第192話 アザトホースは『楽園追放』の真実を語る
遥か遠い昔……ヤハヴェは神々から第七世界と呼ばれる、この宇宙を創造した。無数に存在する多次元宇宙の中で、七番目に作られたから第七世界……そう呼ばれている。
神は第七世界の地球にエデンと呼ばれる楽園を創造し、そこにたくさんの動物、食べられる木の実が生る木を数本、そして最後に一人の人間を住まわせた。それが原初の男性とされたアダムだ。アダムは神の御姿に似せて作られた。
アダムには動物の仲間がいたが、人間の仲間がいない。彼は一人だ。
ヤハヴェは人間が彼一人だけでは寂しいだろうと考え、彼の肋骨の一本を抜いて、女性というものを作った。それがイヴだ。
神はエデンの木に生っていた果実のうち、他のものは食べてもよいが、知恵の果実だけは決して口に入れてはならないと警告した。人間の魂が『知恵』という毒に冒されて、神への信仰を失うのを恐れたためだ。二人は言い付けを守った。
その頃、地上にサタンと呼ばれる悪魔の王がいた。
サタンはかつて神に仕えた天使だったが、神が自分よりも我が子たるアダムに寵愛を向けた事に嫉妬して、神に逆らった。それによって天使の座を剥奪されて地上に落とされて、あらゆる生物の中で最も穢れた者となった。
以後サタンは悪魔の王となって地上に君臨している。
サタンは一匹の蛇へと姿を変えて、エデンに忍び込んだ。そしてアダムとイヴを言葉巧みにだまして、知恵の果実を食べるよう仕向けたのだ。二人は蛇に唆されるがまま知恵の果実を口に入れてしまった。これらは当然神の知る所となる。
そして――――。
「息子達よ。汝らは我の言い付けに背いて知恵の果実を食べた。私の言う事よりも、蛇の言う事の方が正しいと、そう思ったのか。答えよ」
ヤハヴェはアダムとイヴを厳しく問い詰めた。
「ああ神よ。我々は大きな間違いを犯しました。貴方の言う事が正しいと知りながらも、知恵の果実を食べたい欲求が湧き上がり、貴方の言い付けを破ったのです」
アダムとイヴは自分達が犯した過ちを素直に認める。
「汝らは、自分達が犯した罪から逃れられると、そう考えているか」
ヤハヴェは尚も二人を問い質す。
「主よ。我々は犯した罪から逃れられるとは考えておりません。どうか貴方様の気の済むよう、如何なる罰でもお与え下さい。命を差し出せとおっしゃるなら、喜んで命を差し出します。我々は主が下された如何なる裁定にも従う所存です」
アダムとイヴは罰を受け入れる覚悟を示し、神への恭順の証とする。
神は二人の返答に満足したように「フム」と頷く。
神は二人の言葉に嘘があったならその場で焼き殺すつもりでいたが、二人が示した覚悟はまことのものであった。彼らは神に逆らった事の重大さを自覚し、取り返しの付かない事をしたと後悔し、神が望むなら命まで差し出す覚悟をしたのだ。
神は二人の言葉を聞いて、だいぶ心象が良くなった。心から反省の意を示した者をそれ以上厳しく叱ったり、傷付けたりする事は本意ではない。さりとて、何のお咎めも無しという訳にも行かない。
神は言い付けを破った罰として、二人を楽園から追放した。
そしてこう言ったのだ。
私はお前達に知恵の果実を食べるなと忠告した。お前達の魂が『知恵』という毒に冒されて、我への信仰を失うのを恐れたためだ。だがお前達は知恵の果実を食べた。
だがお前達に一度だけ猶予を与えよう。いついかなる時も、神への信心を忘れるな。汝おごる事なく、神への感謝の気持ちを忘れず、未来永劫、子々孫々まで、父なる我を敬いたまえ。我はいつでもお前達の事を見ている。
汝らが神への愛を失わぬ限り、我はお前達を傷付けたりはしない。だがもし神への愛を失ったと判断すれば、我は躊躇なく地上の人間を洪水で押し流すだろう。
決して忘れるな。これは神とお前達人類が交わした契約なのだ。
決して忘れるな。お前達が地上に在る時、お前達はいつでも神に生かされているという事を。
……アダムとイヴは神に言われたその言葉を胸に抱いて、地上に降りて行った。
大魔王サタンはその後神に戦いを挑んだが敗れて、地獄の奈落へと封印されたと、そう言い伝えられている。




