第188話 ザガートとアザトホースは言葉を交わす
「良イダロウ……我モチョウド、オ前ト話シタイト思ッテイタ所ダ。何カ聞キタイ事ガアレバ、答エテヤル」
魔王の内面に興味が湧いたのか、アザトホースが質問を許可する。本格的な戦いが始まる前に、好敵手と言葉を交わしてみたい衝動が湧き上がったようだ。
「そうか……ならばこの世界に来て間もない頃ミノタウロスにした質問を、もう一度させてもらう。アザトホースよ……お前の目的は何だ? 何故人類を根絶やしにしようとする。一体何を望んで、どんな思想を抱いて、お前はそれを成そうとしている?」
ザガートが率直な疑問をぶつける。大魔王が人類根絶をもくろんでいるとは聞いていたが、何故そうしたいのかまでは知らない。
人類を暴力によって服従させ、隷属させて、魔族が支配階級となる『魔』の王国を築こうとしているなら、一応は理解できる。共感はせずとも、闇の支配という新たな秩序を築こうとしている事にも納得は行く。だが大魔王が目指したのは『それ』ではない。
大魔王が目指したモノ……それは隷属すら許さず、人類を地上から一匹残らず消し去る事だ。種としての完全な根絶を目指した争いは大量虐殺を生み、血で血を洗う激しい闘争となり、大地を真っ赤な血で埋め尽くす。世界は混沌の渦に呑まれた焼け野原となり、そこに新たな秩序など生まれはしない。たとえ魔族が支配する新たな王国が誕生したとしても……だ。
ザガートからすれば、到底合理的な思想とは呼べない。とても納得の行くものではない。大魔王が何を考えてそのような破壊的な行動を行ったのか、本人の口から聞いて確かめたかった。
「……人間ニ生キル価値ナド、一ミリモ在リハシナイ」
アザトホースが不意にそう言葉を吐く。
「人間ハ愚カダ……アマリニモ低脳デ脆弱、品性ナド欠片モ無イ。踏メバアッサリ死ヌ、蟻ノヨウナ生キ物。ニモ関ワラズ彼ラハ地上ニ蔓延リ、我ガ物顔デ振舞ウ。我ハ、ソレガ不愉快デ仕方ガ無イ」
人間を生きる価値の無い生物とみなした事、そう確信するに至った根拠を並べ立てた。よほど目障りに感じたのか、人類を侮辱する言葉が次から次へと口から飛び出す。このまま放っておいたら、いつまでも悪口を言い続けかねない勢いだ。
「我ハ、人間ヲ一匹残ラズ消シ去ルト……コノ地上カラ劣等種タル人類ヲ一掃シ、優レタ上位種族タル魔族ガ支配スル、理想ノ王国ヲ築クト……ソウ心ニ決メタノダ」
人間と魔族の間に価値の順列を付けた事、下位種族だとみなした人類を根絶して、彼が上位種と呼ぶ魔族が地上を支配するに相応しいという結論に至った事を述べる。
「ザガートヨ……我ノ側ニ付ケ。オ前ハ、ソチラ側ニイルベキ存在デハ無イ。オ前ホドノ英知ト実力ヲ備エタ者ガ、愚カナ人間ニ味方スルナド、不合理ニモ程ガアル」
最後に魔王の能力を高く評価して、人類の側にいるべきじゃないと忠告して話を終わらせた。
……大魔王の言い分は人類からすれば真に身勝手極まりないものだ。人間は無能で愚かだから絶滅しろと、そう言っているのだ。
悲しい過去があった訳ではない。世界の将来を憂う大義名分があった訳でもない。ただただ人類を心の底から見下しただけの、自分勝手な物言い。滅ぼされる人類の側からすれば、到底受け入れられるものではない。
非論理的な主張で一つの種族を絶滅に追い込もうとする姿は、正に悪魔の王そのものだ。
レジーナとブレイズは人間をゴミか排泄物のように扱う大魔王の態度にはらわたが煮えくり返る思いがしたが、今すぐ斬りかかったりしない。今はザガートが話している最中だから彼に任せようと考えて、湧き上がる怒りを必死に堪える。
当のザガートは大魔王の主張を黙って聞いていたが……。
「……話にもならない」
不意にそう呟く。目を閉じてガッカリした表情を浮かべて下を向いたまま、首を左右に振って残念そうにため息を漏らす。大魔王の主張に心底落胆した様子が窺える。
「人間を劣等種だと……そう言ったな。だが俺はそうは思わない」
目を開いて顔を上げて大魔王をじっと見ると、相手の言葉を即断で否定する。人間は滅ぶべきだという悪魔の主張に全く共感の意を示さない。
話にもならないという言葉の通り、両者の間に埋めがたい価値観の相違があった事実を伝える。
「俺は今まで長い冒険の旅をして、多くの魔族を見てきた。確かに彼らは戦闘力こそ高かったが、優れている点と言えばそれくらいだ。それ以外の部分……精神面においては明らかに人間に劣る」
これまでの実体験を振り返り、自身が感じた魔族の印象について語りだす。
「欲望のままに食らい、欲望のままに殺戮して、欲求の赴くままに破壊と蹂躙を繰り返すだけの、飢えたケモノの集団……創造性など欠片も無い。一体これの何処が高等種族だと呼べるのか、不思議でしょうがない。正気すら疑いたくなる」
一つ一つの特徴を上げ連ねて、魔族が本能のままに破壊活動を行う無秩序な集団でしかないと私見を述べた。
「アザトホース……お前の言う人間は愚かで、魔族は優れているという主張には、一ミリの正当性も感じられない。何の根拠もない、事実に基づかない、聞くに値しない妄言……主観的に物事を言っているだけで、客観性が無い。単なる子供の言い訳でしかない」
大魔王の発言を穴だらけだと指摘して、これでもかと言わんばかりにこき下ろす。目玉の言っている事に理論的に正しい箇所など一つも無いと喝破する。
「アザトホース、お前の言葉は俺の胸には少しも響かなかった。魔族としての誇りも、王としての威厳も感じられない、頭でっかちなだけの空っぽな存在……とても宇宙の支配者と呼べる器ではない」
目玉の言葉に全く共感できる部分が無かったと伝えて、王として相応しい人物ではないと断ずる。
「……魔族の王というから、どれだけ英知を持ったヤツなのだろうと期待したのだがな。この程度の見識しか持ち合わせていないと知って、控えめに言ってもガッカリしたよ」
最後に大魔王の底の浅さに対する失望をあらわにして話を終わらせた。期待を裏切られて心底落胆したのか、見るからにガッカリしたように「はぁーーーっ」とため息を漏らす。相手のしょうもなさにテンションがだだ下がりする。
宇宙の王らしい見識の深さを期待したのか、幼稚でくだらない動機しか聞けなかった事に骨の髄から絶望する思いに駆られた。
アザトホースはザガートの言葉を聞いて一瞬黙り込んだが……。
「ヌゥゥゥ……我ヲ……コノ大魔王ヲ愚弄スルノカッ! 異世界ノ魔王ォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」
全身をわなわなと震わせて、声を荒らげて激高する。体中の血管が今にもブチ切れんばかりにビキビキと浮き上がっており、ギョロリと見開かれた目玉が真っ赤に充血して、ゼェハァと興奮して呼吸が荒くなる。図星を突かれて反論できなかったのか、怒りに火が点いたようだ。
発せられた怒声は城全体を激しく揺るがして、空気がビリビリと振動して、震度7クラスの大地震が起こる。城の至る所に置かれていた彫像や家具が床に倒れて、窓枠に停まっていたカラスの群れが慌てて空へと飛び去る。ただ大魔王の部屋にあった燭台は床に固定されていたのか、炎がゆらゆら揺れただけで無事だ。
目玉が発した声の衝撃は、ガルーダが言った通り山が吹き飛ぶほどの威力があった。この城が攻撃魔法に耐えるほど頑丈だから無傷だっただけで、そうでなければとっくに崩落していただろう。
「跪ケ……暗黒重力ッ!!」
大魔王が間髪入れずに攻撃呪文を唱える。ドォォーーーーンッ! と重さ十トンの鉄の塊が床に落下したような音が鳴り、大地が激しく揺れて、一行に地球の百倍の重力が伸し掛る。四人の女がすぐさま地べたへと叩き付けられた。
「ああああああぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
「のわぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!」
ルシル、レジーナ、なずみ、鬼姫……魔王の仲間の女達が阿鼻叫喚の悲鳴を上げた。実力者であるはずの鬼女ですら超重力に抵抗できない。潰れたヒキガエルのように手足を大の字に伸ばしたまま、敵の魔法の餌食になるだけだ。
(これが大魔王の力……なんたるザマじゃ! あやつが本気を出せば、妾など呪文一つ唱えただけで、塵も残らず消し飛んでしまうではないか!!)
鬼姫は超重力に曝され続けたまま自らの無力さを悟る。自身と大魔王の間に天と地ほど力の差があった事を実感して、東の妖怪の王を名乗っていた事実を深く恥じる思いに駆られた。
百倍の重力のパワーは凄まじく、彼女達ではどうにもならない。目に見えない巨人に踏まれた状態のまま、苦痛にもがき苦しみながら死を待つだけだ。このまま勝敗が決したかに思われたが……。
「……!?」
次の瞬間目にした光景にアザトホースは心臓が飛び出んばかりに驚く。信じられないものを見たと言いたげに目をパチクリさせた。
大魔王が目にしたもの……それは超重力を浴び続けたまま、二本の足で立っている二人の男の姿だ。その二人は言うまでもなくパーティ最強である魔王と不死騎王だ。
ブレイズとザガートは腕組みして偉そうにふんぞり返ったまま、何事も無かったかのように平気な顔をしている。地球の百倍の重力などものともせず、大魔王を自信に満ちた表情で見ながら「フッフッフッ」と声に出して笑う。
重力魔法は六人全員に掛かっていた。にも関わらず、彼らにだけはまるで効いていないのだ。
「馬鹿ナ……貴様ラニハ重力魔法ガ効カナイノカ!?」
アザトホースが思わず声に出してうろたえる。超重力の中にありながら平然とした態度を取る彼らを見て、とても冷静ではいられない。よもや百倍の重力が彼らに作用していないのではないかと疑念を抱く。
『否……それがし達は術を無効化などしていない。百倍の重力はキッチリと我らに作用している』
不死騎王が大魔王の疑問に答える。彼らは超重力の影響をちゃんと受けており、何らかの力によって等倍にしていた訳ではないという。
「たかだか百倍程度の重力、俺達にとっては体がだるくなる程度の害しかない……不快な気分にさせられる事はあっても、動きを制限されたりはしない」
ザガートが仲間の後に続くように言葉を発する。自分達にとって百倍の重力など微々たる影響しか与えないと教える。
特別な手段によって重力空間を無効化していた訳ではない。単に身体能力がズバ抜けていたため、彼らにとっては蚊が刺した程度にもならないというのだ。
「跪け……暗黒重力ッ!!」
ザガートは正面に右手をかざすと、相手と全く同じ呪文を唱える。大魔王の真下にある空間から重力結界が生まれたような爆発音が鳴ったが、その音は目玉が唱えた時よりも一段大きい。
「ヌォォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!」
大魔王が大声で叫びながら床へと叩き付けられる。鯨よりも大きな巨体がビタァーーーーンッ! と音を立てて地面に激突すると、その衝撃で部屋全体が激しく揺れて、少女達に掛かっていた重力魔法が解除される。
「フハハハハッ! そっちが百倍なら、こちらは千倍だッ! どうだ!? 如何に大魔王と言えども、千倍の重力には逆らえまい!!」
ザガートが発動させた術の威力について語る。重力がこれまでの十倍の威力に跳ね上がっていた事を教えて、超重力に抗えない大魔王を声に出して嘲る。
千倍の重力はアビスウォームが一瞬で粉々に吹き飛んだ威力だ。百倍なら耐えられたであろうアザトホースも、更にその十倍とあっては到底太刀打ちできない。
このまま超重力の餌食となって地べたを這いつくばるかに思われたが……。
「ヌゥゥゥ……カァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
突如気合を入れたような雄叫びを発して、大魔王の目玉が怪しく光る。すると魔法の効果が打ち消されたように重力結界が消失する。超重力から解き放たれると大魔王は即座に空に浮かんで、元いた場所へと戻る。
(ほう……相反する魔力をぶつけて、魔力の逆位相を引き起こさせるとはな。流石大魔王、並みの使い手ではない)
重力結界を打ち消した大魔王の力にザガートが思わず感心する。自身とは異なる手法によって超重力を克服してみせた相手の強さに、敵ながら天晴と称賛する思いに駆られた。




