かると約束しよう」


 ザガートがあぐらをかいたまま頭を下げて謝る。神に焼かれた家屋の建て直しを今すぐには行えない事を村長にびる。

 村の跡地に建てられた難民収容のためのキャンプ地は、魔王が急場を凌ぐために用意したもののようだ。


「いえいえこちらこそ、何から何まで面倒を見て頂いて申し訳ない。本来であれば神の一撃で死んだままでいた身……それを一人の犠牲者も出さないでいてくれただけでなく、寝泊りする場所を提供してくれて、食事の用意までして頂いたのですから」


 バーラが申し訳なさそうに頭を下げて謝り返す。魔王には何の落ち度もなく、被災後の生活を全力でサポートしてもらっている。恩義を感じこそあれ、謝られる要素など一つもない。


「……貴方様こそ、我々の救いの神様です」


 魔王に対する切実な感謝の気持ちを言葉で伝えた。


 両者がそうした会話をしていると、外から大きな鳥が羽ばたく音が聞こえた。

 ザガート達がテントの外に出てみると、神鳥ガルーダがゆっくりと空から降りてくる。彼女の背中にブレイズが乗っている。


 大きな鳥が地面に降り立つと、不死騎王が神鳥の背中から降りる。ザガートの前までタタッと早足で歩いていって、地面にひざをつく。


『ご報告申し上げる……世界中を調べてみた結果、やはり大魔王が生み出した魔法生物は、彼奴きゃつの死とともに消滅した模様。全身が砂のように崩れ落ちて灰の山になったとの事。生命創造クリエート・ライフで新たな命を吹き込まれた者だけが、消滅をまぬがれたとの事にござる』


 調査結果について報告を行う。大魔王の眷属たる『魔族』が、主人の死によって一匹残らずチリに還った事を告げる。神鳥と不死騎王はそれの調査のために出かけていたようだ。


「これで魔族は跡形もなく消滅し、人類が生存をおびやかされる心配は無くなった……という事になるのう」


 鬼姫が地上から魔族の脅威が消えせたと知って、安堵の表情を浮かべた。


「だが魔族を生んだ諸悪の根源たる神が、自ら人類殲滅せんめつに乗り出した……状況は何も変わっていない」


 レジーナがかんばしくない現状を口にして、苦虫を噛みつぶした表情になる。これから先に待ち受けるであろう困難を頭の中で思い描いて、どよーーんと暗い気持ちになる。ストレスで頭がクラクラして、気が遠くなりかけた。


 他の仲間達も彼女と心境は同じであり、皆が下を向いたまま黙り込む。誰も一言も発しないまま暗い顔をする。気の利いた言葉を言える者はいない。


「ガルーダ、お前はこれからどうする。俺達と一緒に戦うか? それとも、ヤハヴェのがわに付くか?」


 ザガートが思い立ったように顔を上げて神鳥に問いかける。神に生み出された鳥である彼女が今後どういう立場になるか、聞いて確かめたかった。

 ガルーダはしばし思い悩んだように下を向いたが、やがて答えが決まったように顔を上げて口を開く。


「私は神に直接逆らう事は出来ません……ですが、人類殲滅に手を貸す気もありません。私は一度自分の神殿に戻り、成り行きを見守る事にします。そしてもし貴方がたが勝ったあかつきには、再びせ参じて貴方がたのお力になりたいと……そう考えています」


 ヤハヴェの人類殲滅の思想に加担する気が無い考えを明確に打ち出す。自分の住処すみかに帰って、両者の戦いを見届けたいむねを伝える。

 いくら神に生み出されたといっても、彼が人類を滅ぼそうとする身勝手な動機に全く共感できなかったようだ。


「そうか……短い間だったが世話になった。達者でな…‥そして縁があったらまた会おう」


 ザガートが別れの言葉を送る。自分達に協力してくれた感謝の気持ちを声に出す。神鳥と敵対せずに済んだ安心感からか、表情が自然と穏やかになる。

 ガルーダは魔王の言葉にコクンとうなずくと、一行に背を向けて数歩前へと進む。ピタリと足を止めると、その場に身をかがめて両足に力を溜め込む。


「……ご武運を」


 そう一言喋ると、ジャンプするように高く飛んで大空へと羽ばたく。翼を上下に動かして優雅に空を舞いながら、はるか彼方へと去っていった。


(さて、これからどうしたものか……ゴルゴダのおかに現れたという神殿の事が気がかりだ。恐らくヤハヴェの根城だと思われるが……)


 神鳥の後ろ姿を見送ったままザガートが物思いにふける。今後なすべき事について思い悩む。ソドムの村があった場所から北に十キロ向かった先に神殿がワープしてきた事は知っており、そこが敵の本拠地、いわゆるラストダンジョンだろうと考える。


 敵に何か仕掛けられる前に、こちらから乗り込むべきか……そんな考えが頭をよぎった時。


「た、大変だぁぁぁぁああああああーーーーーーーーッッ!!」


 一人の男が大声で叫びながらザガート達の元へと駆け込んでくる。右手に矢のようなものが握られている。


「キャンプ地のすみっこに、こんなものが刺さってたんだ!!」


 男はそう告げると、手に持っていた矢をザガートに渡す。矢の真ん中に白い手紙のようなものが結ばれており、いわゆるぶみと呼ばれるものだ。

 ザガートは紙をほどいて広げると、書かれた文面に目を通す。


「これは……!!」


 手紙の内容を知って驚きを隠せない。

 それにはこう書かれていた。




 大魔道士ハイ・ウィザードツェデック

 僧侶クリムト

 人斬り、タカの目のザムザ

 狂戦士バーサーカー、竜殺しのバルザック

 勇者アラン


 ……以上、第八世界から呼ばれた勇者パーティ五名。

 我ら一同、魔王ザガートに決闘を申し渡す。この手紙が届いた日の夕方四時、ソドムの村から北に五キロ向かった地にある荒野にて待つ。必ず来られたし。

 一人で来ても構わないし、仲間を連れて来ても構わない。我らは相手が女だろうと殺しをためらったりしない。


 ザガート、貴殿の性格は把握している。この申し出を断る事は無いと、そう確信を抱く。


 ――――第八世界を救った勇者アラン。




 それは異世界の勇者からの果たし状だった。自分達勇者パーティの構成員、決闘の日時と場所の指定、仲間を連れても良いかいなか……それらが事細ことこまかに記載されている。


「……敵に先手を打たれたようだ」


 ザガートは手紙を読み上げると、右手でクシャッと握りつぶす。鼻をかんだティッシュのように小さく丸めると、テントの中にあったゴミ箱にポイッと放り投げる。


(神が俺を殺すために差し向けた連中だ……並みの実力の持ち主ではない。もしかしたら本気で戦ったとしても勝てない相手かもしれない。いずれにせよ初見で勝てるとは考えにくい)


 勇者パーティの強さに憶測をめぐらす。神がわざわざ能力の低い者を差し向けたとは考えにくく、自分を殺せるだけの実力があるのだろうと思いを抱く。相手をめてかかったりしない。


 何しろ彼らは異世界から呼ばれた勇者だ。第八世界を救ったとも記載がある。

 それは元いた世界の魔王を倒した事実を伝えるものであり、アザトホースに匹敵する強さの魔物を倒せる実力の持ち主だという事を容易に分からせた。


(連中の能力を確かめるためにわざと一度戦って、負けて死んでみる必要がありそうだ)


 自らの命を踏み台にした威力偵察が必要だという結論に達する。悲壮な覚悟を抱きながら、右手の中指にめられた指輪に目をやる。

 金色の指輪が意味ありげにキラーーンと光る。それにどんな効果が秘められたのかは分からない。


「ふんっ! 異世界の勇者だか何だか知らんが、恐るるに足らぬわい! 鼻の穴に割りばし突っ込んで、全裸にひんいて、砂漠で土下座させてやる! わらわたちに逆らった事を後悔させてやるのじゃ!!」


 魔王の覚悟などつゆとも知らず、鬼姫が鼻息を荒くする。こうしてやるぞと言わんばかりに地面を何度も踏み付ける。何としても敵に恥辱を味あわせるのだと激しく息巻く。


「私達の力を見せつけて、返り討ちにしてやりましょう」


 ルシルが勇者パーティへの対抗意識を剥き出しにする。自分達も第七世界の勇者だという思いがあるのか、いつになく好戦的だ。レジーナも彼女の発言に同意するようにうなずく。


「神の手先になった連中に、痛い目を見せてやるッス」


 なずみが敵を倒す意思を強い口調で告げる。右腕に力こぶを作って、自分達の強さに絶対の自信を抱く。


 四人の女達はこれまでになくテンションが高い。異世界の勇者が現れたと聞いて対抗意識が芽生えたのか、瞳が闘志の炎でメラメラ燃えている。自分達の方が正統な勇者だと言いたいらしく、連中と戦いたそうに体をウズウズさせた。


 すっかり勇者パーティとの戦いに乗り気でいた彼女達だが……。


「いや、お前達は付いて来なくていい。今回は俺一人だけで行く」


 魔王が女達の戦意に水を差すように口を挟む。勇者との戦いに単独でおもむく意思を伝えて、彼女達にキャンプ地に残るよう命じる。


「えっ……ええええええぇぇぇぇーーーーーーーーっっ!?」


 男の予想外の発言に、女達は驚くあまり目を丸くさせた。

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