第184話 バールのようなもの
鬼女と不死騎王が大きな魔物と戦っていた頃、ルシル、レジーナ、なずみの三人は人間サイズの魔物の群れと対峙していた。
百五十体の人型の魔物と三人の少女が十メートルほど間隔を空けたまま、牽制するように睨み合う。先に動いた方が負けという考えがあったのか、両者ともに微動だにしない。互いに相手をじっと見たまま数秒が経過する。
「業火ヨ、放テ……火炎光矢ッ!!」
「火炎光矢ッ!!」
「火炎光矢ッ!!」
やがて痺れを切らしたのか、一体のナラク・ウィザードが正面に杖の先端を向けて攻撃呪文を唱える。更に彼に続くように他のウィザードも同じ呪文を一斉に唱える。数十人のウィザードの杖から煌々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が少女達めがけて放たれた。
「精霊の力よ、我を守りたまえ……魔法障壁ッ!!」
ルシルは咄嗟に両手で印を結んで防御魔法を唱える。彼女を中心として半透明に青く光るバリアのようなものがドーム状に張り巡らされた。
バリアは三人を守ろうとするようにスッポリと隙間なく覆う。それから数秒遅れて敵が放った火球が少女達のいる場所へと到達する。
何十発も同時に発射された火球は少女達めがけてガトリングの弾のように降り注ぐが、バリアには掠り傷一つ付かない。ドドドドドッと激しい衝突音が鳴り、大量の白煙が炎とともに立ち上るが、障壁は全くの無傷だ。
やがて敵の魔力が尽きたのか、火球の連続発射がピタリと止む。それに伴い三人を覆っていたバリアも消える。
「大地と大気の精霊よ、古の盟約に基づき、我に力を与え給え……全能強化ッ!!」
今が絶好の好機とみなし、ルシルが次なる魔法を唱える。三人の少女の体が眩い金色の光に包まれた。
「五分間だけ全ての能力が十倍になる魔法ですッ! 一日に一度きりしか効果を発揮しないので、その間に敵を片付けて下さい!!」
少女が呪文の効果について説明する。無制限に使えるシロモノではない事を教えて、効果が持続している間に敵を始末するよう指示を出す。
「分かった、任せてくれ!」
「了解ッス!」
レジーナとなずみが仲間の言葉を了承する。身体能力が強化された事により体の芯からモリモリと力が湧き上がると、「自分はやれるんだ」と気持ちが高ぶって戦意が高揚する。カフェインを摂取したような軽度の興奮状態になると、高まったテンションのまま敵に向かって駆け出す。
「死ネェェェェエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」
一体のナラク・ニンジャが背中の帯に挿してあった鞘から短刀を引き抜いて、少女めがけて斬りかかる。刀の刃が触れようとした瞬間なずみの姿がワープしたようにフッと消える。その直後ニンジャの背後に抜き身の刀を構えた少女が立っていた。
「……ッ!!」
ニンジャが慌てて振り返ろうとした瞬間、少女が刀をサッと横に振る。ニンジャの首が胴体から離れてゴロンッと床に転がり落ちると、首を失った胴体が真っ赤な血を噴水のように噴き上げたまま、崩れ落ちるように床に倒れた。
「クワァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」
今度は二体のガーゴイルが王女へと襲いかかる。最初の一体は地面を走っており、彼の後ろにいる二体目は人間の背より上の高さを低空飛行する。武器や魔法は使わず、手の鋭い爪で相手を切り裂こうともくろむ。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
レジーナは腹の底から絞り出したような雄叫びを上げると、剣を両手で握ったまま正面にいる敵めがけて走り出す。剣を横薙ぎに振って最初の一体の横っ腹をすれ違いざまに切り裂くと、そのまま走りながら剣を縦に振り下ろして、二体目を豪快に真っ二つにする。
「ギャアアアアアアアアアッ!」
「グワーーーーーーーッ!!」
ミスリルソードの一刀を食らったガーゴイル達が阿鼻叫喚の絶叫を発した。血の海に沈んだまま数秒間体をピクピクさせたが、すぐに物言わぬ死体となる。
魔法により身体能力を十倍に強化された王女が繰り出す一撃の威力は凄まじく、ザコ悪魔の命をたやすく奪う。
「フハハハハッ! 前衛ニ意識ヲ集中サセ過ギテ、後衛ガ、ガラ空キダゾ!!」
一体のナラク・ウィザードが大きな声で高笑いしながら、ルシルのいる方へと走り出す。肉弾戦担当の二人が離れている隙を狙い、魔法担当のかよわい少女を狙い打とうともくろむ。既に魔力を使い果たしたらしく、杖を鈍器代わりにして殴りかかろうとする。
「しまった!」
ルシルを狙われた事にレジーナが内心深く動揺する。一人だけ肉弾戦に向かわせて、もう一人は仲間の護衛をすべきだったか……そんな後悔の念が広がる。
だが王女の懸念に反して、ルシルは焦る素振りを全く見せない。想定内の展開だったと言いたげに平然とした態度を取る。工具のバールのようなものを魔力で生み出すと、それを両手で握って構える。
「そぉーーーーーいっ!!」
威勢の良い掛け声を発すると、バールをバットのように豪快にスイングして、眼前に迫ってきたウィザードの顔面をドガァッ! と思いっきりぶん殴った。
「ヘブルゥゥゥゥァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
魔道士が滑稽な奇声を発しながらゴミのように吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がった後、大の字に倒れたまま手足をピクピクさせたが、すぐに全身をグッタリさせて息絶えた。
「オイ、ナンダ! ソノバールハ! ソンナ物ガアルトハ聞イテイナイゾ!!」
別の一体のウィザードが、少女が武器を持ち出した事に憤慨する。これまで収集したデータに無い戦法を取り出した事に、声を荒らげて猛抗議する。
「こんな事もあろうかと思って、密かに特訓してたんですっ! ザガート様が、後ろで魔法を唱えるばかりじゃなく、敵が攻めてきた場合の事も考えた方が良いってアドバイスをくれましたからっ!!」
ルシルが自分の取った戦法について得意げに解説する。既に近接戦闘を想定していたらしく、そのための準備をしていたという。彼女にそれを勧めたのは他ならぬ魔王であったようだ。
「身体能力が十倍に強化された今なら、ザコモンスター程度には負けませんっ! ボコボコに叩きのめして、返り討ちにしてやります!!」
少女はそう叫ぶや否や、敵の一団めがけて走っていく。敵軍の真っ只中に足を踏み入れると、バールをやたらめたらに振り回して、そこら中にいる魔物を手当たり次第に殴り飛ばす。ドガッバキッと鈍い打撃音が鳴るたびに、人型の魔物がポーンポーンとギャグ漫画のように吹っ飛ぶ。
「ギャアアアアアアッ!!」
「グワァァァァアアアアアアッ!!」
阿鼻叫喚の悲鳴が辺り一帯にこだまする。少女の腕力は魔物の想定を遥かに上回っており、近付く事さえ出来ない。迂闊に間合いに入ったが最後、目にも止まらぬ速さで飛んできたバールに頭を殴られて命を落とすハメになる。
三つ編み巨乳メガネの地味な田舎娘がバールを振り回して返り血を浴びながら魔物を鏖殺する姿は、敵からすれば悪夢の光景でしかない。
「………」
レジーナとなずみはしばらく呆気に取られて一連の光景を眺めていた。本来手助けに向かうべき状況であったが、その必要が無いと思わせるくらい仲間の強さは圧倒的だった。一方的に蹂躙されて虐殺される魔物の姿に同情の念すら湧く。
(……よい子のみんなは、工具のバールで人を殴ったりしたら絶対ダメだぞ)
王女は誰に向けて言うでもなく、心の中でそう呟くのだった。




